第18話 ミッシェルを想う
どうやって戻ったのか記憶が曖昧なのだが、カミュアとアーリーン、そしてジェイクは自分達の学園に戻っていた。
カミュアたちと入れ替えに媚薬作りのプロ、スティング・ブイヨンと、
そして…アーリーンは考えていた。
何が起きたのか、なぜこの結末を向かえることになったのか、他に何か出来ることはなかったのか。
どんなに考えても答えは出ない。
カミュアとアーリーンはそれぞれの部屋で、ライトやカイトが戻ってくるのを待っていた。
ミッシェルを失った心の穴をお互いの思いやりで埋めるには、穴が大きすぎるのだ。心の整理がついていない。
「先生…」
アーリーンもまた、カミュアが無事であったことに安堵しながらも、得体の知れない悲しみに襲われていた。だから父親を失ったカミュに対して、何て言えばいいのかもわからず、部屋にとじ込もっている。
カミュアの隣に寄り添っていたい。でもアーリーン自身に余裕がないのだ。
ララも、アーリーンを守るために瀕死の重症を追って、救護室で治療をうけている。まだ意識も戻らないと救護室担当の天使が言っていた。
あの日、ララのストーンは全ての力を使いきり、輝きを失っていた。ストーンの輝きと力を失った今、ララの階級も剥奪されるかもしれない。ただララはアーリーンを助けただけなのに、理不尽な話だ。
一番大きなニュースは、カイトが第一級悪魔族のミッシェルを祓ったという話だ。この話は瞬く間に天界・地獄界に広がり、天地合同会議で査問会議が近々開かれるようで、大人たちは大騒ぎだ。
アーリーンも事情を説明するために、査問会議に呼ばれるだろう。ミッシェルとの話を上手く話せるだろうか? そう思った時、ミッシェルとの思い出が走馬灯のように一気に溢れ出てきた。
爽やかながら、自信に溢れたヤンチャな笑顔。少年がそのまま大人になったような、生命力に溢れた大人。それがミッシェルだった。
『はじめまして。君がアーリーン? 喜んでよ。俺が君の専任教師のミッシェル先生だよ。俺が君を、一人前の悪魔にしてあげるからね』
『アーリーン! 紹介しよう。君の同級生になるカミュアだ』
「何が、紹介しようだよ。自分の娘だって、最初から言えばいいのに」
アーリーンは、ミッシェルとのやり取りを思い出し、思わず突っ込みをいれた。そして…はたと気付く。
ミッシェルは、もういない。そんなことは分かってる。でもミッシェルとの思い出が頭の中に溢れて止まらなかった。
『俺に抱かれようなんて、100年早いんだよ』
「ハイハイ。どっから湧いてくんだよ、その自信」
『お前はお前だよ。その印がお前の進む道を決める訳じゃない』
あの日、最期にミッシェルが言っていた。刻印が何のためにあるのか、なぜ強烈にアリスやマイクに反応したのか、ミッシェルの言葉で理解することができた。そして自分が進むべき道も。
『もしお前が破壊の道を選ぶなら、俺はそれでもいいと思ってる。それがお前の意志であり希望ならね。そうゆう悪魔族の道もあるから。ただ、刻印があるからと言う理由だけで決めるなよ。誰かに言われたから、運命だからとか、胡散臭い話に乗るな。お前自身で決めるんだ』
―― 先生…。
『お前は、俺の大事な生徒だ。忘れるな。そして…、カミュアを頼む』
ミッシェルの爽やかな顔が浮かぶ。俺に任せておけ! っていう不敵な笑顔だった。
「俺が…、しくったんだよな」
アーリーンは壊れたお守を手のひらに乗せ、ミッシェルの言葉を思い出していた。
「カイトも、辛いよな」
トントン。 アーリーンの思考を邪魔するかのように、扉を叩く音が聞こえた。
「アーリーンさん? 僕です。ジェイクです。入ってもいいですか?」
「あ、あぁ。開いてるよ」
相変わらずですね。と言いジェイクがスムージーを両手に、アーリーンの部屋に入って来た。ジェイクも一応悪魔族。悪魔族のアーリーンの部屋には出入りできるのだ。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。もう体はすっかり元通りだ。で…、カミュアはどうしてる?」
ジェイクはスムージーを1つアーリーンに手渡し、アーリーンの横に座る。
「カミュアさんも、部屋に閉じこもってるみたいです。今朝、ライトさんにレシピを教えてもらって焼いたクッキーとお食事をお部屋に持って行ったんです。ここへ来る前に部屋の前を通ったら、クッキーだけ無くなってたんで、たぶん食べてくれたんだろうと思ってるんですけど…」
「そうか…。ってお前、カミュアのいる部屋に行けたのか?」
「はい」
ジェイクは涼しい顔で、スムージーをジュルっと飲んでいる。一口飲んだ後、殺気を感じたジェイクは慌てて説明を付け加える。
「あ、カミュアさんの部屋には行ってませんよ。廊下までです」
「……。そうか」
直通のエレベーターがあるのに、廊下なんてあるのかよ? とアーリーンは心の底からツッコミをいれていたが、あえて確認することはしなかった。カミュアがほんの少しだったとしても、大好きな甘い物を口にできるようになったのなら、安心だ。
二人は黙ってスムージーを飲み干した。
その頃、カイトはこの一連の騒ぎについてのレポートを書き上げ、自室から外を眺めていた。
まさか自分が親友のミッシェルを祓うとは想像もしていなかった。モーリー・ローズウォリックの復活を阻止する為とはいえ、他に手段はなかったのか? と後悔と罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
ミッシェルを失った学園は、今後誰が後を継ぐのかも心配の種ではあったが、それ以前に査問会議が行われることが頭痛の種でもあった。
モーリー・ローズウォリックのことについて、まだ誰も関知していないだろうし、話したかとて信じてはもらえないだろう。
悪魔界のルールを破り、暴走した悪魔を悪魔祓いする前に何故地獄へ送り返さなかったのか。悪魔祓いは行き過ぎた行為だと問われるだろう。
「そんなことは、どうでもいいんだ」
カイトはガラス張りの壁に寄りかかり目を閉じる。
「ルーナの耳にも入ってるだろうな。彼女は何て言うだろう。俺を責めるだろうか」
カイトはズルズルと壁に寄りかかったまま、床に崩れ落ちた。
「キツイな…。ミッシェル。お前のために、お前との約束を果たすため、僕はカミュアの守護者になるよ。ただ、カミュアに嫌われたと思うけどさ」
カイトはデスクの上にある、ミッシェルとルーナ、そしてカイトが映った写真立てを見つめながら、そう呟いた。
写真立ての中の3人は、何が楽しかったのか満面の笑みを浮かべていた。そう彼らもまた、この学園の特別クラスで共に学んだ仲だった。
『カイト、お前は偉くなれ』
ミッシェルの最期の言葉が聞こえてくる。二人して天地の組織を根本から変えてやるんだ! と意気込んでいた。どれも無謀な話だったが、ミッシェルならやり遂げるだろうと思っていた。そのための支えになろうとカイトは誓ったくらいなのだ。
―― 僕には無理そうだ。お前がいなければ意味がない。意味がないんだ。
もうすぐ人間界の後処理を終えて、ライトが戻ってくる。最期に残された2冊の本を持って。
本当の別れの時が刻々と近づいている。
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