第5話 ミラノの秘密

 放課後の教室はとても神秘的だ。窓から入る夕日が長い影を作り異世界への扉を作り出しているかのような印象を与える。


 カミュアたちが到着すると、ミラノはすでに教室で待っていた。どうやら先客がいるらしく、窓から入る夕日に照らされて二人分の長い影が教室に伸びていた。


 アーリーンは教室の入り口で立ち止まる。ミラノの隣にいるもう一人の少女は誰だろう? と考える。クラスメイトではないようだ。


「あの子誰だろう? ジェイク分かるか?」


 カミュアも認める奇麗な少女。ミラノよりも少し背が高い。本当にお人形の様に綺麗な子がミラノの頬に優しく触れている。見てはいけないものを見てしまったのだろうか。アーリーンの心臓がトクンっとする。


 ジェイクがアーリーンの耳元で囁くように答える。学園内の人間のことは全て把握しているようだ。


「彼女はアリスさん、アリス・ラストリィ。この学園の生徒会長で学園理事長のお孫さんです。ミラノさんとは幼馴染みたいですね」


 ミラノがアーリーンに気づく。


「あ、アーリーンさん」


 ミラノは泣いていたのだろうか…。涙を拭く仕草をしている。幼馴染の前だからこそ、両親のことを話して涙していたのかもしれない。


 アリスもアーリーンたちに気づき、そっとミラノから手を離しこちらに近づいてくる。

 アーリーンの近くまで来たアリスは、怪しく艶やかで、大人の雰囲気をまとった美少女だった。赤い唇がより一層アリスの肌の色を白く見せ、金色の髪が夕日を受けてキラキラ輝いて見えた。そして何より、アリスからは少女特有のいい香りが漂っている。


 アーリーンはアリスから目が離せなくなっていた。カミュアに対して抱く気持ちとはまた別の何かがアーリーンの心を支配したのだ。


「君が転校生のアーリーンくん? そしてそちらが妹のカミュアさんかしら?」

「あ、あぁ。君は?」


 カミュアは、アーリーンの後ろに一歩隠れる形で身動きが取れなくなっている。それだけアリスから得体の知れないパワーを感じているのだ。人間とは思えない何かがそこにある。


「クスっ。私? 私はアリス。この学校の生徒会長。お見知りおきを」


 アリスは軽く会釈をし、教室を後にする。その時に一瞬アーリーンの手がアリスの手に触れた。


 その瞬間、アーリーンの背中に雷で打たれたかのような衝撃が走った。背中の刻印に向かって身体の芯からビリビリとうずく様な感覚。


「アーリーン?」

「アーリーンさん?」


 カミュアとジェイクの心配そうな顔が目に入る。戸惑うアーリーンを横目に、アリスは笑みを讃えながら通り過ぎて行った。


―― なんだ? この感覚…。熱い。燃える様に…、あつ…い。


「アーリーン!」


 そしてアーリーンは意識を失った。


* * *


「アーリーン、大丈夫かな?」

『大丈夫だろ? 殺してもタダでは死なんさ』

「ホントに?」


 カミュアは完全にミッシェルのことを疑っていた。スマホの映像で何がわかるんだ!? とプンプンしている。


 ここはカミュアの部屋。今、スマホでミッシェルと繋がっている。そして先ほどの状況を説明したばかりだった。ミッシェルは一通り話を聞いた上で、大丈夫じゃないか? と言っている。


 アーリーンの背中の刻印についてはライトも知らない。なのでミッシェルは気になてはいたが、確認する術を持っていなかった。


 気を失ったアーリーンを夕暮れ時ということもあり、ジェイク一人でかつぐには重たすぎるということで、カミュアはライトを呼びつけたのだった。それでカミュアのベッドにアーリーンが運ばれたのである。


『もうすぐ目が覚めるだろ? ライト、アーリーンに気付け薬を用意してやってくれ。それですぐ目覚めるだろう。俺はちょっと席を外す。すまない。じゃ』

「かしこまりました。ミッシェル様」


 ミッシェルは通話をOFFにしたようだ。スマホの画面が黒くなり沈黙する。


「パパのバカっ。ぐすんっ。アーリーンが死んじゃったら僕…。僕…。パパを呪うからね!」


 ライトは気付け薬を用意しながら、カミュアに優しく話しかける。


「大丈夫ですよ。ミッシェル様がそう言うのであれば、大丈夫」

「…ぐすんっ。ライト…。それ…、何?」


 泣きながらカミュアはライトの手の中でゴリゴリ混ぜられている物体を眺める。草と木の実と…得体の知れない個体が磨り潰されている。かなり強烈な匂いがするのだ。


「ミッシェル様直伝じきでんの気付け薬です。死んだ者も生き返らせるくらい強烈な匂いがするらしいですよ」

「えっ? それ~今も十分臭いけど、もっと臭くなるの?」

「多分…。私も何分なにぶん作るのが初めてなものですから」

「この部屋がその匂いでいっぱいになるってことぉ〜?」


 カミュアは鼻を抑えてライトに訴えかける。やめて〜と。


「ぐっちょぉ〜〜〜〜〜〜んっ」


 匂いに耐えられなかったのか、アーリーンの大きなくしゃみが炸裂した。もちろん、側にいたカミュアの顔にアーリーンの鼻水が飛んできたのは言うまでもない。


「えぇぇぇぇっ。汚いよー。アーリーンっ。冷たいよーっ。よかったよーーーぉ、目が覚めたんだね。よかったぁ~~~」

「あ…。ごめん」


 泣くのか、喜ぶのか、気持ち悪がるのかはっきりして欲しいところだが、ミッシェル直伝じきでんの気付け薬が効いたのは間違いない。


「アーリーン様お気づきになられてよかったです」

「ライト。ありがとう。俺をここまで運んでくれたんだな」


 アーリーンはベッドに起き上がり周りを見渡す。まだ少し目眩めまいがする様だが、身体はなんともない。


「うわっ。くっさっ。そしてカミュア! 俺に触るな!」

「アーリーンっ。よかったよー。よかった。本当によかった」


 カミュアはわんわん泣きながらアーリーンに抱きつこうとするから、アーリーンはサイドテーブルでカミュアとの距離を取る。本当は抱きしめたいくらいなのに、日が暮れているのでしょうがない。


「あれ? ジェイクは?」

「調べ物があるって言って、ほら何だっけ? ジェイクのパソコンに会いに行くって言ってた」


 キャリーか…。アリスのこと調べてもらった方がいいな。と考えていた。


「ねぇ〜。ライト」

「はい」

「ライトがこの前会っていた子って、ミラノだよね?」

「よくお分かりになられましたね?」


 アーリーンも気になっていた。今ならミラノのことをライトから聞けるかもしれない。確かジェイクが言っていた。次の被害者はミラノの可能性があるって。


「ライト。聞いていいか分からないんだけど、ミラノのこと教えてくれないか?」


 アーリーンはいつになく真面目な顔をしている。聞かれてこまることではないが、どこから話してよいのかライトも戸惑っている。


「今日…ミラノに会いに行って、奇麗な女の子にアーリーンが触って、アーリーンが倒れたんだよ」

「おいおい…」


 いつものことだが、何かが間違ってる。まさかミッシェルにも同じ説明をしたんじゃないか? とアーリーンは少し不安になる。だから改めて丁寧にライトに説明をする。


「ミラノは俺と同じクラスなんだ。ジェイクによるとミラノは今までの被害者と共通点が沢山あるらしい。それをジェイクに聞きたかったんだけど、帰っちゃったんだな」

「そうでしたか…。明日は祝日なので、お調べになる時間はたっぷりあるかと思いますよ。その前に私の話がどこまでお役に立つかわかりませんが、ミラノ様とのことをお二人にもお話させていただきます」


 ライトはキッチンでコトコトいい匂いをさせ始めた鍋の火を止め、話を始めた。


「この学園がどうゆう状況であるかは、カミュア様もアーリーン様もご存じですよね」


 二人が大きく頷く。


「ルーナ様の手元に、ミラノ様のご両親の訃報と魂を天国側に引き渡す旨のご連絡が来たのです。カミュア様は死神職の方から聞いていらっしゃると思いますが、人間は死ぬ前に願い事を聞き入れてもらえるのです」


 アーリーンにとっては初耳情報だ。死神職に興味がなかったから、仕事内容について調べたり聞いたりしたことがない。


「その1つが、残されるミラノ様へメッセージを届けることでした。そしてご卒業するまで学園に残れる様手続きも私の方でお手伝いさせていただきました」


 ここまでの話、不思議なことは1つもない。強いて言えば、なぜライトが動いたのか? くらいか。


「直接ミラノ様にお会いして、困っていることなどをお聞きしていた中に、学園内で起こっている事についてのお話がありました。とても不安がられておりました」

「それって…」


「そうです。同級生たちが無残な死を迎えているというお話でした」


 犠牲者はすでに7人。共通点は、どの少女も一人で過ごす時間が多いいということ、直前に両親や兄弟、大切な誰かの死を経験しているということ。そしてみな、奇麗な髪が自慢の少女たちだったということらしい。


 ライトは簡単に説明をした。確かにミラノも奇麗な髪をしている。そして両親の死を経験し、クラスのみんなとつるむこともない。だがこれだけで共通項になるのだろうか。


「ミラノ様はご両親からの言葉をしっかり受け止められていました。人間はいつか死にます。その魂は神のもとへ導かれなければなりません」

「ま…、地獄に行く奴もいるがな」


 ライトがどうしてルーナの元にくることになったのか、アーリーンは何もしらない。ただ執事のようにカミュアを守る素敵な大人だということだけは知っている。そのライトがミラノのことで、いや…この学園内で起こっている少女たちのために心を痛めている。


「僕思うんだ。今日ミラノといたあの人が怪しいと思う」

「カミュア様。どうしてそう思われるのですか?」


 ライトがカミュアの話の続きをやさしく促す。


「僕ね。あの時何か大きな力を感じたんだ。人間とも悪魔とも違う何か…。アリスは凄く奇麗で完璧だと思う。でも…、完璧すぎるっていうか。怖いっていう感じがするんだ」


 カミュアが思い出したかのようにブルっと身震いする。


「カミュアも感じてたんだな。俺だけじゃなかったのか」


 二人の顔を見たライトは、無言で二人のカップに紅茶を注ぐ。トポトポトポっと紅茶が注がれる音が室内に響いた。


 背中にある刻印に注意を注ぎながら、アーリーンは自分のてのひらを見つめる。あの感覚は初めてだった。身体の奥底から沸き立つパワーの様な熱。そして人形の様に整った奇麗なアリスの顔。


「アリス様のことも、調べましょう。ジェイク様もそうお考えかと思いますよ」

「あぁ。何かある。絶対にアリスには何かが」


 アーリーンはアリスに対して何かとてつもなく大きなモノパワーを感じていた。それが何かはまだ分からない。だから調べるのだ。


「ミラノをどう守るの?」

「そうだな…。明日ミラノにアリスとの関係とか聞いてみる。そこにヒントがあるかもしれないしな」

「そうですね」



 ライトは夕食にホワイトシチューとパンを用意していた。ライトの作るご飯は安定の美味さだ。それをしっかり3杯お替りをして、アーリーンはすっかり元気を取り戻していた。


「アーリーン。今日はここで寝なよ。この後もさー急に倒れたら、僕心配だよ」

「大丈夫さ。女の子の寮から朝帰りしたら、何を言われるかわからん」

「図書室通ればいいじゃぁ〜ん。一緒にいよーよー」

「いやいや、心配するな。俺は大丈夫だ。また明日な。お休みカミュア、ライト」


 アーリーンは二人に挨拶をして、自室へと向かった。女子寮は静かなもので、他の生徒に会うことはなかった。


 アーリーンもカミュアと一緒に過ごしたい気持ちは山々なのだが、アリスのことが頭から離れない。

 根拠があるわけではないのだが、アリスは悪魔と繋がっている。そう思えて仕方がなかった。


 ピロン~。


 アーリーンのスマホにメッセージが届いた。


『どうだい? 体調は回復した? 図書室で待ってるよん♪』


 ミッシェルからのメッセージだった。

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