第4話 女の戦いに口を挟むべからず

 ここは学園内の図書室の更に奥にある、重要な歴史書や書物が保管されている保管庫。古い歴史書から重要な文献まで保管されている場所だ。学長に許可された者のみが入れるこの場所は、教師ですら一部のものしか入室を許可されていない。


 厳重なセキュリティーが課せられており、虹彩認識こうさいにんしきと言う生体認証が求められる。それほど厳重に管理されている。と言うことだ。


「ここに居たか」


 一級天使カイトが保管庫でお目当ての男を見つけ声をかける。男は机に寄りかかり、分厚い本を読んでいた。側には複数の本が重ねて置いてあり、保管庫というよりは彼の書斎と化しているようだ。


「あぁ〜カイトか。よくわかったな」

「お前のステラが消えたからな。プライベートルームにいるか、ここか…。察しはつくさ」

「そうか。ここはステラも作動しない領域だったな。興味があるなら、俺のプライベートルームに招待してやってもいいぞ」

「いや…。やめておくよ。何をされるかわかったもんじゃないからな」


 そう言うな。と言いながらミッシェルは読んでいた本をパタンと閉じる。閉じられた本の表紙には龍をモチーフにした印が刻まれていた。

 ミッシェルは本を机の引き出しにしまい、鍵と呪文を唱える。それだけ他人に見られたくない書物ということか…。


「で、どうした? 今日は休みのはずだが?」

「あぁ〜。この前お前が言っていた人間界のバランスについて、僕なりに調べてみたんだ。ここ最近起きている説明のつかない不条理な死や事件について」


 カイトは本を探すふりをしながら話し始め、ミッシェルは机の上の必要のない本を片付けながら耳を傾ける。ここは防犯カメラも作動している場所。むやみに結界を張ろうものなら、緊急アラートが鳴り神や魔王の側近に知らせが行くようになっている。大事おおごとになりかねないのだ。


「それで?」

「気になる事案じあんの大半は、ある人物が絡んでいるんじゃないかと思えるんだ。その時々で性別も年齢も容姿も異なるが、必ず事件・事故の後に姿が消え、関係者たちの記憶から抹消されるんだ。その人物は、加害者のみが記憶していて、他のものは誰も気づかない。魂を迎えに行った天使族や悪魔族、中立を誓った死神職の中でも、数名しか記憶に留めていない。ストーンでさえも記録できていないんだ。そんなことってあるか?」


「ストーンが?  まさか…」

「今、それらの事案じあんについて規則性を探しているところなんだが…。ここ3年の間でこのような事案じあんが集中的に起きている場所があるんだ。それは…」


 カイトが話を進めようとした瞬間、ミッシェルがカイトを制した。入り口のドアを気にしている。


「誰かくるぞ」


 ピッ、ピピピー。

 電子音がなりシューっと体の埃を払うセンサーが起動している音が聞こえる。中にいる二人が見守る中、部屋に入ってきたのはララだった。


「ちょっと、休みの日に私を呼び出しておいて二人でコソコソ何してるのよ。もーっ、探しちゃったじゃない。ステラが消えたから察しはついたけどさぁ〜」


 ステラとは、階級を持っているものに与えられる言わばGPSみたいなもので、緊急時にどこにいるかがわかる仕組みになっている。個人個人のステラを辿れば、瞬間移動ですぐに本人に会えるというシステムだ。

 ただ、プライベートの部屋と、重要な場所はステラは反応しない。なぜって? プライベートな部屋や重要な領域で急に職場の仲間が現れたら…困ることも多いいからだ。なのでもちろん、シャワールームなどの個室ではステラは起動しない。


 ララは入り口で仁王立ちになり二人を睨みつけている。仲間はずれにされたことにプリプリしているのだ。


「すまない。もうそんな時間だったか。カイト、ララ、ラウンジに行こう。あそこならこの時間誰もいないだろう」


 ミッシェルは本をしまい終わると、お怒りモードのララの肩を抱き寄せ額にキスをする。

 この二人、関係は切れてないのかもしれないな。とカイトは思いながら二人の後を追ってラウンジに向かった。


* * *


 ラウンジはミッシェルが言ったように利用者は誰もいなかった。ミッシェルはカイトとララが入室したことを確認すると、結界を張った。これで他の教員関係者は入ってこれなくなる。秘密の話をするにはもってこいの環境だ。


 3人はそれぞれ飲み物を注文した。ミッシェルとカイトはブランデーをロックで。ララは甘めのカクテル、モリンホールを選んだ。アプリコットリキュールをベースにした甘くて黒いカクテルだ。


 最初に口を開いたのは、ララだった。


「それで? 私を呼び出した理由わけを聞かせて。二人でコソコソしちゃって、気持ち悪いっ」

「ララ、ヤキモチか? ならやめておけ」


 ララはいつになく不機嫌だ。このまま話を続けていいのかミッシェルは迷う。カイトも同じ気持ちだった。


「あぁ〜みっともない。空気を読めない悪魔なんて最低ね」

「ルーナ! ど、どうしてここに?」


 フワッと優しい風がラウンジを吹き抜け、月の女神ルーナが現れたのだ。ミッシェルの結界をすり抜けてラウンジに入って来たのだから、ミッシェルが驚くのも無理はない。


「あなたの結界なんて抜けがあるに決まってるでしょ? 昔から全く変わらないんだから」

「悪かったな。で俺に何か用事でもあったのか?」


「ちょっと失礼じゃないの? ミッシェルは私たちと話がしたいって言ってたんだからね。割り込まないでくれる?」


 ララはルーナに敵意剥き出しの顔で文句を言い始める。ミッシェルを挟んだ女の戦いが勃発だ!


「私は大事な用事があってここに来てあげてるの。あなたこそ、席を外したらどうなの?」

「なんですって! このペチャパイ女は黙って引っ込んでろってーの」

「なっ」


 ララは自分の胸に手を当てて、言葉に詰まる。確かに胸は小さい方だ。カミュアもルーナに似て小さい方だ。だから何だというのだ。女の価値はそこだけじゃない!


「おっぱいだけデカくて頭空っぽな人に言われたくないわね!」

「くっ…。何よっ! 貧乳! そんなんだから、ミッシェルに愛想つかされるのよ」


 そろそろ止めた方がいいんじゃないか? カイトは何事も無いように話をスルーしているミッシェルに囁いた。早く本題に入りたい。

 ミッシェルは仕方なく頷く。できれば女のみにくい争いに口を出したくないが、今はそうも言ってられない。


「まーまー。その辺にしておこうじゃないか。ルーナも同じことを言いに来たんだろからさ。仲良くしよーや」


 ミッシェルはルーナとララを座らせ、ルーナのためにノンアルコールのブルーキュラソーとカルピスをブレンドした青色のドリンクを用意した。昔ルーナが大好きだと言ってくれたノンアルコール カクテルだ。あまりにもスムーズにルーナの飲み物が用意されたことでララはいっそう不機嫌になる。


 そろそろ本題に入ろう。ミッシェルは難しい顔をして報告書のコピーを机の上に広げる。


「ちょっと待て。ミッシェル」

「うん?」


 そう切り出しのはカイトだった。カイトは一瞬ララの瞳が赤く光るのを見逃さなかった。ララの身体から黒いもやがミッシェルとミッシェルの出した資料に覆いかぶさろうとしている。

 そのもやは、カイトがミッシェルの話を遮ったことで、ララの体内にスッと引っ込んだ。


「ララ。そう言えばここ数日どこに行ってたんだ?」

「何それ? 今は関係ないでしょ? 仕事よ。仕事に決まってるじゃない」


 露出狂のララが今日に限ってスリーブを羽織っている。いつもなら透け感のある素材のはずが…。


「ちょっと失礼?」

「えっ? な、何よ」


 ルーナが席を立ち、ララのスリーブを一気に引き剥がした。ララの体からスリーブが脱がされ、背中の一部が一瞬露わになる。


「ちょっと何するのよ。返して」


 ララはルーナからスリーブを奪い返し身だしなみを整える。そして、怒りに任せて飲みかけのカクテルをルーナにビシャっとぶっかけた。

 もちろんララのかけた液体はルーナにかかることなく床にこぼれ落ちた。ルーナも女神の一人である。危害が及ぶ前に全身を結界で覆うことなんて容易たやすいことだ。


「みんなしてひどいんじゃない? こんなことをするためにわざわざ呼び出したわけ?」

「いや…。落ち着いてくれララ」

「ミッシェル。なんなの? 私何かした?」


 ララはの気持ちは一向に落ち着かない。ララの中に大いなる闇を感じ取ったカイトは、立ち上がりララのそばに近づく。


「ララ。何があったんだ? 時々力をコントロールするのが難しいのは知っていたが…。今日は何か…」


 カイトがララを落ち着かせたくて、ララの頬に触れようとした途端ララは一歩後ろへ飛び退く。天使族のカイトに触れて欲しくなくて、中立エリア内だというのにカイトから距離を置く。


「触らないで。これってセクハラなんじゃないの?」

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ…」


 ララは泣きそうな目でカイトを睨み続けている。ミッシェルは大きなため息をついてララとカイト、二人の肩にそっと手を置く。


「すまない。今日はお開きにしよう。ララもカイトも頭を冷やしてくれ。ララ、後で話そう。君が学園を去りたいのなら、契約を破棄しても構わない」

「な、なんでそうなるのよ」

「アーリーンは俺が面倒を見る」


「なっ…。私をクビにするつもりなの?」


 ララの身体は震えていた。怒りからなのか恐怖なのか。

 この学園を追われたら、アーリーンやカミュアのことを監視し続けることは不可能になる。そんなことになったら身の破滅を呼ぶ。あるじが黙ってはいないだろう。


「カイト…。すまないが今日のところは帰ってくれ。何かあればまた別の日に話を聞こう」


 ミッシェルは真剣な顔で二人に告げる。この雰囲気のミッシェルは本気だ。逆らえば身体ごと吹っ飛ばされるかもしれない。


「私は辞めるつもりもないし、辞めさせられるのであれば理由を聞く権利はあると思うけど?」

「わかった…。君が落ち着いたら話そう。君は興奮していて、話せる状態じゃないだろ? 自らここを出ていくか、俺に消されたいか選んでくれても構わない」


 ララはミッシェルを睨みつけていたが、本気になったミッシェルは恐ろしい。ララは諦めてラウンジを後にした。


「ミッシェル…。すまない僕が余計なことをしたみたいだ」

「お前も見ただろ?ララの背中」

「あぁ…」

「お前たちには見えてたんだな。俺は全く気づかなかった」


 ルーナはミッシェルの背中をそっとさする。ミッシェルが落ち込んだ時、いつも優しく何も言わず側にいてくれる。優しくて暖かい手。


「悪い。少し考えたい。一人にしてくれ」

「ミッシェル、僕も例の案件についてお前に話しておきたいんだ」

「わかってる…。後でまた話そう。今はステラで場所がわかる。ララに変な勘ぐりはして欲しくないんだ」


 ミッシェルはブランデーを一気に飲み干す。


「わかった」


 カイトはそう言いラウンジを後にした。

 

 ルーナはミッシェルの隣に座り直し、優しく語りかける。優しくて世界中で一番愛おしい女性が今隣にいる。どれほど愛を語っても語り尽くせないほどミッシェルはいまだにルーナを想い続けていた。


「私に居てもらいたい?」

「そうだな」

「嘘。あなたは嘘が苦手なのよね。悪魔のくせに」


 ルーナは優しくミッシェルの手を握りしめ、胸元から出した資料をテーブルに置く。


「これを見ておいて。あなたには事の重大さがわかるはずよ」


 そう言い残すとルーナも光の中に消えていった。


 ララの背中にあったもの、あれは奴の刻印だった。まさか信じ難い。ララの身体を隅から隅まで知っているとは言い難いが、あのような刻印はなかったはずだ。とミッシェルは考えていた。

 傷はただれていて、最近つけられたものに違いない。いつ?どこで?どうやって?ミッシェルはララの交友関係を考える。それでも解答は得られない。


 学園内にも奴に情報を流す者が他にもいるのかもしれない。ミッシェルはララの処分を考えながら、新しいブランデーをおかわりした。


 今日の出来事はアルコールの力を借りなければやってられない。ララの異変に気づかなかった。

 そんなことを考えながら、手元にある資料を眺めてみる。ルーナが持ってきた資料もある学園で起こっている事件に関する資料だった。始まりは3年前。カイトが話したかったのもこれかもしれない。


 すでに6人の学生が命を絶っている。しかも毎年同じ月に一人づつ。まるで生贄を捧げるようだ。どの被害者も、不可解な死を遂げている。全ての魂は回収できているのだろうか?そのレポートは見当たらない。カイトに聞くのが早いだろう…。


 誰かが面白半分に、悪魔を降臨した可能性もある。

 ルーナの資料によると学園内に調査に向かった20級天使が戻ってこないと言う。20級なら、一番下の階級だがそれなりの知識とパワーを持ち合わせているはず。ステラに反応がなくなった。と記されている。


「魂の循環、善と悪のバランスを乱す者よ。俺たちが必ず見つけ出し、裁いてやる」


 まずララを何とかしないと、こちらの行動が奴に筒抜けになる。それは避けなければならない…。ミッシェルは考える。


――  我々がララを疑い始めたことを、奴が知るのはそう遠い話ではないだろう。もし俺が奴の立場だったら、彼女を生かしておくだろうか? 答えはNOだ。だが…、俺たちが次に何をしようとしているかは知りたいはず。どう出る?


「俺はララに対して冷酷になれるんだろうか…」


 ミッシェルはそう呟き、グラスの残りを飲み干した。

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