第2話 初めての二人きりの夜
セント・クリスティーヌ学園は中等部、高等部が設立されている名門の学校である。全寮制で生徒は親元から離れて学園に隣接している寮で暮らしている。
人間界初日、貴族ウェルキンソン家の令嬢・令息として紹介されたカミュアとアーリーンは、学園内の全生徒から注目される存在となった。想定内ではありますが…。
「カミュア~、その制服マジでかわいいな!」
「すんごくイヤなんだけど…。なんか~スースーするんだよ」
カミュアはスカートを持ち上げアーリーンにスースーして気持ち悪いところを見せようとする。
「や、やめなさい。はしたないっ」
「だって~」
セント・クリスティーヌ学園の制服はクラシカルで可愛らしい。女子に人気のあるデザイナーがデザインした制服で、襟ありのワンピースにブレザー風マントで構成されている。こげ茶色がベース色で、アクセントカラーに黒のラインとウエストをしめる黒のリボンがとても愛らしい。アーリーンにとってドストライクの可愛らしさだ。嬉しくてしかたない。ホントはもっと眺めていたいくらいだ。
アーリーンの制服はというと黒のハイネックに、カミュアと同じ色の長めのだぼっとしたブレザーにマントで構成されていてる。アーリーンの魅力を限りなく引き立たせる服装である。
アーリーンは寝ぐせ風の髪を銀髪にし、異国の御曹司を演出していた。そして、長いまつ毛と蒼い瞳が女子生徒を魅了する。気を失いかけた女子生徒がいたとかいないとか。
ミッシェルから言われた通り、なるべく話さず口数を減らす作戦が功を奏し、あっという間にアーリーンのファンクラブが出来上がったくらいだ。アーリーンもまんざらでもないご様子。
なのでカミュアもアーリーンも、一日にして学園の憧れの存在になったのだ。
そんな長い一日を終えて、二人は貴族など裕福な学生が暮らす特別寮に戻ってきていた。
「で、なんでカミュアが俺の部屋にいるんだ?」
「だって…。なんだかあそこ、広すぎて怖いんだ。誰かがいるんじゃないか!? って思うんだよね。アーリーン、一緒にいてもいいかな?」
カミュアは少し怯えている。ま、仕方ないのかもしれない。学園でもライトと寝食を共にしてきたカミュアにとって、本格的に一人で知らないところで寝泊まりすることは初めてだろう。
「う~ん…。今日だけだぞ」
「わーい♪」
カミュアはすごく嬉しそうな顔をして、アーリーンのベッドにダイブする。ずーっと一緒でもいいけどな。
「で、そっちのクラスはどうだったんだ?」
「うーん。みんな普通の人間だったと思うんだよね。ただ、後ろの席に花が飾られてた。誰もそれについて何も言ってなかったけど」
「そうか…。ミッシェルが言ってた被害者の一人なのかもしれないな」
カミュアの周りにはクラスの女子が集まっていて、カミュアは質問責めにあっていた。クラスには数人の男子生徒もいるのだが、遠くから女子軍団を見守っている感じで、カミュアと話す機会をうかがっていた。どの男子もカミュアの魅力にメロメロだったのは間違いない。
アーリーンはカミュアと離れてソファーにふんぞり返る。
ミッシェルはあまり詳しい情報を教えてくれなかった。学園にすでに潜入しているジェイク・クリスローブとコンタクトを取るように。そう言われただけ。
「アーリーンはどうだったの? 何かわかった~?」
カミュアはベッドの上で、連れてきたモフモフのぬいぐるみを抱きしめながらアーリーンに聞いてくる。ぬいぐるみとカミュアのセットもすごぉ~く可愛い。
アーリーンはニヤけそうなのを我慢して、昼間の出来事を思い出す。
「こっちも何も分からなかったな〜。ただ」
「ただ?」
「ライトが会っていた女の子がいたよ。確か~ミラノだったかな?」
「ミラノ?」
「うん。まだ話をしたわけじゃないけど、確かにライトと一緒にいた子だよ」
アーリーンは思い出していた。ライトと楽しそうに話していたミラノ。でもさっきは大人しくて、クラスのみんなと少し距離を置いている。そんな子だった。
「もうすぐ約束の時間だな。カミュア行けるか?」
カミュアはモフモフのぬいぐるみを頭の上に乗せて遊んでいた。モフモフも可愛いけど、カミュアのきょとんとした顔も本当に可愛い。このままここに飾って置きたくなる。
「うん。後から合流するってパパが言っていた子に会うんでしょ? 楽しみだよね~♪」
「まずは会って状況を確認しないとだな。いくぞ!」
アーリーンが振り向くと、カミュアが制服を脱ごうとしているところだった。
「ちょ、ちょっとカミュアさん? 何をしているのかな?」
「いや、着替えようと思って…。なんだか落ち着かないし」
「いやいやいやいや。校内は制服で行動しないとだめでしょぉ~。校則読んでないのか?」
アーリーンは慌てて脱ぎ捨てられた制服のブレザーを拾う。次の約束がなければ、脱いでもらっても個人的にはいいんだけど…、そうも言ってられない。
「ちゃんと着てください」
「むーーーーーっ」
「不貞腐れてもだめです。いくぞ!」
「はぁ~い…」
カミュアは渋々ブレザーを羽織り、アーリーンの後をついていく。なんだかブツブツ服装について悪態をついているけどアーリーンは完全に無視だ。
外はすっかり暗くなっていた。寮に住む生徒は寮のレストランか自室で夕食を取っている時間だ。各部屋にバス・トイレが完備されているので、個人の空間がしっかり確保されているのだ。それは非常にありがたい。
「図書室はこの先みたいだな」
アーリーンはスマホのアプリを立ち上げて場所を確認する。暗い道でスマホの明かりがぼぉ〜っとアーリーンを照らす。
スマホにはステラもどきが導入されているから、カミュアとアーリーンの位置情報と、もう一人の存在を示す点が点滅していた。
「なんだか夜の学校って怖いね。夜の病院も怖かったけど…」
「そうだな〜。それにしても静かだな。図書室ってこんなに遅くまで生徒に解放されてるのか?」
図書室が閉まっていたら、どうやって中に入ればいいのか分からない。
「う〜ん。わかんない」
「だ、だよな。ま、とにかく行って見たらわかるか」
二人は中庭の舗装された道を歩く。道の両脇には木々が植えられていて、ベンチも置かれている。昼時はこのベンチでランチを摂る生徒や、読書をする生徒などで賑わっているが、今は夜も遅いので誰一人いない。
少し先に噴水が見えた。学園のランドマークの一つで、真ん中に人魚が3体壺を抱え天を仰いでいる。その壺から水が流れ出し、下からライトアップされ幻想的な空間を作っていた。
噴水の少し先に、図書室と美術室、音楽室などがある校舎が存在していた。明かりはついていない。誰もいないのだろう。どうしよう? 約束の時間はもうすぐだ。
建物の近くまでやってくると建物の扉が怪しい光を放ちゆらゆらと揺らいでいるように見えた。
「アーリーン。あれ…」
「約束の時間…。カミュアっ、走るぞ!」
「あ、待って!」
約束は今日の21:00。生徒が食事を終え部屋でくつろぎ始める時間。この時間であれば外を気にするものは誰もいない。
そう、これは悪魔族の結界。その結界の中で1ヶ所だけ設けられた入口。カミュアは入れるのだろうか?アーリーンは心配しながらも、この瞬間を逃せば入口が閉ざされることを知っている。だから走ったのだ。
ギュ〜ンッ。
押し潰されるような音と身体が押し込まれるような感覚をすり抜けて、二人は入口を何とか突破することに成功した。振り向くと、今通過した入口はシュンっと音もなく消えていた。
「ハァ…ハァ…。カミュア大丈夫か?」
「ハァ…う…うん」
息を整えた後、二人は室内を見渡す。昼間案内された図書室とは違い、中世の図書室の様な雰囲気のある場所だった。湿気を含んだ紙の香りがする。
「もーっ! この服、動きづらいよぉ~」
「カミュア…? この結界に触れて何ともないのか? どっか痛いとかないのか?」
アーリーンは心配そうにカミュアの全身を360度確認する。どこも焦げてないし傷もなさそうだ。
「うん。どこも痛くない」
「そっか。カミュアは半分…」
半分悪魔族の血が流れてる。そう言おうとしてアーリーンは止めた。天使族も悪魔族もない。そう思いたかったからかもしれない。
「あいつ、どこにいるんだ?」
「もう少し奥に行ってみたらわかるかもね」
アーリーンはカミュアに促され、入り口に置かれていたランタンを片手に奥へ進む。もちろんカミュアにも1つランタンを持たせて。
二人のランタンの灯りがゆらゆらと揺れている。
アーリーンは周りを気にしながら一歩一歩前に進んでいく。本棚にぎっしり本が並んでいるが、これは人間界の本ではないようだ。ここは悪魔族専用の図書室なのか…。
本が息をしているように動いている。悪魔職を引退した者のストーリーが綴られた本たちは、こうして時々退屈しのぎに自分のストーリーを読んでもらいたくて、来た者に訴えかけるのだ。
「アーリーン! あそこ」
カミュアが半歩アーリーンの後ろから声をあげた。
カミュアの指さした方向にぽわ~んとした灯りが見える。誰かいるのだ。
「誰かいるな」
「う、うん。ゆ、幽霊ってことはないよね?」
「おいおい…」
人間の魂を導く者が、幽霊を怖がってどうする? とアーリーンは笑いをこらえるのに必死だ。当のカミュアはさらにアーリーンの制服を強く握りしめる。
「誰かいませんかーーーーーーーーぁ?」
カミュアが大きな声を出した。部屋中に響き渡る声。
「おいおい…」
「もーっ! 怖がらせるの禁止!」
「カミュアさん? それって、逆ギレっていうんじゃ…?」
カミュアの声に反応するように、灯りが動き出した。二人は息を飲む。初めて会う仲間。
「ジェイク?」
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