第14話 上へ上へ
アーリーンはゆっくりと波に飲み込まれていった。
―― カミュア…。どこだ?
岩がゴロゴロしている地にアーリーンは足をつけ、周りを見渡す。ここは地獄の入り口。何もなく孤独が襲う地。
上を見ると赤黒い雲が渦を巻いて、火の雨を降らす勢いだ。
足元には雑草すら生命を感じるものは何もない。あるのはただ、石と岩と砂だ。道の左右にある湖は水ではなくマグマのように赤く熱い泥のようなものが、ボコボコ湧き出ている。だから泡が弾ける度に熱風がアーリーンを取り巻き、息が苦しくなる。
「カミュアーーーーーー!」
アーリーンの声はむなしく泡の弾ける音に遮られ、遠くまで響かない。ここは孤独、周りには人影すら見えない。
地獄に落ちた者はここを必ず通るはずだ。これから進む道への恐怖を植え付ける為に、この場所は存在しているのだ。
悪趣味な演出。悪魔の考えそうなまやかし。
この道の先から下に飛び込めば、そこは地獄。戻ることは許されない場所だ。その前に、カミュアを見つけなければ、二度とカミュアに会うことはできなくなる。
アーリーンは焦りから、汗と涙で周りが見えなくなり始めていた。
アーリーンは、自分の手でカミュアを
あの時のアーリーンは自分の行為を遠くから見ている、そんな感覚だった。でも確かに破滅へ心が踊ったことは否めない。血が沸き立つような快楽に支配されていたのだ。
アーリーンは首を大きくふる。俺は俺だ! 必ず連れて帰る! アーリーンは自分を鼓舞し、カミュアを探し続ける。
「カミュアーーーーーーっ」
アーリーンはさらに焦る。悪魔によって奪われた命だからこそ、まだここにカミュアの魂はいるはずなのだ。地獄へ堕ちる前に見つけ出さなければ。早く、早くっ。
―― くそっ。どこにいる!?
どれだけ時間が過ぎたのだろう。ここでは一秒が永遠に感じられる。
「…!」
いたっ。崖の上に立っている人物がいる。その人物は、ところどころ焼け焦げた白いワンピースを着ている。裸足で歩いてそこまでたどり着いたのだろうか。
アーリーンは確信した。あれは、カミュアだ。
「カミュアーーーーーーっ!!」
アーリーンのその声に反応して、その人物が振り返る。薄いピンクと淡いブルーの髪が熱風になびき、顔にかかった髪を手で押さえているのが見えた。
「アーリーン…?」
その瞬間、崖の下から悪魔になりそこなった者、地獄に落ちた人間どもがカミュアに手を伸ばしているのが見えた。無数の手。骨ばった手。骨だけの手が一斉にカミュア目掛けて伸びてくる。
ダメだっ。捕まったら引きずり込まれる!
アーリーンは素早くカミュアの腕を掴んで引っ張り上げた。
「ア、アーリーン!」
「こっちだ!」
勢い余ってアーリーンは尻餅をついたが、カミュアをしっかりと抱きかかえ、間一髪でなりそこないの悪魔たちからカミュアを引き剥がした。
「カミュアっ。大丈夫か!? 怪我はないか!?」
「アーリーン…。僕…」
「もう大丈夫だ。大丈夫。泣くな。一緒に戻ろう。ごめん。本当に…。ごめん」
カミュアは目にいっぱい涙をためている。一人で心細かったことだろう。こんなにも小さく、こんなにも震えている。まるで捨てられた子犬の様に、カミュアはアーリーンに抱きしめられたまま、素直に身を任せていた。
アーリーンはカミュアを抱き起し、顔に張り付いた髪を両手で拭う。
「アーリーン。よかった。ぐすんっ…。いつものアーリーンだ。僕…、ぼく…。怖かったんだ。とっても…」
「もう、大丈夫だ」
「……。怖かった…。来てくれて…、ありがと…」
そう言うと、カミュアはアーリーンにギュッと抱きついた。そして大きな声で泣きじゃくる。アーリーンの胸はカミュアの涙と鼻水でべちょめちょになっていく。それでも構わない。二人はお互いの肌の温もりを、一緒にいられる暖かさを感じていた。
「本当に…ごめん」
「ううん。大丈夫」
「カミュア、戻ろう。みんなが待ってる」
「うん」
まだこうしていたい気持ちはあるが、人間界に戻らなければならない。そしてマイクを地獄に送り返さなければならないのだ。まだ二人にはやることが残されている。
さて、どうやって戻ればいいんだろう?二人で飛ぶことはできたとしても、人間界への扉が開かなければどうにもならない。
「あのさ…、もしかして、帰り方が分からないの?」
「うん?」
「うん? じゃなくてさ」
カミュアが的確なツッコミを入れながら立ち上がるので、アーリーンも立ち上がり空の方を見上げて途方にくれた。
「ま、そのうち誰かが人間界から地獄に送られてくるだろ? そん時にでも」
「ねぇ~アーリーン…。本気で言ってるのかな?」
ぷくーっとふくれっ面するカミュア。いつものカミュアがそこにいた。なんだか嬉しくてアーリーンは顔が緩むのを感じていた。
「アーリーンも、ほんっとパパと同じだね。計画性がちょっと足りないって。ママがいつも言ってる。ま…僕は、そうゆうとこ嫌いじゃないけどさ」
「うん? 嫌いじゃないってことはさ、どういう意味?」
ミッシェルと似ているのは、カミュアの方じゃないのか? なんてアーリーンは心の中で思ってる。でも、こんなやり取りができることが幸せなのだ。
だがしかし、なんとかしないとここでカミュアと二人きりで住むわけにはいかないのだ。
―― さて…。どうすればマジでいいんだろう?
その時、赤黒い空が勢いよく渦を巻き始めた。
「アーリーン! あれ!」
「うん?」
「「糸?」」
渦を巻き始めた中心部から糸らしきものが下りてきたのだ。どこかで聞いたことがある。蜘蛛の糸?
その糸は熱風にも耐え、真っすぐに地面に伸びてくる。糸というより、細い
「カミュア! 扉が開いたっ。戻ろう! 俺たちの場所へ」
「うん」
アーリーンとカミュアは手を取り、その光の元へ急ぐ。
『あんたたち! 早く上がってきなさい。時間がないの。早く!』
ララの声がした。
アーリーンはカミュアを担ぎ、大きな翼を広げ空へ舞い上がる。雲の中心に向かって、光を見失わないように注意をしながら真っすぐに上へ上へ進む。
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