第8話 カイトの力

「何故だれも来ない?」


 カイトは礼拝堂のキリスト像の前にある教壇に腰をかけ、頬杖をつきながらミラノの死を見つめていた。そろそろ警察関係者が到着するころだろう。その前に今起きていることを、自分の目で見ておきたかったのだ。


 アーリーンたちが来ると思っていたので、期待はずれといったところかもしれない。


 そして、肝心のミラノの魂はどこにもみあたらなかった。


 そもそもミラノの死について魂回収リストにリストアップすらされていなかったのだから、死神職の面々も手配されていないはずだ。であれば、まだミラノの魂はこのあたりに彷徨さまよっていても不思議ではないが…。


同業者天使族・悪魔族はいないのか…」


 あまりにも礼拝堂ここは静かすぎる。そして不思議なことに、ご遺体が奇麗すぎるのだ。カイトは注意深く周りを観察する。


 この時間、天窓から差し込む光がミラノに注がれている。まるでスポットライトがあたっているそんな感じ。それも演出の1つなのだろうか。

 ミラノはクワイアー(礼拝堂の内陣ないじんあたり)に仰向けで横たわり、手を胸の所で重ね祈りを捧げている姿をしている。その周りを赤いバラの花びらが絨毯の様に敷かれていた。着衣は乱れてはおらず、制服の裾も奇麗だ。そして彼女がいつも履いていたブーツの紐もしっかりと結ばれているし、磨かれていて靴底に泥などもついていない。

 さらに特徴的だったのが、ミラノの美しい髪が床に左右対称に広げられており、そこにも数枚のバラの花びらが飾られていた。


 まるで眠りについているかのような姿だ。


 カイトはミラノの死をミッシェルの通知を受けて知った。本来なら天に召される人間の魂については事前に連絡が届き、天国へエスコートする天使族のアサインをカイトのチームが担当する。もちろん、マリアの時の様に直々に魂を導くために自分たちが出向くこともある。

 もし、死神職が魂を回収したとしても、天国に導くのかどうかを判断するのもカイトのチームが行っているのだから、見逃すはずがない。


―― 何だ? どうなってる?


 ここは礼拝堂だ。神と人が一番近い距離で繋がることができる神聖な場所。でもここにはその神聖なパワーが弱い気がしてならないのだ。


「ミラノの魂はどこにいる? 既に誰かが回収したということか?」


 カイトは色々考えてみる。同僚に確認をとってみてもそんな話は報告されていない。自殺であれば、ダイレクトに地獄へ向かうところだが、エスコート役の悪魔の痕跡も見当たらない。


―― わからない…。彼女が8番目の犠牲者ということなのか。


 カイトはキリスト像に向き直り、祈りを捧げる。


 カイトの祈りに合わせ、カイトの背中から大きな翼が広がり礼拝堂が光りに包まれた。光のショーの始まりである。

 キラキラとした小さな光の粒が下から上へ昇って行き、一か所に集まってくる。


 さらにカイトは祈る。そして光が大きく集まった瞬間、カイトは大きな翼を最大限に広げ風を起こした。


 すると集まった光が分散し、礼拝堂全体を浄化するようにキラキラと降り注ぎ始める。この光を見たものは神が人の世に降り立ったと思ったことだろう。

 しばらくすると光のショーは終わり、あたりは今までと同じ静寂さを取り戻した。


「悪魔の痕跡なし。まさか人間が善意で行った演出ということなのか?」


 カイトは眉間に皺を寄せて考え込む。


―― わからない…。


 外が賑やかになってきた。警察関係者が到着したのかもしれない。そろそろ撤退しないとミッシェルが言っていた”奴”に気づかれる可能性がある。あくまでも、魂を回収に来てみたものの、空振りで終わったというストーリを崩したくない。


 カイトは大きな羽を羽ばたかせ、天界へ消えていった。



 警察関係者とともに、教師の立ち合いの一人としてマイクが礼拝堂の扉を開いた。


「なっ」

「どうされました? 先生」


 警察の一人がマイクの顔色を見て、声をかける。マイクの顔は血の気を失い真っ青になっている。額から汗が吹き出し、胃のあたりがかき回されているような感覚にマイクは襲われていた。


「い、いえ。大丈夫です。ここに生徒の遺体があるかと思うと…」

「そうですよね。後は我々が行いますので、先生は外でお待ちください」

「申し訳ない」

「でも…」

「なんでしょう?」

「できれば立ち合いの方をお願いしたいので、どなたか代りの…」


 検視官とおぼしき女性が申し訳なさそうにマイクにそう伝えた。


「わかりました。少し待っていてください」


 マイクは礼拝堂を離れる口実ができたことにホッと胸をなでおろし、職員室の方向へ向かう。休日だが誰かいるだろう。


―― くそ…。アリスの作品を見てやれなかった。あの礼拝堂を短時間で浄化した奴がいるのか?


 マイクは教員室に電話をかけながら歩き始める。


「くそっ。誰かいるだろ? 電話にでろっ」


 マイクは悪態をつきながら、しかたなく第一発見者のアリス・ラストリィの担任に電話をする。確かアリスから彼女に報告をしているはずだし、今アリスと一緒にいるだろうから、検視の立ち合いには適任だろう。


 マイクは事後処理をアリスの担任ガルシアに任せ、美術室へを戻ることにした。コレクションを完成させる必要がある。


―― 早くあの方に復活して頂かなければ。


 一瞬にして礼拝堂の浄化に成功した天使族のことを考えると、計画を急がなければならない、とマイクは考えていた。


―― あと一人の生贄と、アリス自身の死をもってこの契約は最終章を迎える。そしてあの器を成功報告とともに、あの方へ捧げよう。そうすることで私はさらに上に昇るのだ。あの方の右腕として。


 マイクは旧校舎にある美術室の奥にある、自分のアトリエの扉を開く。


 アトリエの奥は薄暗く、ギャラリーの様に絵画が飾られている。そして描きかけのキャンパス。マイクは先ほどまで作業をしてたキャンパスの前に座り、掛けていた布を取り払う。


―― あの器…。先日兄妹きょうだいで転入してきた奴だな。確か、名前は…。


 書きかけのキャンパスを覗き込みながら、マイクは考える。


 キャンパスにはミラノが描かれていた。夕日の中、涙していたあの時のミラノが。まるで映像を切り抜いたかのように、生命を宿しているかのように描かれている。美しい仕上がりだった。


―― さて…どうしたものか。

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