第11話 ライトのカヌレは愛と同じ?

「ただいま~♪」


 久しぶりに学園の中立エリアにカミュアの声が響き渡る。カミュアと麗羅レイラが緊急課題を終えて戻ってきたのだ。


「お帰りなさいませ。カミュア様、麗羅レイラ様」

「ライト♪ ただいま!」


 未だに不貞腐れたアーリーンがソファーの上で胡坐をかき、頬杖をついていた。カミュアたちが戻ってきたことが嬉しいくせに、何事もないように振舞っているところが思春期の男の子っぽい。


「アーリーン!  会いたかったよ~♪」


 カミュアはアーリーンのいるソファーにダイブして、アーリーンに抱きついた。久しぶりのカミュアのぬくもり。アーリーンは顔が緩むのを隠すのに必死だ。


「アーリーンも元気そうでよかったよ~。いったいどこにいってたの? 僕たち人間界に行ってきたんだよ」

「よかったな~~~」


 カミュアはチビッ子がお母さんに学校での出来事を話す時みたいに、意気揚々いきようようと話を聞いてもらいたくてアーリーンにすりすりしている。


「アーリーン様。カミュア様に会えて嬉しいのでしょ?素直に喜べばよいのですよ」

「だよね~♪」


 ライトはダージリンティーの準備をしながら、キッチンスペースから声をかけた。キッチンからはとてもいい香りがしている。

 カミュアも何かつまみ食いができないかな? と思いキッチンまで来てみたが、何もめぼしい物が見当たらず…不服そうだ。


「あれ? 麗羅レイラは?」

「疲れたから部屋に戻るって言って、出てったぞ」

「そうなのか~。ライトのお菓子食べていけばいいのに…」

「疲れてるんだろ? そっとしてやったら?」

「そうだね…」


「カミュア様も、制服を脱いでシャワーでも浴びていらっしゃったらいかがですか? それまでにティータイムの準備をしておきますから」


 ライトがティーカップの準備をしながら、カミュアに提案する。じゃ~ちょっと行ってくるから待っててね~。と言い、カミュアは一旦自分の部屋へ向かった。

 もちろん、アーリーンがカミュアのシャワー姿を想像してニヤニヤしていたことは言うまでもない。思春期の少年とはそういうものである。



「アーリーン。無事に帰還おめでとう。カミュアたちも戻ってきたんだって?」 


 ライトが準備をすすめている間に、カイトが中立エリアに姿を現した。第一級天使は忙しいんじゃなかったのか? と思いたくなるくらいカイトは頻繁に学園に顔をだす。


「暇なのか? って今思っただろぉ~?」

「えっ? いや」

「偉くなるとな~、ちょっとした時間は作れるものなんだよ。後輩たちの指導も仕事の内だからな」


 カイトはかっこよく爽やかにアーリーンにウィンクしてみせる。くぅ~無駄に爽やかで腹が立つ。皆が憧れるのも理解できる。


「それに、ライトのスイーツは最高だ!」

「結局それがお目当てですか?」

「まぁな。ミッシェルには内緒にしとけよ」


 カイトとアーリーンがそんな話をしていると、エレベータの到着する音が聞こえ、扉が開く。


「お待たせ~~~♪」


 カミュアが普段着に着替えて中立エリアに戻ってきたのだった。直通のエレベータを使うことをやっと覚えたらしい。


「あ! カイト~。ありがとう。僕ちゃんと香菜ちゃんの心の声を聞くことができたよ!」

「あぁ、よくやったな」


 カミュアはアーリーンの隣に腰を下ろし、すごく嬉しそうにしている。カイトから褒められたことがよっぽどうれしかったのだろう。


 カミュアは、濡れた髪を頭の上でお団子のようにまとめていた。細い首筋がよく見える。今日も短パンにダボTという恰好なのでアーリーンは落ち着かない。

 ライトはともかく、カイトはれっきとした大人の男であり天使族の憧れの的であり、カミュアの指導者として常に側にいる。アーリーンが見ても爽やかなイケメンで、非なる箇所はどこにもないように思える。


「カミュア様、髪の毛くらい乾かしてからこられてもよいのでは? スイーツは逃げませんよ」


 ライトはさりげなく、カミュアの行動を正す。さすが執事のような存在。貫禄かんろくを感じる。

 そう言いながら、ライトは人数分の紅茶を用意する。


「カイト様も、ダージリンでよろしかったでしょうか?」

「あぁ、もちろんだ。ありがとう」


 カミュアはお預けをくらった子犬のように大人しくしっぽを振って待っていた。


「本日は、カヌレをご用意いたしました」


 ライトは小さなカヌレをテーブルの中央に置く。


「わぁ~♪ ちっちゃなケーキみたいだね」

「召し上がってみてください」


 ライトがテーブルに運んだのは、高さ3㎝ほどの小ぶりのカヌレだった。こげ茶色に輝くカヌレがお皿いっぱいに重なって、すごくえる。


「いっただきま~~す!」


 カミュアはカヌレを上からがぶりと噛みついた。外はサクッと、中はもちっとした触感で、口の中が幸せでいっぱいになる。


「~♪ おいしい~! ライトこれもすごくおいしい~~~。何ていうケーキなの?」

「よかったです。こちらはカヌレと言いまして、じっくり時間をかけて焼きあげるんです。生地にも時間をかけていまして、溶かしバターと香り付けのラム酒を加えて、24時間じっくり休ませるんですよ」

「へ~。作るの大変そうだね」


 カミュアはカヌレを口いっぱいに頬張りながらウンウンと頷いている。本当に大変だってわかってるんだろうか…?


「そういえば、課題は終わったんだよな?」

「うん。今回もカイトに助けてもらって、ばっちり愛を育んで来たよ」

「うん? お前が育んだのか?」


 アーリーンはカミュアに質問したことを後悔した。なんだかよくわからん。


「カミュアは、キューピッドを目指すのか?」


 カイトも2個目のカヌレに手をかけながら、カミュアに聞いてみる。


「う~ん。まだよくわからないや。人間って複雑な感情を持ってるってことだけは分かったんだけど…」

「そうか。それがわかっただけでも意味があったな」


 カミュアが珍しく、食べる手を止めて呟く。


「僕はどちらかと言うと、みんなが平和で正しい行為を行えるように導く仕事に就きたいかな。まだわからないけど」

「そうか。それならもっと学ばないとな」

「うん」


 アーリーンは天使族の二人のやり取りを黙って見守っていた。何だかカミュアに置いて行かれた様な…。少し心がチクッとした気がする。


「カヌレも時間をかけてじっくり焼き上げてる。人間の愛するという感情も同じなのかもしれないな」


 カイトがカヌレを見ながらそんな感想を口にする。


「食べると美味しいってこと?」

「…」


 やっぱりカミュアには愛だとか恋だとかは難しい話なのかもしれない。と、ここにいる誰もが思っていた。



 ひとしきりカヌレを食べ終わったところで、カミュアが眠たそうにウトウトし始めたので、この場はお開きになった。食べるのか寝るのかどっちかにして欲しい。まるで子どもだ。


 おやすみなさい。と挨拶をかろうじて出来たカミュアは自力で部屋に戻っていった。ライトはキッチンで片付けをしている。

 なのでダイニングにはカイトとアーリーンが取り残されていた。


「じゃ、俺も部屋にもどります」


 アーリーンがスマホを片手にソファーから立ち上がったところで、カイトが声をかけてきた。


「アーリーン」

「なんっすか?」

「ミッシェルの部屋で何があった?」


「えっ?」

「いや…、結構長い時間拘束されてたんだな。と思ってさ」

「あぁ~。俺…ミッシェル先生のプライベートルームに閉じ込められてたんですよ。瞬間移動を初めて経験して、そのまま眠り込んじゃったみたいで」


「それだけか?」


 カイトが難しい顔でアーリーンを見ている。


「ま~それだけ。部屋には誰もいなかったですし、目が覚めてから帰り方を探してたんですけど。出入口が1つもなくてあせりましたよ」

「そか」

「どうしてですか?」

「いや…。あいつちょっと変わってるだろ?」

「ま、そうですね。でも部屋のセンスはよかったですよ」


 アーリーンはカイトにおやすみなさいの挨拶をして部屋に戻って行った。

 カイトもまたライトに挨拶をして自分のプライベートルームへ消えて行った。


 香菜の魂を天国に導くか、黄泉の国に届けるかは、部下のレポートを待つことになる。相手を想い身を引くことこそが良い行いなのか、幸せな時間を少しでも共有できたことを良い行いとみなすのか…。難しい判断を下すことになるだろう。

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