第2話 久しぶりの休日

「う~~~ん…」

「どうした? 腹でも痛いのか?」


 今日も中立エリアのダイニングは、平和だ。課題を終えてからここしばらくの間、分厚い教科書をベースにした退屈な授業が続いていた。神と悪魔の歴史から人間が誕生するまで、そして神の使いとして誕生した天使について、いろいろ頭に叩き込まれる。


「アーリーン。僕…、もう頭がパンクしそうだよぉ~。パパがさぁ、香菜ちゃんと勝利かつとしくんのレポートを提出しろって言うんだよ。ストーンが全てを記録してくれてるんだからさぁ。それでいいじゃんね。パパは鬼だ! 悪魔だぁ~~~~~っ」


 カミュアはボサボサの頭を掻きほぐし、アーリーンに訴えかける。頭はパンクしないし、レポートの提出だって意味がないことはない。しかもミッシェルはもともと悪魔だ。


「仕事の中には、レポート提出が必須な職もあるからな。まぁ~これも経験だと思って」

「むむむむ…。僕こうゆうの得意じゃないんだよね」


 知ってる。とアーリーンは心の中で頷いた。話題を変えよう。何だか危険な香りがする。


麗羅レイラはどうした?」

「さぁ〜、裏切り者の麗羅レイラなんて知らないよ。さっさとレポートを提出したらしいからさ。カイトが麗羅レイラのレポートを見てめちゃくちゃ褒めてたし、もう知らないっ」


 カミュアはプンプンしている。その顔も、プクッとして柔らかそうな頬も、み〜んな可愛いい。でもトバッチリはごめんだ。地雷を踏んだアーリーンは、慌てて話題を変えてみる。


「ライトもいないんだな」

「うん。人間界に買い出しだって。連れてってってお願いしたのにさ」

「あっ…」


 もう一つの地雷を踏んだようだ。カミュアのプンプン度は最高点に達し、今にも目の前のパソコンをぶん投げるんじゃないかと思うくらい、ディスプレイを睨みつけている。

 これはもう〜何か他の物で気分を変えてもらわないと、中立エリアの平和は保たれなさそうだ。


 アーリーンはお怒りモードのカミュアを横目にキッチンへ向かった。確か冷蔵庫の中にプリンがあったはず。アーリーンは冷蔵庫からプリンを取り出した。


――  よかった〜。昨日のデザート取っておいて♪ これでカミュアの機嫌が直れば俺の平和も約束されたものだ!


 アーリーンはプリンとシュワシュワのジュースを持ってカミュアの隣に座った。まだカミュアはパソコンと睨めっこだ。いくら見つめていても頭と手を動かさなければ意味がない。


「カミュア〜。一緒に食うか? 少し休憩するが良い」


 カミュアの目が輝いた!


「アーリーン。そ、それわ❤️」

「昨日、ライトが作ってくれたプリン。おやつにとっておいたんだよね」

「食べる! 食べたい。ちょうだい♪」


 カミュアの機嫌はわかりやすい。ヨダレを垂らすのではないか!? と言う勢いでアーリーンを(イヤ…プリンを)見つめている。完全に目はハート状態だ。


「よしよし。分かったからパソコンをしまったらどうだ?ビチャってしたらパソコンが壊れる」

「うん!」


 素直にパソコンを閉じられる前に、アーリーンはディスプレイを覗いてみる。

 何とも、日付しか記入していないじゃないか。これではレポートが書き上がるのはいつになることやら…。


「よし。パソコンは閉じた。食べよっ」

「はい。どうぞ」


 アーリーンはお皿のプリンを丸ごとカミュアの前に置き、自分はドリンクを開ける。確かに食べたい気持ちはあったけど、ここはカミュアに譲ろう。と思ったのだ。


 カミュアは一口プリンを頬張りご満悦状態だ。一口食べたところでカミュアは気づく。


「ねぇ、アーリーンのプリンは?」

「あ〜それな。1個しかないんだよ。でもカミュアにやるよ」


「えっ? 僕に全部くれるの? プリン超美味うまいよ」

「うん。いいよ。俺はこれがあるから」

「で、でも…」


 カミュアは流石に申し訳なさそうにモジモジしている。何だかこれはこれで可愛い。


「じゃぁ〜一口くれ」


 アーリーンがスプーンを取りにキッチンへ行こうとした時、カミュアが想定外の行動に出た。自分のスプーンでプリンを一口すくい、アーリーンに差し出したのだ。


「一口ね♪  はい。あ〜〜〜ん」


 えっ?マジ!?いいのか? 同じスプーンで食べちゃっていいのか? アーリーンは見るからに動揺している。


――  ていうか…。これって、か、間接キスじゃないのか。いいのか? 俺? いいのか!? イヤ…待てよ。ライトも今はいない。俺たちを止めるものは誰もいない! これは~paradiseパラダイスじゃぁ!


 アーリーンの迷いは無くなった。さりげなく成り行きに任せて、口を大きく開ける。カミュアの差し出したプリンとスプーンが目の前にやってくる。


 一口パクリ。う、うまい❤️。カミュアのあ〜んは、めちゃくちゃ美味うまい!

 アーリーンがとろける様な幸せな顔をしているのを横目に、カミュアは何事もなかったようにプリンをパクついている。そして完食。


「幸せです」

「だね〜プリン超美味い❤️」


 食べ終わったカミュアと間接キッスの余韻に浸るアーリーンは、同じ姿勢でソファーに踏ん反り返っている。側から見たら、ちょっと気持ち悪い。


 ポーン


 エレベーターが到着する音がしてカイトが珍しくエレベーターから現れた。


「お前たち、何してるんだ? カミュアはレポート終わったのかい?」


 カイトがキッチンに向かいながらカミュアたちに声をかける。カイトも今日はTシャツにチノパンというカジュアルな恰好をしている。一級職のメンバーもそれなりに休みはあるようだ。


「あ~ん…。嫌なことを思い出させないでよ(涙)。今は休憩中なんだ」

「そか。どれどれ。僕が見てあげよう」

「あっちょっと…」


 カイトはパソコンを開いてみて唖然とする。まーそうなるよね。日付しかかかれてないのだから、無理もない。


「カミュア? ストーンはどうしたんだい?」

「えっ? ここにあるけど?」


 カイトは深いため息をつく。初めてカミュアと会った時もそうだったが、ストーンのことを何も理解していない…、と改めてカイトは思う。出来が悪い子ほど可愛いというが、ここまでとは。


「いいか? ストーンが記憶していることをパソコンに取り込むんだよ。かしてごらん」


 カイトはカミュアからストーンを受け取り、パソコンの中央にそっと置く。するとストーンが光り始め、パソコンの画面にみるみるうちに文字が浮かびあがった。


「な、なんじゃこりゃぁ~」

「ミッシェルに習わなかったのか? ストーンからまずは情報を吐き出させて、あとは自分で目で見て、感じたことを付け足してレポートを完成させるんだ」

「すごい! すごいよカイト! パパはそんなこと一言も言ってなかった」


「多分…、ちゃんと説明してたと思うんだけど」


 カイトは少しあきれ顔でカミュアを見ている。そして気づいた。カミュアの奥に座っているアーリーンに。


「で…? アーリーンはさっきから何してるんだい?」

「たぶん、プリンが美味しくって感動してるんだよ。ライトのプリンは最高だよ! カイトも来るって知ってたら~残しておいてあげればよかったな」

「気持ちだけありがたくうけとっておくよ」


「今日は何しに来たの? 学園も休みだよ?」


 カミュアは食べ終わった皿を片付けるため、ぼーっとしているアーリーンを押しのけキッチンへ向かう。アーリーンが我に返ったのを確認してカイトは話を続ける。


「休みだから、顔を見に来たんだよ。座学ばかりで退屈してるだろうと思ってね。ミッシェルもライトもいないんじゃ、出直すことにするわぁ」

「えっ? もう帰っちゃうの?」

「また後で顔を出してみるさ」


カイトは来た時と同じようにエレベータへむかった。どうやら休みの日は極力パワーを使わない主義らしい。


「そうだ、アーリーン」

「は、はい?」


 まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったアーリーンは、完璧に油断していた。


「今日はせっかくの休みなんだから、二人で人間界にでも出かけてみたらどうだい? なんでも…スイーツフェスティバルってのをやってるらしいよ」


 カイトはスイーツフェスティバルのちらしを渡しながら、アーリーンの耳元で囁く。


「カミュアは甘い物が好きらしいから、デートでもしておいで」


 えっ? アーリーンは自分の耳を疑った。で、で、で、で、デート!? 学園での恋愛は禁止のはず。これはカイトの罠ではないのか? アーリーンはドキドキしながらカイトとちらしを交互に眺める。


「あ、でも人間界では手も握れないから、気を付けるんだよ」

「そっ…」


 カイトは爽やかな笑顔を残し、エレベーターに消えて行った。


 そうか…。アーリーンは納得する。ここでカミュアと二人きりより安心、安全だ。とカイトは思ったに違いない。中立エリアでなければ、天使族に触ることは死を意味する。


「ま、いっか」

「うん? 何が?」

「あ、いや…。カイトが人間界のちらしをくれたんだ。行ってみないか?」


 カミュアは興味なさそうにソファーに戻ってきた。しかし! テーブルの上にあるスイーツフェスティバルの文字と様々なお菓子のイメージに心が躍る。カミュアの目が輝き始めた。


「アーリーン。行きたい! 行こう!」

「そう言うと思ったよ」


 二人は習得した技、指パッチンで身支度を整えた。いざ! 出発! 二人で出かける久しぶりの人間界だ。気合も入る。


「カミュア?」

「うん?」


 カミュアの選んだ服装にアーリーンが不服申し立てをしたのは言うまでもない。

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