第3話 第4の男現る

「ジェイク?」


 あかりが徐々に近づいてくる。そのあかりに誘われるようにカミュアが走り出した。


「ライトぉ~!」

「えっ? ラ、ライト?」


 カミュアはあかりを持っている人物に駆け寄り、躊躇ちゅうちょなく抱きついた。


「カミュア様。ここで走るのは危険ですよ」

「ライトぉ~っっ」


 えっ? 何でライトがここにいるんだ? アーリーンは何がなんだかよくわからず、スマホのアプリを確認する。ジェイクの位置を表している点はもう少し先にあった。


「アーリーン様もこちらへ」


 ライトはランタンと、何冊かの本を側にあるデスクの上に置きながら、涙顔のカミュアの服についた埃を払う。


「ライト~。こんなところにいたんだね。もう僕を置いて急にいなくなったりしないでよ」

「申し訳ございません。急用でどうしても出なければならなかったものですから」

「ライトは何でここに居るんだ?ここは悪魔族専用の図書室っぽいけど?」


 アーリーンは自分のランタンを机に置きながら、ライトがここに居る訳を聞いてみた。ミッシェルが何か頼んだろうということは簡単に想像がつく。


「はい。ご想像の通りここは悪魔族専用の図書室でございます。みなさまのお手伝いを、とのめいを受けて準備などさせていただいております」

「パパから何か頼まれてるの?」

「はい。今日ここでみなさまが無事にお会いできるように整えることもですが、明日からはカミュア様とアーリーン様の執事としてお役にたつようにと。ミッシェル様から申しつかっております」


 カミュアの顔から笑顔がこぼれる。すごく、すごく嬉しそうで本当に抱きしめたくなるくらい可愛い。


「わ~い♪ また一緒にいられるんだね」

「お世話になります」

「またライトのお菓子が食べれる♥」


 そっちなのか? と思いつつもカミュアがあまりにも嬉しそうなので、アーリーンはちょっと面白くない。


「で、ジェイクはどこにいるんだ?」

「何怒ってるんだ? アーリーン?」


 カミュアが首をかしげてアーリーンを見つめる。この眼差まなざしを自分のモノだけにしたい。なんて強く思うのは本棚にある悪魔の歴史書の影響があるのだろうか…。


「もうすぐこちらにいらっしゃると思いますよ」


 ライトが後ろを振り向くと、もう一つのあかりがこちらに近付いてくるのが見えた。アーリーンはつかさずアプリで確認する。確かにジェイクを示す点がこちらに近づいてくる。


「ライトさ~ん。ちょっと手伝っていただけますか?」


 ガラガラ…ガラガラ。


 台車を押すような音が聞こえたかと思うと、奥から一人の人物が現れた。台車にパソコンやディスプレイを何台も積んでいる。


「大丈夫ですか? ジェイク様」


「「ジェイク様!?」」


 ジェイクと呼ばれたその人物は、積み上げられたパソコンからちらっと顔を出してこちらを観察するような眼でカミュアたちを見つめている。


「あ…。初めまして。僕…、ジェイクです」

「初めまして~♪ カミュアで~す! で、こっちがアーリーン」


 いつものことだが、カミュアの簡単な自己紹介が終わる。


「えっと…。アーリーンさんはじめまして。カミュアさん…は~昼間会ってますね。覚えてくれてないかもですけど」

「うん~?」


 カミュアが指を顎にあて首をかしげてる。本当に覚えていないようだ。


「カミュア様は、ジェイク様と同じクラスのはずですよ」

「う~ん…」


 おいおい…。アーリーンはジェイクに同情する。さっきのカミュアの説明の中に男子生徒の話は出てこなかった。可哀そうに…。


「いいんです。僕目立ちませんから」

「あ、えっと~。その~…。ご、ごめんなさい」

「ま、俺もクラス全員の顔と名前なんて覚えられてないから…、気にするな!」


 アーリーンはジェイクの肩をポンと叩きながら励ましている。


「そうですよね…」


 自信なさそうに呟きながら、ジェイクは持ち込んだパソコンのセッティングを始めた。


「これは~何?」

「これは僕のパソコンです。僕は悪魔族だけど、その~ぜんぜん悪魔族の職に興味がなくて、魔法もあんまり使えないし」


 アーリーンはそう話すジェイクをじっと見つめる。すると悪魔族特融とくゆうの黒い羽がジェイクの背中に少し見え隠れしていた。でもその程度。

 生まれつき悪魔も天使も大きな羽を背中に蓄えているものだ。人それぞれの個性にあわせた形が翼にはある。でもジェイクのそれはとても小さく、悪魔の象徴とはいいがたい大きさだ。


 ジェイクはカミュアと同じくらいの背丈せたけで、くりくりの栗毛色の髪が印象的だ。前髪が長く、丸い眼鏡をかけているので目元の表情を読み取るのは難しい。白い肌にそばかすが薄くみえる。可愛らしい顔をしていて男の子といった幼さを感じさせる悪魔族だった。


「ジェイク様はデータ収集能力がずば抜けていらっしゃる。そう謙遜けんそんしなくてもよろしいのですよ」


 ライトが助け舟をだす。


「どうゆうこと~?」

「みなさまが手にしているアプリに、ステラと同じような機能がついていますよね? それもジェイク様がお作りになられたのですよ。それに、この事件の調査をカミュア様たちがこられる前にしっかりとお調べいただいていたのです」

「それはすごいな」


 アーリーンも関心しながら、ジェイクがパソコンを組み立てるのを手伝おうとして断られていた。


「いえ。僕の趣味ですから。ミッシェル先生が採用してくれただけです」


「それに、この結界の仕組みを考えられたのも、ジェイク様です」

「すごぉ~い♪」


 カミュアの目が輝いた。ジェイクもカミュアに褒められて嬉しそうだ。


「ここに悪魔が降臨しているとしたら、俺たちが結界や魔法を使えば相手にも気づかれるってことじゃないのか?」

「そうなんです。アーリーンさん」


 アーリーンとジェイクの会話を聞いていたカミュアが、うんうんと知った顔で頷いている。いつものことだが、ついてきているか怪しい。


「敵が誰だかは、まだ確認がとれていないのです。生徒の誰かなのか、教師の中の誰かなのか…。何人か候補は絞り込めたのですが」

「そうか…。俺たちが能力を使って確認をしようものなら、相手にも俺たちの存在を見抜かれる可能性があるってことだな」

「そうです。あ、この部屋の中であれば大丈夫です。心配しないでくださいね」


「じゃ~どーすればいいの?」


 カミュアがまともなことを言いだす。まともというよりかは、完全に回答権を放棄した形なのかもしれない。


「今それを考えているところなのです」


 ジェイクがパソコンのセットアップを完了してスイッチをつける。ボワンという音がしてパソコンが息を吹き返す。


「今まで犠牲になった生徒は、全て女性。この2年ちょっとの間で7人が犠牲になっています。そして、その全ての魂は天使側にも悪魔側にも回収されていないのです」

「どうしてそんなことがわかるの~?」


「それって、魂回収記録システムを覗いたってことか?」

「え、えぇ…。まぁ…」


 アーリーンは驚いた。カイトたち一級天使族が管理している重要情報を、一生徒が簡単に見れるとは考えられない。それそうとうのセキュリティがかかっているはずで、簡単にハッキングできるものではないはずだ。


「お前、すごいんだな」


 アーリーンはパソコンに噛り付いているジェイクを見つめながら驚きを隠せないでいる。当のジェイクは当然のことの様に、データーを確認していた。


「それで? それで~?」


 カミュアも興味を持ったのか、ジェイクの背後からパソコンを覗き込む。


「カミュア、ジェイクに触るなよ。ジェイクも一応悪魔族だからな。溶けるかもしれない」


 アーリーンはカミュアに忠告する。


「あ、ごめん。気をつけるよ」

「いえいえ。大丈夫です。僕は出来損ないですから、天使族の方と触れ合っても科学反応が起きないみたいなんで…」

「そうなんだね♪」


 だからと言って、二人がくっついているところは見たくないアーリーンは、忠告を繰り返す。完全にヤキモチの領域だ。


「事件の詳細の前に、ジェイク教えてくれ」

「はい。何でしょう?」


 パソコンから目を離し、ジェイクがアーリーンを見つめる。くりっとした瞳が意外と可愛らしい。


「ここで力を使っても大丈夫って言ってたよな?」

「はい。ここは完全に結界をはっていますから」

「それって、お前の力なのか?」


 ジェイクは少し考えてから話始める。


「僕の力というより、ミッシェル先生からちょっと予備のストーンをいくつかお借りしてまして、強度な結界と一瞬開く結界の扉を作ったって感じです。なので、扉があく瞬間を悟られたらちょっと危険ですが、おそらく気づかれないでしょう」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「それは…、ライトさんの力があるからです」

「ライトの?」


 ジェイクはライトに助けを求める。


「はい。私の力というか、ルーナ様のお力が働いておりますので。ですが入り口を開放しておくわけにはいきません。ここは時間厳守でお願いいたしますね」

「は~い♪」


 カミュアが元気に応える。調子狂うな~とアーリーンは頭をポリポリ掻きながら思う。


「ということは、俺たちは定期的に集まるってことだな?」

「そうですね。その方がよいのかもしれません。そして出入口はアーリーンさんの部屋と、僕の部屋にしようかと思っています。どうでしょう?」

「えっ?」


 アーリーンは少し考えてみる。今日みたいにカミュアがアーリーンの部屋にいるとは限らない。


「カミュアはどうするんだ? 毎度俺の部屋にいるとは限らないぞ?」

「いいよ~僕アーリーンとこに一緒に住むから」

「そうはいかないだろ?」

「う~ん…。あまり入り口を作るのは得策ではないと思ったのですが…」


 ジェイクがキーボードを素早く叩きながら、計算式を打ち込んでいく。


「では、こうしましょう。お二人のお部屋にそれぞれ入り口を設けますが、バスルームの扉を接続させることにします。ノックを3回、とってを上に上げてから下に下げる。それが開錠の合図です」

「ノック3回、とっての上下だな。カミュアわかったか?」

「うん」


 カミュアがニコニコしているから、アーリーンは後で一緒に試そうと心に決める。


「で、ライトはどこで寝泊まりするんだ?」

「はい?」


 愚問だった。ライトはいつもカミュアと一緒だ。


「明日、学園長にご挨拶をさえていただいて、正式にカミュア様のお部屋に必要なものを運ばせていただく予定です。もちろんアーリーン様とカミュア様はご兄妹きょうだいでいらっしゃいますので、朝と夜はカミュア様のお部屋にお超しいただくことになるかとは思いますが…。お食事をお持ちする形がよろしかったでしょうか?」

「い、いや。行きます! 行かせてください」


 ジェイクが少し寂しそうな顔をする。


「ジェイクはどうしてるんだ? 飯」

「僕はほとんどを、ここで過ごしていますから。大丈夫です」


 カミュアが良い事思いついた! という顔をしている。


「この図書室を経由すれば、ジェイクも僕の部屋にこれるんじゃないかな~って思って。そしたら一緒にご飯たべれるよ」


 ジェイクの顔がぱっと明るくなる。


「では、時々。お邪魔させていただきますね。僕が通常の行動をとらなかったことで、敵に見つかるリスクを避けたいので。お気持ちだけでもうれしいです。ありがとうございます」


 ジェイクはペコリとお辞儀をする。


「それに、カミュアさんには昼間も会えますから」


 二人は同級生。楽しそうだ。


「今夜はこのくらいにいたしましょう。明日も授業がございますから」

「あぁ。寝るか!」

「うん。お休み~ジェイク、ライト」

「おやすみなさい」


 ジェイクがプログラミングで設定した図書室と部屋を結んだ扉で、カミュアとアーリーンはアーリーンの部屋に戻って行った。


「ライトさんはどうするの?」

「もう少し、ここにいる本の住人に今起きていることを聞いてみようと思います。また明日お会いいたしましょう。ジェイク様」

「わかりました。ではお先に失礼いたします。おやすみなさい、ライトさん」


 カミュアたちが去った図書室は静まり返っていた。時々、いびきの様な声が本から聞こえてくる。


 ライトは本を一冊手に取りページをめくった。

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