第22話 ライトのご褒美プリン(エピローグ)

 ライトはキッチンでプリンを作っていた。カミュアが大好きだと言ってくれたプリンだ。卵をしっかり溶いて網でこす。この工程をすることで滑らかなプリンが仕上がるのだ。


 ライトは蒸したプリンをオーブンから取り出し、余熱を取った後冷蔵庫に入れた。生クリームとバニラビーンズもたっぷり使ったので本格的な味に仕上がっているはず。しかもカラメルソースも手作りしたものなので、今回も自信作だ。


「遅いですね…」


 ライトは本を読みながらキッチンで暇を持て余していた。ミッシェルのことは残念だったしカイトを責める気持ちもないことは無い。だが、誰が悪い訳でもないことをライトは知っている。だから思う。これからもしっかりとカミュアを支えることが自分の仕事なのだと。


 そんな思いにふけっていると、ゲートのあたりが騒がしくなってきた。


「お戻りかな」


 ライトは本を閉じ、コーヒーの準備を始めた。甘いプリンにはコーヒーが合う。


「ライト~!」

「お、いい匂いがするな」


 元気なカミュアの声がダイニングに響き渡る。悲しみのどん底にいるかと思っていたカミュアが元気なことにライトはホッとした。


「おや?」


 カミュアの前を小さな男の子が、ポケットに両手を突っ込んで歩いている。男の子はちょっと不貞腐れているようだ。まるで悪いことをした子どもが大人に怒られたようなそんな顔だ。


「まさか…ミッシェル様?」

「やぁ、ライト」

「やぁじゃありませんよ。ミッシェル!」


 ミッシェルはまたルーナに怒られた。ライトは信じられないという顔でミッシェルとルーナを交互に見つめた。


「う~ん。話せば長いんだけど、そうゆうことなんだ」


 カイトはそう言うと、手伝うよと言いキッチンスペースに入って来た。


「みなさまお揃いで何よりです」

「ライト~泣いてるの!?」


 カミュアが俯くライトを下から覗き込む。ライトはカミュアから視線を外し袖で涙を拭った。


「おいおい…。泣かないでくれ。いろいろ準備や後始末を頼んでしまって、申し訳ない。本当に助かったよ」

「ミッシェル様。いいえ。ご無事でなりよりです。それにしても小さくなられましたね」


 ライトは小さくなったミッシェルと目線をあわせるためしゃがみ込む。そして何が起きたのか察した。


「では…、封印されたのはラウル様でしたか」

「あぁ。お前にメッセージを届けてもらっただろ?その為にお祖父様に一肌脱いでもらったんだ。伝わっていてよかったよ」

「本当に、ミッシェル様の計画は無謀というかなんというか」


 ミッシェルは素直にすまなかった、とライトに謝っている。


「本当ですよ。どれほどみなが悲しんだことか、少しは反省してください」


 ルーナもまたミッシェルに注意する。

 そんな中カミュアがライトに駆け寄っておねだりを始めた。


「ライト! 今日のおやつは何~? 早く食べたぁ~い!」

「カミュア…」


 尻尾を振っておねだりしているカミュアの姿が見える。いつもと変わらない光景だ。


「承知いたしました。本日は贅沢にバニラビーンズと生クリームを使ったプリンをご用意いたしました。みなさま、お席に座っていてくださいませ。準備いたします」

「わーい!ありがとう~♪」


 大き目の瓶に作られたプリンが大量にテーブルに置かれた。アーリーンとカミュアが各自のスプーンやカップを用意する。


 カミュアは待ちきれないと言わんばかりに、スプーン片手にそわそわしていた。


「お待たせいたしました。みなさまどうぞ。」

「「「いただきまぁ~す!」」」


 もぐもぐ。


「おいしぃ~♥ ライトも一緒に食べようよぉ~。」


 カミュアがライトを誘う。久しぶりにみんなが揃うダイニングだ。

 ライトも一緒に食べるの! とカミュアはライトを無理やり側に座らせる。ライトも嬉しそうだ。本当にここにいる全員がミッシェルの帰還を心から喜んでいた。


「あ、それと~後でお曽祖父じいちゃんとララにも1つづつ持って行ってあげよう!」

「本の中だけど、食えるのか?」

「わからないけど、一緒に食べたいじゃん?」


 カミュアはやっぱりどこまでいっても、優しくて可愛い。アーリーンは改めてそう思っていた。

 

 中立エリアは今日も平和だ。


 

* * *


 賑やかなダイニングルームの隣、そこにあるアイランドキッチンにミッシェルが、ちょこんと腰をかけていた。


「どうした? ミッシェル。具合でも悪いか?」

「あ、カイトか。いや大丈夫だ。体は全然何ともない」


 カイトはコーヒーのお替りをカップに注ぐ。いい香りがキッチンに広がった。


「何してるんだ? コーヒー飲むか? オレンジジュースの方がいいか?」

「子ども扱いするなよ」


 ミッシェルと知り合ったのは、ちょうど今のカミュアやアーリーンの年頃だった。だから子どもの姿をしたミッシェルはとても新鮮で可愛らしく感じる。


「で? 何してたんだ?」

「ここから見える人間界は、本当に豆粒だよな。人間は一生懸命生きてる」

「だな」


 カイトは一口コーヒーを飲む。ミッシェルが話始めるのを辛抱強く待つ。これがいつものスタイルなのだ。


「あいつが最期に言ってたんだ。自分の代わりはゴロゴロいるぞって」

「それって」

「あぁ。今人間界に起きている事件もモーリー・ローズウォリックが力を得るために関わっているものがあるんだろうな。キリがない、俺たちがやろうとしていることは、いたちごっこなのかもしれないな」

「弱気だな。諦めるのか?」


 カイトは信じられないという顔をしてミッシェルの次の言葉を待った。


「まさか。お前も最後まで付き合ってくれるだろ?」


 カイトは少し考えたふりをしながら、コーヒーにもう一口、口をつける。


「もちろんだよ。今さら確かめることでもないだろ?」


 二人は子どもの様にキラキラした目で頷きあう。


「お前はアーリーンの覚醒した姿を見たのか?」

「いや、見てない」

「そうか…」

「何か気になるのか?」


 ミッシェルはキッチンから飛び降り、ダイニングでわいわいしているアーリーンに視線を向けた。


「そうだな。気にならないと言えば嘘になるよ」

「これからどうするつもりだ?」

「そうだな~。あいつがどの道に進むかを確かめるまで寄り添うことにするよ。あいつが敵となれば、戦うまでさ」

「そうか…。じゃ~カミュアは?」


 ミッシェルはカイトに振り向き、悪だくみをしているような顔でニヤっとする。


「お前が守護者だろ? お前に任せるよ」

「お前…」


 確かに、守護者になることを誓った。カミュアが一人前の天使になるまで導き守るのが仕事だ。


「よろしくな」


 そんな話をしていると、アーリーンがコーヒーのお替りをもらいにキッチンに入ってきた。


「こんな所でなにしてるんすか?」

「お、噂をすればなんとやらだな」

「えーーーっ?何かまた嫌な予感がするんですけど」


 アーリーンはコーヒーをカップに注ぎながらミッシェルから目を離さない。噛みつかれるのではないか!? と心配をしているのだ。

 そんなアーリーンに、噛みつきやしないよ、とミッシェルが話しかける。


「お前はさ、お前の道を見つけたのか?」

「えっ? 何すか? チビッ子に言われるとちょっと調子狂うな」


 ミッシェルは再びキッチンに飛び乗り、アーリーンの顔を覗き込む。


「う~ん。まだはっきりとは分からないけど、俺も人を正しい方向に導く仕事がしたいな~って思った…かな」

「ほー。それは天使族の仕事じゃないか?」


 カイトが嬉しそうにアーリーンに問う。


「うん~、そうなんだけどさ。それはカミュアに任せるよ。あいつも同じことを言ってたからさ。俺は人間の善の心を信じたいんだ。正しいと思える望みを叶える悪魔になりたい。自分の私利私欲のためじゃなくて、誰かのために望む願いをかなえてやりたい。そうゆう奴と契約を交わす」


 ミッシェルが眩しそうな顔でアーリーンを見つめている。誰も何も言わないのでアーリーンはドキドキしてきた。


「あ、俺変なこと言ったかな?」

「いや。成長したな、アーリーン。俺はうれしいよ」

「その体と顔で言われてもな~」


 ミッシェルはアーリーンの頭をポンポンと叩く。


「俺がお前の夢を叶えてやる。俺を信じてついてこい」


 小さいミッシェルが大きなことを言ってるってアーリーンは思ったのだが、なんだか認められたようでうれしくなった。ミッシェルはやっぱりすごいんだって、改めて思う。


「パパ~! カイト~! アーリーン! 戻っておいでよ~。食べないと無くなるよ~!」

「カミュアさん! ずるいですよぉ~。一人で5個は食べすぎです!」


 ジェイクが叫ぶ声が聞こえ、カミュアとルーナ、ジェイクとライトがダイニングで待っている。


 なんとも平和だ。


「俺の分とっといてくれ!」


 アーリーンが大声で叫ぶ。カミュアはそんなアーリーンを横目に大きな口を開けてプリンを頬張った。


 ライトのご褒美プリンがみなを幸せに導くのだった。



END

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見習い天使カミュア様は甘いものがお好き♪ 桔梗 浬 @hareruya0126

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