第12話 マイクの美術室
チュンチュン。チュンチュン。
爽やかな朝だ。アーリーンの気持ちとは裏腹に、清々しい朝が訪れている。
アーリーンは一晩中眠れず悶々とした夜をすごし、朝を迎えたのだ。おかげでいつも以上に髪はボサボサ、眠そうな瞳をしている。
カミュアはというと、優雅に朝風呂中だ。シャワールームから鼻歌まで聞こえてくる。
ドンドンドン。
「アーリーンさん! おはようございます! ジェイクです。起きてますか?」
「開いてるよ」
アーリーンのその声で入り口の扉が開き、ジェイクがモーニングを持って元気良く現れた。
「物騒ですね。鍵をかけないなんて…」
「まぁ~奴が本気を出したら、鍵なんて関係ないだろ?」
「確かに…。そうですけど」
ジェイクはテーブルにモーニングを手際よくセットしながら話続ける。
「あれ? カミュアさんは?」
「シャワー浴びてる。もうすぐ出てくるんじゃないか?」
さすがにシャワー中は、お一人なんですね。なんてジェイクが言うものだから、アーリーンは顔を真っ赤にしてあたふたしている。怪しい。本当は一緒にシャワールームに入ろうとして怒られたのでは?とジェイクは疑っている。
「べ、べ、別に俺たちはそんな関係じゃないからな」
「ミッシェル先生には内緒にしておきますね」
「だから! そんなんじゃ…」
ジェイクはモーニングの準備を完了し、スマホで食事の写真を撮っている。アーリーンの動揺っぷりなど我関せずだ。
「何をパパに内緒なの?」
「…!」
カミュアがいい香りをまとってシャワールームから出てきたのだ。しかもすでに制服を着ている。
「カミュア? シャワー浴びてたんだよね?」
「うん」
「なして制服をもう着ていらっしゃるのですか?」
「あ…。ダメだった? ほら、すぐお出掛けでしょ? アーリーン、いつも制服じゃないと怒るからさ。だからもう着ちゃった」
「…」
アーリーンは何を期待していたのだろう?
ま、悪魔といえども思春期の男の子なのだ。風呂上がりにロマンを求めたって仕方ない。
ジェイクが隣にいることをすっかり忘れて、アーリーンは明らかにガッカリしていた。
「わーい! ライトのご飯?」
「はい。お預かりしてきました」
カミュアの目が輝いた。
いつもと同じ朝、そして…いつもと違う1日が始まろうとしている。
* * *
待ち合わせの場所に、既にアリスがカミュアたちを待っていた。
遠くから見てもアリスだとわかる存在感がある。凛とした姿、王女様の様な雰囲気。そして今朝も完璧なたたずまいだった。
「アーリーンさん、カミュアさん。おはようございます」
「アリス先輩、おはようございます。今日は俺たちのために、時間をつくってくれてありがとうございます」
「いいえ。これも生徒会長の仕事の1つですわ。えっと、もう一人の方は?」
アリスが今気付いたという感じでジェイクを見て声をかけた。
「あ、僕はカミュアさんと同じクラスのジェイクです」
「僕が一緒に来てってお願いしちゃったんだ。まずかったかな?」
カミュアがジェイクの腕をとりそう言うと、アリスの眉がピクッと動く。その仕草をアーリーンは見逃さなかった。
「多人数の方が楽しいかと思って。アリス先輩。今日はよろしくお願いいたします」
アーリーンがアリスの手をとり、そっと口づけをする。まるで王女様に従う姿勢の様。
アリスはアーリーンの行動に満足したのか、優しい微笑みをジェイクになげかけた。
「多人数の方がきっと楽しいわ。さすがアーリーンさんですね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「では…。行きましょう。図書室・音楽室・美術室のある校舎にご案内いたしますね。そこに生徒会専用のスペースもあるのですよ」
アリスは意気揚々と歩き始める。その横をアーリーンが歩き、数歩後ろにカミュアとジェイクがついていく。
アリスとアーリーンの2ショットは美男美女のカップルの様にキラキラして見えた。
「何か~アーリーンってさ、恰好つけてるよね?」
「カミュアさん、アーリーンさんが気になるのですか?」
「そんなじゃないんだけど…」
カミュアは自分でもよく分からないモヤモヤを感じていた。アリスに触れられてから心の奥底で芽生えた
アリスは学園のこと、由緒ある学園の歴史について説明をしながら歩く。相づちを打つ隙間さえ与えないので、アーリーンもカミュアも黙ってアリスについていくしかない。
いつの間にか、初めてジェイクに会った日に通った噴水の前に到着していた。アリスは人魚の彫刻について熱弁を振るっていたのだが、カミュアが急にアリスの説明を遮った。
「ねぇ~アリスさん。この先にある大きな建物は何?」
みんなの視線が建物に注がれる。木々の間からガラス張りの様な立派な建物が見えた。
アリスは、話の腰を折られたことにご立腹の様だったが、気を取り直して説明を再開する。
「あそこは、学園が誇る植物園なの。今日は管理していただいている庭師のリチャードさんがお休みなので、入館出来ないのです…。ごめんなさいね」
「そうなんだ。どんな植物があるの?」
「カミュアさんは植物に興味が?」
アリスが不思議そうな顔でカミュアに問う。
「ううん。でも花とか一杯咲いてたらいいなぁ~って」
「たくさん咲いているわ。特にバラが自慢なのよ。一年中咲いているの。カミュアさんには白いバラがお似合いかもしれないわね。その美しい髪色には…そう、白が映えるわ」
アリスの顔が興奮からなのか、紅潮している。
「カミュア。また明日にでもトライしてみよう。今日は、生徒会室と図書室とか案内してもらってさ」
「そうだね。ごめんなさい、アリスさん。先に進もう」
「えっ? えぇ…。そうですね」
アリスは気を取り直して、図書室のある校舎に進んでいく。カミュアを題材にした絵を描きたいと力説しながら。
* * *
図書室のある校舎は1階部分が図書室になっており、2階に美術室、3階が音楽室と生徒会室という構造になっていた。
音楽室は防音がしっかりと施されており、天井部分は音響をしっかりと体感できるようにギザギザの波型構造を採用した本格的なものだった。グランドピアノやハーブなどの楽器も置かれている。
アリスの話では、全国ピアノコンクールで入賞するほどの腕前の生徒がいるとか、いないとか。
そんなアリスの説明をカミュアとジェイクは真剣に聞き入っている。しかしアーリーンは先ほどから…ズキンズキンと背中の刻印が痛み始めていた。内側から熱を発するような痛みが。
「それでは、美術室に向かいましょう。ミラノの遺作も見て頂きたいわ」
「うん」
ミラノの名前が出たことで、悲しみがここにいる全員に重くのしかかる。そして美術室に向かう階段を一歩下りる度に、アーリーンの背中の痛みが増すのだ。気を失いかねない痛みに、アーリーンの体が美術室に近寄るなと悲鳴を上げている。
―― 俺…、頑張れ!
ギギギギ…。美術室の扉が開く。
「こちらが美術室です」
「うわぁ~」
そこには沢山の彫刻が置かれていた。デッサン用に生徒が使うのだが、一種異様な空間がそこに広がっている。
部屋の中を見ると中央に台が置かれており、それを囲う様にイーゼルと椅子が並べられている。その奥にはシートが被せられたキャンパスが置かれていた。おそらく美術部員の描きかけの作品が置かれているのだろう。
「この中央にモデルさんを招いて、デッサンをする授業があるのですよ」
「そうなんだ~」
カミュアは興味深々な顔をしている。ジェイクは沢山の彫刻が気になっているみたいだ。おそらく彫刻の配置とか目線とかに何か規則性がないか考えているのだろう。
「おや? みなさんお揃いで、どうしたんだい?」
「あ、先生」
穏やかな声が聞こえた。アーリーン達は一斉に声のした方を振り返る。
そこには人形の様に整った顔立ちのマイクが立っていた。彫刻の様にキリっとした顔立ち、鍛えあげられた筋肉。どれをとっても完璧な容姿の男がそこに立っている。
アリスがパタパタとマイクの
「マイク先生。こちらが先日転入されてきた、ウェルキンソン家のアーリーンさんとカミュアさん。そしてカミュアさんのお友達のえっと…?」
「ジェイクです」
「そう、ジェイクさん」
アリスがアーリーンたちを紹介すると、マイクが一人ひとりの顔を舐める様に見つめる。その視線にゾクッとするような冷たさを感じるのだ。
「みなさん、こんにちわ」
「みなさん、こちらが美術部顧問のマイク先生です。女生徒の憧れの的なんですよ」
アリスが甘えた声でマイクを紹介すると、マイクは嬉しそうにアリスに微笑み返す。その仕草からも、怪しい香りがしてならない。
アーリーンの背中の痛みが激痛に変わる。気を緩めば、また気絶するのではないかと思うほどの痛みがアーリーンを襲う。
「君が、アーリーン君だね」
マイクの視線がアーリーンを捉える。
―― こいつだ。間違いない…。俺たちじゃ太刀打ちできないっ。
マイクとアリスが並んでアーリーンたちに微笑んでいる。恐ろしい微笑み。
「あちらにミラノの遺作があるの。カミュアさん、ご覧になって」
「あ、うん」
アリスがカミュアの手を取り、奥にある美術部員の作品のある場所にいざなう。
―― だめだ! カミュア行くな。
アリスとカミュア、そしてジェイクが動き、アーリーンは動けない。
「アーリーン君。君を待っていたよ。さぁ、こっちだ」
アーリーンは自分の意志に反してマイクについていく。
そこは…マイクのアトリエだ。
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