第16話 争いの結末

「ミッシェル!」


 遠くでカイトの声が聞こえる。


 そうだ、そうなのだ。ここにはカイトがいる。このくそったれの悪魔を地獄に送り届ける以外で、この人間界から悪魔を排除できるオプションがここにある。


「カイト…後は頼んだぞ」


 迷いはなかった。そうミッシェルは呟くと、自らマイクの懐に飛び込んだ。


「先生ーーーーーーっ!」


 一瞬の出来事だった。ミッシェルがマイクの背後に回り、バックを取る。そして思いっきり両手でマイクの首を締め上げた。


「く、苦しい。く……」

「安心しろ、苦しいのは今だけだ」

「何?」

「お前を祓う。悪魔祓いをしてもらおうじゃないか」


 ミッシェルは、不適に微笑んだ。こいつイカれてやがる。マイクはミッシェルの本気にひるんだ。

 そして目の前には天使族のカイトがいる。先日礼拝堂を浄化した天使がカイトだと、マイクは悟った。改めて死がそこまで来ていることにおののく。


「そんなことして見ろ。お前もそこにいるガキたちも、ララも全員巻き沿いを食うぞ!」


 ギギギギギ。ミッシェルの締め付ける力が更に強まる。


「やっぱりお前はバカだな。俺が何も考えてないと思ってるのか?」

「何?…くっ…」


 ミッシェルは顔をあげ、大きな声をあげた。


「カイト! 祓えっ!」


 カイトの目が大きく見開かれる。ミッシェルの目は本気だ。その思いがビンビンに伝わってくる。


「バカなことを。そいつが言ってることは正しい! みな、消え去るぞっ!」

「俺を信じろ!カイト」


 ミッシェルは、そういうと周りを見渡しこう続けた。


「ジェイク! アリスを助け、ライトのところに行け! 事が済めば、後はライトが何とかする!」

「先生…。僕…」

「大丈夫だ。お前なら出来る。頼んだぞ」


 ミッシェルがジェイクに頷く。


 その時だった。マイクの二本の腕が鋭利な刃物のように形状を変化させ、ミッシェルの脇腹に突き刺さった。


 ドスっ。


「!…グハ…っ。」


 強烈な痛みがミッシェルの全身を襲う。


「手を離せ。さもなくば、お前の方が先に逝くことになるぞ」


 マイクの不適な笑いが響き渡る。


「パパーっ!」

「ミッシェル先生っ!」


 カミュアとアーリーンがアトリエの入り口から大声を発した。その二人の前にララが立ちふさがるように立っている。

 ララは何も言わずミッシェルを見つめていた。ララは知っているのだ。ミッシェルの覚悟を。そしてその覚悟は、いつもある意味正しい。


 ミッシェルは、アーリーンとカミュアの二人の姿を確認し、安堵する。そして力を振り絞りララに向かって叫んだ。


「ララ、アーリーンを…頼む。グハァ!」

「パパっ!」


 カミュアが、ララのうしろでもがいている。ララはカミュアとアーリーンを制し、目に涙を浮かべ、黙ってミッシェルに頷いた。


 マイクは容赦なくミッシェルの腹の奥に腕をねじ込んでいく。それでもミッシェルは腕を緩めず、更に締め付けていく。まさに我慢比べだ。


「私を離せ。さもないとこの腕は貫通しお前を2つに切り離すぞ!」


 マイクも最後の悪あがきの様に、ジリジリとミッシェルの腹をえぐっていく。


「ミッシェル、もういい! 離れろ!」

「ダメだ。こいつを…野放しに出来ないっ! カイト…わかってくれ…」


 ミッシェルも痛みを堪え苦痛の表情を浮かべている。こんなミッシェルを見るのは始めてだ。


「くっ…面白い。私を祓えば、お前も道連だ! いいぞ。やれるものならやってみろ!!」

「カイト、早く!! カミュアを…頼む。ウグ…っ」


「ミッシェル…ぼ、僕には出来ない。そいつから離れろ! 頼む…離れてくれ」

「いいから…俺の意識があるうちに…やるんだっ!!!」


 ミッシェルの悲痛な叫びと共に、ドドッと風が巻き上がる。ミッシェルが最後の力を振り絞っている証だ。

 一級天使のカイトですら、マイク級の悪魔に触れれば無傷ではいられない。天使と悪魔の最大級の反発力で大爆発を起こすかもしれないのだ。


「走れ! ジェイクっ! カイトから離れろ。カイト、やるんだ!!!」

「パパーーっ!」


 カミュアがララのうしろで手を伸ばし、ジタバタしている。目に涙を一杯溜めて叫んでる。


 アーリーンがミッシェルを助け出そうと、ララの腕の隙間から美術室に出たその瞬間!とてつもなく大きな風圧が巻き起こった。


「アーリーン! こっちよ!」

「放してくれっ、ララ! ミッシェル先生っ!!!」

「これ以上、あいつを困らせないで!」


 ララが大きな声を張り上げアーリーンの腕を引っ張り、ミッシェルに背を向けた。


「パパァーーっっ!!」

「カミュアこっちだ! ジェイク走れ! 10秒数えたら始める!」

「カイト! パパを悪魔払いするの? 止めてよ! そんなのダメだよ! カイトっ!」


 カミュアがカイトに体当たりしようとするも、カイトを包む美しい光が、カミュアの攻撃を防ぐ。


「や、やめろ! 私はまだ消えるわけにはいかないのだ。あの人に復活していただかなければならない!」

「もう何をいっても…無駄だよ。お前は消える」

「モーリー様を復活させれば、我々が完勝するのだ! 放せっ」

「最期くらい、黙ってろ。寂しくないだろ? 俺も一緒に逝ってやる」


「パパァーーっっ!!」


 ミッシェルはカミュアに微笑む。できることなら何百年、何千年…側にいてやりたかった。


 時は待ってはくれない。


「ジェイク! 走れ!! カイト! やれーーーーっ!」


 その声で、ジェイクはカイトとミッシェルの言葉通り、アリスを無理やり立たせて走り出した。


「…5、4…」

「パパァーーーっっっ!」


 カウントダウンが始まる。カイトは次第に大きな光に包まれていく。


「カイト! 止めてっ。僕のパパだよ。何も悪いことしてないじゃん! 止めてっ!」


 カイトも解っていた。ミッシェルは悪くない。彼がいなければ今の自分はなかったはずだ。


『カイト、お前は偉くなれ』


 ミッシェルの声が聞こえる。


『強大な悪の力、怠慢たいまんな偽善者面の神たちをいさめろ』

『ミッシェル…』

『俺は、お前と同じ時代を生きることが出来て…本当に…よかったよ』

『くそっ、最期まで格好つけやがって…』

『カミュアを…た…のむ…』


 室内全体が、光に包まれ、カイトは翼を広げる。そして全てを許し包み込むように光と風が巻き上がった。


「神の名の元に、汝の罪を許しここに封印する…」

「パパ! …パパっ! 嫌だーーっ!」


『泣くな。カミュア…愛…してる…いつ…まで…』


 ミッシェルの声が聞こえた。この部屋にいる全ての者に響く、優しい声だった。


 限界まで光った光の魂が、パシッ! っと弾け、小さな粒となり降り注ぐ。そして柔らかい羽がヒラヒラと舞った。


「神よ。全てをお許しください…」


 光ははじけ、やがて静寂が訪れた。


 そして、カイトの目から涙がこぼれた。


 コトンっ。


 ミッシェルがいたその場所に、2冊の本が何処からともなく現れて床に落ちた。


 全てが終わった。この学園の生徒たちを苦しめる悪魔は消えたのだ。


「パパ…」


 カミュアは床に座り込み、カイトは茫然と立ちすくむしかなかった。

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