第6話 契約の上書き
「あの人の力を借りるか…。本意ではないが…」
ミッシェルはプライベートルームで、床に描かれた魔方陣を見つめ考え込む。ライトからの報告を見る限り、悪魔が降臨された可能性が非常に高い。カイトも同じ場所での不可解な人間の死を警告していた。
既に若い人間の命が複数失われているし、その全ての魂が回収できていない。一体その魂はどこに逝ったのか?
ポタッポタッ。
「っ…」
ミッシェルは尖った爪で自分の腕を傷つけ自らの血を魔法陣中心部に
そして呪文を唱える。
「汝 夜を支配するもの。昼を嫌み闇を愛する者 、流される血を好む者。今宵
しーーーん。
「あれ? 何か間違えたか?」
ミッシェルは焦る。一級悪魔としてミスはあり得ない。
「おーい。いるんだろ? 出てきてくださーい」
しばらくすると強烈な臭いと共にポタポタと、頭上からドロッとした液体が垂れ、皴々の足が円陣の空間から産まれてくる。その足の爪は黒く鋭かった。
「やっと来たか」
「ワシを呼んだのはお前か?」
円陣の中心に年を重ねた悪魔、ラウル・ウェルキンソンが現れた。髭をはやし、白髪頭を小綺麗に整えた老人。その男、威厳と品格を兼ね備え紳士的な印象を持っていた。
「久しぶりです。お祖父様」
「何だ、お前か。引退した私を召喚するなんて良い度胸だな。誉めてやる」
「どうせ~暇だったんでしょ? 人間の魂を使ってチェスするくらいしか娯楽なんてないでしょうから」
ラウルはフンっと鼻をらなし、ピシッと身だしなみを整えながら周りを見渡す。職を引退してから久しい。確かに退屈していたところだった。
「なかなか良いセンスをしておるな。さすが我が孫だ。うん?」
ラウルは顎髭をさすりながらミッシェルを覗き込む。
「何だ? お主…まだあの女とは切れてないのか?」
「俺のことはどうでも良いんですよ。それよりお祖父様に手伝ってもらいたいことがありまして」
「ほぉ…」
ミッシェルはローズウォリック家の話と、これから行おうとしていることを手短に語った。
「勘弁してくれ。ローズウォリック家とは関わりを持ちたくないのぉ~。ワシは引退した身なんだからな」
「頼みましたよ。契約は絶対です」
「う~む」
ラウルは渋々ミッシェルの願いを受け入れることに同意する。どんな時であっても契約は絶対だ。
「仕方ないのぉ~。ワシへのみ見返りは何だ?」
「モーリー・ローズウォリックの器1個分でどうです?」
ラウルはニヤリとしてミッシェルに頷く。それなら申し分ない取引だ。
「悪魔族特級階級、ラウル・ウェルキンソンが汝との契約に承諾する」
悪魔族特級階級などという称号はない。引退したのだから肩書はないのだが、ここはあえてツッコミを入れるのはやめておこう。
「では、まずはこれを中立エリアにいるライトへ渡してください。その後は…わかりますよね?」
「ワシは伝書鳩かなにかか?」
ラウルはミッシェルから紙切れを受け取り不満顔だ。
「まさか。誰にも見られることなくしっかりと情報を渡して欲しいのです。お祖父様ならできますよね」
「これは命令か?」
「いえ。お願いしているのです」
ラウルは軽く頷き、まかせておけと言い姿を消した。
ラウルであればステラの管轄対象外だ。であれば秘密の情報を伝達する上でミッシェルが行動するより数段安全性があがる。
―― あとはカイトとララか…。
「まずは、ララからだ」
ララにあの刻印があったとしても、ミッシェルとの契約がまだ有効であるのであれば、ララは必ずやってくる。それを確かめるためにも、学園とは違う場所で彼女と会う必要があった。
ステラは作動するが、隠れて事を進めるより都合がいい。この計画は上層部にも知られたくないし、無駄に関係者を増やすことは避けたい。なぜなら、人が増えれば敵に情報が伝わるリスクが高まるからだ。
ミッシェルはララに伝えた約束の地へ急ぎ旅立った。
* * *
「遅い! 私を呼び出しておいて、遅刻するってどうゆう性分してるの? しかもこんな時間に💢
寝ないとお肌に悪いのよ!悪いの」
「すまない」
ここは人間界の某所。高層ビルの合間にある公園の様な憩いのスペースである。遠くのベンチに人間のカップルが一組、なにやらいちゃついているが、ほとんど
月あかりがビルのガラスに反射して意外と明るい。
「で?何の用なの? 私に学園を去れって話なら受け入れがたいわ」
ララはベンチに座り足を組み、腕を組む。どうやらまだミッシェルとの契約は有効であり、あの刻印によって契約自体が上書きされたわけでもないようだ。
「ララ。その話は少しペンディングにしておきたいと思う。だから学園とは違う場所で呼び出したんだ」
ミッシェルもララの横に座り、ララの顔を覗き込む。どんな反応をするか見たかったのだ。
「ララ、アーリーンとカミュアをセント・クリスティーヌ高等部に派遣しようと思ってるんだ」
「え?」
ララの瞳が赤く光ったような気がする。
よし、これでこの情報は敵の耳に入るだろう。我々が気づいていることが伝われば、敵も行動を早めるかもしれない。これは賭けだ。
「そんな大事なことを私に?」
「お前は俺が選んだ仲間の一人だからな。そして唯一の悪魔族でもある」
ララは目を丸くしてミッシェルを見つめる。自分は疑われたと感じていたから、まさかミッシェルが自分に対して大切なことを話すとは思ってもいなかったのだ。
「ララ、俺を見て」
ミッシェルは何か呪文を唱え始める。ララは操られるようにミッシェルに身体を預けた。遠目からみたら、抱き合っているように見えているだろう。
「契約を上書きする。汝の
ミッシェルはララの胸元に手をかざし、さらに呪文を唱え続ける。するとララの胸元からララのストーンが飛び出してきたのだ。ミッシェルはそのストーンを月明かりにかざす。透き通ったストーンの中央部に炎のような赤い原石がゆらゆら揺れている。
ミッシェルはララの核であるストーンに人差し指と中指の二本の指でそっと触れる。するとミッシェルの指先から光の雫が生まれ、ララのストーンに吸収された。ララの炎に包まれ、ミッシェルの雫がキラキラと輝く。
「これでいい」
ミッシェルはまた呪文を唱えながら、ストーンをララに戻した。
そしてララが目覚めるまでララを包み込むように抱きしめた。
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