第10話 残された時間

「ねぇ、香菜さんがこちらに気づいたみたいよ」


 麗羅レイラの言葉で病室に目を向けると、香菜が窓からこちらを見つめていた。手にスマホを握りしめている。どうやら勝利かつとしとスマホでメッセージのやり取りをしていたようだ。


「やっぱり香菜ちゃんはさ~、勝利かつとしくんのことが…」

「それは間違いなさそうね」

「でも~この少年…、自分の気持ちに気づいてるんですかね。私はイマイチそこんところがわかりません」


 死神職のジミーはふわふわ漂いながら、勝利かつとしのまわりを浮遊している。


「ちょっと~ジミー。落ち着きなよ」

「お、マイ クライアントがこちらに来ますよ」


 ジミーの言葉通り、病院の裏口から香菜が寝間着姿にピンクのカーディガンを羽織りこちらに小走りでやってきた。


「かっちゃん…。来てくれてたんだね。ありがとう」

「いや…」


 香菜はとてもうれしそうだ。その香菜をみつめる勝利かつとしの目はとても優しく穏やかだ。カミュアにはとてもお似合いのカップルに見える。


「いいね~! いいよ~」


 それなのに勝利かつとしは、香菜に”俺帰るわ”と言い背を向ける。それを見たカミュアは慌てて勝利かつとしを止めようとする。が…、もちろん止められるわけがない。


「どうして? 少し話せないかな?」

「話すことある?」

「かっちゃん」

「こんなところをおばさんに見られたら、怒られるぞ。それに…外は寒いし、もう部屋に帰れよ。風邪ひくぞ」


 勝利かつとしはそっと香菜の手をほどくと、ずれ落ちたカーディガンをやさしく掛け直し、微笑んだ。


「かっちゃん…」


 香菜の声とともに、カミュアのストーンが反応した。ストーンはふわっと浮かび上がり、赤く光を放つ。あまりにも奇麗な光に、カミュアはそっとストーンに手をかざしてみた。


「ストーンが。反応してる」


『ダメだ。俺じゃダメなんだ。あいつの方が香菜に相応ふさわしいってわかってる…。これ以上期待しちゃダメだ。諦めろ俺』


「何これ? 勝利かつとしくんの声が聞こえる」


 カミュアはストーンを通じて、勝利かつとしの心の叫びをきいた。今離れ離れになってしまったら、二人は心を通わせることもなくなってしまうかもしれない。


 カミュアは振り返り、麗羅レイラに懇願した。彼らの想いを何とかしてあげたいと。麗羅レイラは黙って香菜の顔を覗き込んだ。香菜の本当の想いを確認するかのようにじっと…。


「ジミーさん、お願いがあるの」

「なんでしょう?」

「今香菜さんに、聞いて欲しい。本当の気持ちを。残りの時間をこの少年と過ごしたいのかどうかを。可能かしら?」


 ジミーは考え込んでいる。カスタマー以外の人間のいるところで、姿を現したことはもちろんない。時を少しでも止めることができれば…。


『僕が手をかそう』

「カイト!?」

『僕は君の指導者だからね。ちょっとだけ助けてあげる。この少女の声を聞いてあげるといい』

「ありがとう! カイト!」

『そんなに長い時間は止められないからね。ストーンの光に注意するんだ。いくよ?』


 カイトの掛け声とともに、ふたりの頭上から白い羽が舞い落ちてくる。その羽がひらひらとカミュアの手の平に舞い落ちたとたん、世界は真っ白な空間に支配された。カイトが創った空間が、少女とカミュアたちを包み込む。


「なっ、なに?」

「こんにちは。香菜さん」


 最初に声をかけたのはジミーだった。


「あなたは…」

「覚えていてくれましたか? 死神ジミーです」

「…」


 香菜は寂しい顔で俯いてしまった。


「もう、お迎えに来たのね。私…死んじゃったんだ」

「いえ。まだ残された時間があります。あなたの願いを叶える時間が」


「本当に私は死んじゃうの? まだやりたいことも沢山あったし、行きたい所もたくさんあるのに…?」

「そうですよね…」


 香菜は目に涙をいっぱいためて訴えかける。ジミーもつられてもらい泣きをしている。こりゃ…話が終わらないぞ?と思ったカミュアは、香菜に声をかけてみた。


「ねぇ~香菜ちゃん」

「だ、誰?」

「僕は…カミュア。君の願いを聞きにきたんだ」


 カミュアはそっと香菜の頬に手を添える。涙が止まらない時、母がそうしてくれるようにやさしくそっと香菜の涙をぬぐう。


「カミュアさん…。奇麗な瞳…」

「ありがとう。僕たちは君が今したいこと、しておきたいことを聞きたいんだ。あの少年、勝利かつとしくんのことも」

「かっちゃん…」


 時間がない。カイトの創り出した空間もまもなく消える。そうしたらカミュアも麗羅レイラも香菜には見えなくなる。


「私、私…。かっちゃんと一緒にいたい。残された時間、許されるなら…。かっちゃんも私といたいって思ってくれるなら…」


 香菜は今まで堪えていた感情が爆発したかのようにボロボロと涙を流している。


「君は勝利かつとしくんを残して旅立つことになるんだ。それでも残された時間を彼と過ごしたい?」

「……はい。自分勝手な願いだって分かっています。迷いがないと言えば嘘になる。でも…、でも…。かっちゃんには、私という人間がいたことを忘れないでいて欲しいんです。そして最期にこう伝えたい。”元気でね。幸せになってね”って」


 香菜は泣きながらカミュアに微笑んで見せた。大泣きしたいのを我慢しているその笑顔は、誰よりも素敵だとカミュアは思った。


「わかりました。あなたの願い…。このジミーとカミュアさんにお任せください」


 ジミーのその言葉とともにカイトの生み出した白い空間はカミュアのストーンに吸い込まれていった。


「香菜? どうした? どこか痛いのか?」

「えっ? …だ、大丈夫。ぼーっとしちゃって…ごめんなさい」


 二人のやりとりを聞いていたカミュアに、麗羅レイラがそっとキューピッドの道具を渡す。


「今使う時なんじゃない?」

麗羅レイラ…。ありがとう」


 カミュアは二人にめがけて矢を放った。びゅーんと飛んだ矢は勝利かつとしの胸に命中した。命中した矢はやがてキラキラと輝き無数の輝きとなり空に舞い上がっていった。


「香菜。俺…。ずっと…」

「何も言わなくていいよ。ただこうして側にいてくれれば…。それでいいの」


 香菜は勝利かつとしの肩にそっとおでこを乗せ囁いた。


「…すき」



* * *


「いや~カミュアさん、いい仕事されますね~。これでマイ クライアントの魂もやすらかに旅立たれることでしょう!」


 ジミーは香菜と勝利かつとしの側で嬉しそうにしている。カミュアも褒められて、まんざらでもなさそうだ。


「でも…別れがつらくなるわ。きっと」

「そうですね~。でも香菜さんなら大丈夫でしょう。私がついてますから」

「そうね」


 カミュアは香菜たちのやりとりを幸せそうにながめている。かなり近い位置で両手で頬杖をしてニヤニヤしている。


「カミュアさんたちに会えなくなるのは…正直寂しいですね~」

「また会えるよ」


 カミュアがいつの間にかジミーと麗羅レイラの会話に割り込む。そろそろ戻りましょう、という麗羅レイラの言葉を遮り、カミュアはやり残したことがあるんだ~とニコニコしている。とてもイヤな予感がする。


麗羅レイラ! 媚薬ってもうちょっと残ってるよね?」

「えっ?ち、ちょっとカミュア!」


「これを、 祐也ゆうやのクラスの全員に振りかけるんだ! いい考えだとおもわない~? 誰からも愛されたい 祐也ゆうやならめちゃくちゃ喜ぶぞぉ~。あいつが苦手な人とか、あのめちゃくちゃ怖そうな先生とか。想像したらワクワクするでしょ?」

「ダメ! だめですっ。絶対ダメぇ~~~っ」


 麗羅レイラの必死な抵抗により、媚薬はカミュアの手に渡ることはなかった。本当によかった…。


 そして今回の課題は全て完了し、カミュアたちはジミーに分かれを告げ、帰路についたのだった。


* * *


「ライト」

「はい。なんでしょう? ミッシェル様」


 ここは中立エリアのダイニングルーム。不貞腐れているアーリーンとライトが、今日もソファーでくつろいでいる。


「もうすぐカミュアたちが戻ってくるから、何か作ってあげてよ。とっておきのね♪」

「かしこまりました」


 ライトはキッチンルームへむかった。エプロンをかけて冷蔵庫から材料をとりだし、手際よく準備をすすめる。ライトもなんだか嬉しそうだ。


「アーリーン。そろそろ機嫌直したらどうだ?」

「先生にあんなにも長い時間監禁されて、機嫌も悪くなりますよ。俺のこと絶対忘れてましたよねぇ~?」

「すまん、そう拗ねるな」


 アーリーンはミッシェルの部屋で何があったのかまったく覚えていなかった。目が覚めた時、ふかふかな布団で上半身裸で眠ってたこと以外は…。

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