第15話 ミッシェル vs マイク

 その頃…。


「あのクソガキ…っ。ハァ、ハァ。許せん! 私の顔に傷を付けやがった!」


 アーリーンに殴られた頬は回復する兆しもなく、痛みを伴い更にジュージューと燃え広がり続けている。


 綺麗だったマイクの顔は、今や見る影もなく無惨だ。マイクは痛みを感じ、怒りが頂点に達する。


「ハァ、ハァ…。カミュアとか言う天使族の魂は、我の手にある。まずは、この顔を元に戻さねば…」


 マイクは壁に寄りかかりながら、懸命に美術室へ向かう。そこには腰を抜かして動けないアリスがいる。


「チッ。順番は違うが…、まずはあの女の魂で、顔を…私の顔を」


 マイクには余裕がなくなっていた。もし少しでも余裕があれば、ミッシェルたちが仕込んだ罠に気付いていたかもしれない。


 アリスは、変わり果てたマイクを見て声にならない悲鳴をあげていた。


「ひぃっ。こ、来ないで!」

「アリス…さぁこっちに来るのだ」

「い、いやぁっっぁぁぁぁ!」


 ジェイクはマイクの気迫に驚き、体が思うように動かない。


「ぼ、僕…」


 ジェイクはアーリーンから受け取ったスマホの画面を見る。そこにはアーリーン、カミュア、ジェイクが笑っている待ち受けが表示された。3人ともめちゃくちゃ楽しそうだ。


「そうだよ、ぼ、僕に出来ることを。やらなくちゃ」


 ジェイクは、画面を開く。そこにはアプリのアイコンが羅列されていた。


「アーリーンさんは、先生を呼べと言ってた」


 画面には、ララ、ミッシェル、カイトの3人の似て非なる似顔絵のアイコンがあった。ジェイクには何だかわからなかったけれど、連絡用のショートカットだと想像したのだ。


「間違ってたって緊急事態だ!」


 ジェイクは3つのアイコンをタップした。


 …。

 …。


 な、何も起こらない。ジェイクは焦った。


「くそぉ~」


 焦りながら、ジェイクはマイクの動きを確認する。一歩、また一歩、マイクは美術室にいるアリスに近づいている。


「ダメだ。僕が何とかしなくちゃ」


 ジェイクはマイクの後を追い、美術室へ。


 そこでジェイクが眼にしたのは、無造作におかれたイーゼルと、彫刻たち。


「何で気付かなかったんだろう。これだ! アーリーンさんが言ってたの、これだ!!」


 ジェイクは時を待つ。マイクがモデルの台に近づく瞬間を。


 そう、イーゼルと椅子で作られた円形。彫刻の目線で作られた魔方陣。一つでも彫刻の向きが違えば効力を発揮しないだろう。だが、ジェイクがざっと見た限り彫刻の視線は綺麗に魔方陣を完成させている。そして所々にペンキの様な印が床に見てとれた。これはまさしく! 魔方陣!!


「今だ!」


 ジェイクはモデルの台、円の中央に向けてスマホを掲げ、魔方陣のマークが付いているアプリのアイコンをタップした。


 ブウォワンという音がして、光の壁がマイクを閉じ込めるかたちで立ち上がり、その周りには彫刻の目線に合わせ、細い光の線が幾何学模様を描く。


「な、何っっ?」


 マイクが気づいた時には時すでに遅く、マイクはミッシェルが指示した魔方陣に囚われ動けなくなっていた。


「やったぁ!」

「き、貴様かぁぁぁぁ!」


 マイクの頭が180度回転し、物凄い顔でジェイクを睨み付ける。


「い、いや。僕は…」

「許さん!」


 マイクの下半身は、魔方陣に囚われ身動きが出来ない。だが上半身は動けるようだ。


 ギギギギギ…。不気味な音をたて、マイクが腰を回転させる。もはや人間の形をとどめていない。不気味な姿。これが悪魔の真の姿なのか?


 ジェイクは吐き気がするのを堪えなければならなかった。だから悪魔は嫌いなんだ。と心の底から叫ぶジェイク。逃げることもできず、マイクの動きをガン見することしかできなかった。


 怒りくるったマイクは、ジェイクを捕まえようと、手を伸ばしてくる。


「こ、こっちくんなっ。せ、先生ーーっ」


 ジェイクはとっさに目をつぶり叫んだ! 情けないと思ったけれど、助けを求めたのだ。


 バサッ。


「ギャーーーーーーっ!!」


 ジェイクの前に風が舞った。それと同時にマイクの悲鳴が室内に響き渡る。

 ジェイクに伸ばされた腕が、切り落とされボトンっと床に落ち、塵と共に消え去った。


「待たせたな。大丈夫か? ジェイク。」


 ジェイクとマイクの間に立ちはだかった男がいた。


「先生…」

「私もいるわよ」


 ミッシェルとララがジェイクを守る形でマイクに対峙していた。そしてマイクを挟んだ向かい側に、カイトがアリスを守るように寄り添っている。


「良くやったな。ジェイク。アーリーンたちは?」

「先生、あっちの部屋に…」


 ミッシェルは、アトリエの方を振り返りララに頷いた。アーリーンとカミュアを助けに行けという合図だ。


「分かったわ」


 マイクはその間も失くした腕の再生を試みていた。再生には多大なる魔力を使う。そして、ララの姿を見るや怒号を浴びせた。


「ララーーーーーっ!」


 腹のそこから響く、低く深い声が聞こえた。マイクがララを呼び止めようとしている。この時のためにララを飼っていたのだから、今こそ力を発揮してもらえるはずだった。だがララはマイクの呼びかけにも応じず、振り向きもせずアトリエへ向かった。


「なぜだーーぁ。わがしもべではないのかぁぁぁぁ!」


 マイクの怒りが熱風のように吹き上がる。


「バカだな。ララは俺と契約を結んでるんだよ。お前との間に何があったか分からないけど、俺たちの間に割り込むことなんて出来やしないんだよ」


 ミッシェルの静かな怒りが、体中にみなぎっている。


「お前はここにいちゃいけない存在なんだよ。大人しく地獄に戻れ!」

「ふっ。何を言ってるんだ? お前も分かっているんだろ? あのガキは正当な血筋。あの方の器としてふさわしい。あの方を復活させ、悪魔が天地、人間界全てを支配するんだよ。そのために必要な必要悪さ」


 マイクの言葉に、ミッシェルは首を降る。


「支配してどうするんだよ。この善悪のバランスを保つことが俺たちの仕事だろ? どちらが上でも下でも無い」

「お前は甘いな。今や人間は無秩序を望んでる。私利私欲のため、自分の事だけ考えるやからばかりだ。そんなやからが人間界には蔓延はびこってるじゃないか。自然を破壊し、お互いをあやめ…大量虐殺、無差別殺人、悪意にまみれてるんだよ。ならその悪意を統括する存在が必要じゃないか!?」


 マイクはニヤけた表情をミッシェルに向ける。


「人間は、そんなに単純じゃない。お前は可愛そうな奴だな」

「何!?」

「私利私欲に走る者、悪意にまみれた人間なんていない、とは言わないさ。だがな、そうゆう人間にだって善の心は持ち合わせてる。俺はそれを信じたい。そして正当な判断のもと、彼らの魂を導く!」


 ミッシェルはそういうと、手を前に組み呪文を唱え始めた。


「や、やめろ! わかった! あのガキのことは諦める。あの方にも報告はしない。だから送り返すのだけはやめてくれ!」


 マイクの顔に初めて恐怖が宿った。


「もう、遅いんだよ。お前は悪魔族のルールを犯した。地獄で我らの父、サタンの裁きを受けろ。」

「やめてくれ!!!」

「今の魔王サタンは、お前のことを許すかな?」


 マイクは必死に抵抗を続ける。しかし固定された足は一歩も動かすことは出来ない。


「我らが父サタンよ。我の名はミッシェル・ウェルキンソン。第一級悪魔族なり」


 マイクは慌てて、ミッシェルの呪文を遮ろうとする。


「や、やめろ。やめてくれ! 私が戻れば体は割かれ、命も消される。頼むっ! お前と契約してもかまわない。だから止めてくれ!」

「もう、遅いんだよ」


 ミッシェルは容赦なく呪文を唱え続ける。


Impadieインパデュ padiramdパドゥランド sofiaソフィア…」


「ギャーーーーーーっ!!」


Impadieインパデュ padiramdパドゥランド sofiaソフィア…」


 ギギギギギギ。マイクは最後の力を振り絞り、魔力を放出する。


「ぐぉぉぉーーーっ」


 その声と共に、美術室の紙やナイフ、ペインティングナイフなどあらゆるものが宙を舞った。その衝撃で1つの彫刻が揺らぎ始めた!彫刻の向きが変われば魔法陣の効力を失う。


 マイクは必至で腕を伸ばし、ミッシェルにしがみ付こうとする。彫刻の1つがミッシェル目掛けて飛んできた! それと同時にマイクの体が自由になる。


「やばいっ」

「先生!」


 飛んできた彫刻がミッシェルの胸に勢いよく当り、ミッシェルはよろめいてしまった。このままではマイクを自由にしてしまう。当たり所が悪かった…。ミッシェルは息ができない。早く体制を立て直さなければ、今までの苦労が水の泡だ。


「ミッシェル!」


 先ほどまでアリスを保護していたカイトの声が聞こえた。

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