第7話 ライトのフィナンシェ

 ライトは自室で本を読んでいた。カミュアの部屋の中にライトのプライベートルームを作ってもらったのだ。今まではソファーで寝る毎日だったので、一人の空間はありがたい。


 ライトも寝間着ねまき姿で、くつろいでいた。そろそろ寝ないと明日に障るな、と思っていた矢先、誰かが入ってくる気配を感じたのだった。ライトはプライベートルームを出て、そっと気配のする方向へ向かう。


 そこはカミュアが眠るベッドルームだった。カミュアは寝相が悪い。布団を剥いで卍姿勢でぐーすか眠っている。風邪をひかないように布団をかけ直そうとカミュアに近付いたその時、侵入者がライトの背後にふわっと姿を現した。


「どちら様ですか?」


 ライトは後ろを振り向かず、布団を直しながら丁重に侵入者に声をかける。


「ほぉ~。気づいておったか。お主、なかなかやるの~」

「私にご用があってこちらに?」


 ライトは振り向き、侵入者と目線をあわせる。


「カミュアは寝てしまってるのか~。久しぶりに話をしたかんだが、致し方あるまい…」


 どうやらこの侵入者、カミュアを知っている人物のようだ。どう見ても悪魔族にしか見えない。ここは天使族の部屋なので悪魔族が簡単に入れる場所ではない。

 ライトはここではなんなので…と言い、自室へ侵入者を案内することにした。この男、どこかミッシェルに似ているが、過去に会った記憶がない。


「お主がライトか?」

「さようでございますが、あなた様は?」

「おぉ~そうじゃった。自己紹介をしていなかったな。すまない。ワシはラウル・ウェルキンソン。カミュアのひー爺さんだ」


 ラウルは顎髭を触りながらライトを値踏みするかのように見つめている。


「ラウル様。大変失礼いたしました。お茶などご用意いたしますのでダイニングにいかれませんか?」

「いや。構わないでくれ。お主にこれを渡したら、ワシは次の仕事に出向かなければならないのでな」


 ラウルはミッシェルから預かったメモをライトに渡す。ライトは怪訝な顔をしてメモを受け取った。


「これは?」

「ミッシェルのアホから預かったものだ。お主に渡してほしいとな」

「直接渡してくださればいいのに」

「ワシもその様に言ったんだがな、読んだら破棄することを勧めるぞ。お主にだけ伝えたいみたいだからな」


 ラウルはそう言うと、これで全てだ、と言わんばかりにその場から姿を消した。


 引退した悪魔であれば天使族の部屋にも出入りできる。ラウルがそれを証明していた。はたして引退してもなお人間界に姿を現せる者がどれほどいるかは謎だ。


 ライトはミッシェルからのメッセージを読み、これから起こることを理解した。そしてそっと着替えを始める。もう一度カミュアの部屋を覗いて、カミュアがちゃんと布団をかけて寝ていることを確認し、部屋を出たのだった。


* * *


 翌朝。


「ライト~?お腹すいた~」


 寝ぼけたカミュアがライトの部屋を開ける。もちろんそこにライトの姿はなく、朝ごはんの支度中かな?と思い、カミュアは中立エリアに向かった。

 中立エリアにはアーリーンが人間界のニュースをTVで見ながら、すでにソファーに座っていた。


「あ、アーリーン! おはよぉ~」

「あーカミュア。おはよー」


 なにか違和感を感じる。そうだ…。ライトの声が聞こえない。


「あれ? ライトは?」

「俺が来た時に既にいなかったぞ。朝飯の支度はしてくれてるみただけどな。」

「ふ~ん。ママにでも呼ばれたのかな?」


 カミュアはアーリーンの隣に座り、ライトが用意してくれた朝食を食べ始める。いつもと同じ安定した美味しさだ。


 カミュアはもぐもぐしているので、アーリーンがコーヒーの準備をする。


「カミュア~、お前もコーヒー飲むだろ?」

「うん」


 心なしか、カミュアが元気がない。ライトの存在は学園生活で大きな割合を占めていたということだ。


「カミュア~。ライトからカミュア宛のメッセージがここにあるぞ。ライト…、お前が自分のコーヒーを淹れるって思ってたんだな(実際は俺が淹れてるけど)」

「えっ?」


 カミュアはもぐもぐしながらキッチンスペースでライトからのメモを受け取る。そこには奇麗な文字でカミュア宛のメッセージが書かれていた。


「ライトは何だって?」


 アーリーンはカミュアのコーヒーカップを用意しながらカミュアに聞いてみる。


「うーん。ちょっと出かけてくるってさ~。しばらく帰れないかもって…。ライトが夜中に出ていくなんて珍しいな。なんかあったのかな~?」

 

 カミュアは少し心配顔だ。アーリーンはライトのメモを横からちらっと覗いて気づく。


「まだメッセージに続きがあるみたいだぞ」

「うん?」


『カミュア様 アーリーン様 冷蔵庫に焼き菓子を用意しておきました。おやつにどうぞ』


 カミュアの目が輝く。さっきまでしょんぼんりしていたのが嘘のようだ。よっぽど今日のおやつが気になっていたのか? アーリーンはコーヒーに口をつけながらカミュアの行動を見守った。


「おぉ~いっぱい準備してくれてる~。これフィナンシェだ!」


 冷蔵庫の中を見てカミュアは焼き菓子の名前を当てる。人間界のスイーツ フェスティバルで色々学んだようだ。


「授業が終わったら~少し温めてから食べよう♥ 楽しみだな~♪」

「よかったな」

「うん!」


 カミュアの満面の笑み。ライトがいなくて寂しいのだろう。いつもなら目の前にスイーツがあったら、後先考えずにがっつくカミュアが我慢している。


「ほれ」


 アーリーンは淹れたてのコーヒーをカミュアに渡して、カミュアの頭をポンポンと叩いてみる。ミッシェルやライトがそうしているように。慰めているつもりなのだ。


「やめてよぉ~」


 えっ? 何で? 俺じゃダメなの? とアーリーンはあたふたする。


「アーリーン…。さっきトースト食べてた手だよね~。チョコレート付いてた手だよねー」

「えっ?」


 ちゃんと拭いてからにしてください! とアーリーンはぷくぅ~として食卓に戻っていく。


「あ、ごめん」

「わかってくれればいいんだよ。さ! 食べよう~♪ コーヒーありがとうね♥」


 アーリーンは自分の手を見つめる。チョコが確かについていた。よく見てるな~とアーリーンは思う。そして…汚れてなければカミュアに触れてもいいのか! と、嬉しくなった。なんともポジティブシンキングだ。


 でも…、ライトのいないダイニングはちょっぴり広いと感じる二人だった。

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