第9話 一粒の飴ちゃん
翌朝、カミュアと
「人間の女の子って可愛いな〜。みんな同じことで盛り上がってるよ」
カミュアは女子高生たちを眺めながら独り言のように感想を口にする。みんなイキイキしていて、キラキラしているようにカミュアには見えたのだ。なんだかちょっと羨ましい。
「みんなの本心はそこにはないわ。嫌われたく無いから、仲間外れになりたく無いから…合わせてるだけ」
「
「騒音がなくなれば、体調も回復しますよ。ここは本当に私ですら気持ち悪くなりますからね」
「気持ち悪くなるって、みんなキラキラしていて楽しそうじゃん?」
「カミュアさんには信じられないと思いますが、窓際にいるグループのポニーテールの女子は、おかっぱ頭の少女のことを完全に見下していますね。今日も自分の方がイケてると思ってる。それにもう一人の少女は松田
ジミーはメガネに手を添え、女子高生たちの本音を見つめる。カミュアには想像つかないことばかりだ。
確かにカミュアも、ライトの作るスイーツを目の前にすると誰の声も右から左だけど、こんなに器用に話を合わせたりできない。人間ってすごいんだな〜と改めて感心する。
「ジミーも人間の心が読めるんだね〜。もしかして! その変テコな眼鏡のお陰なの? 僕にも貸してよ」
「ちょっ、違いますって〜」
カミュアはジミーの眼鏡を借りようと手を伸ばすと、案の定ジミーは奪われまいとして抵抗する。ちょっとした子どもの喧嘩のように教室の後ろが慌ただしくなった。
ドン! ガシャ〜〜〜〜〜ン。
「あっ」
「あ…」
カミュアがジミーに覆いかぶさり眼鏡に手をかけた時、そばにあった掃除用具入れにジミーの体が当たり、モップや
教室はシーンと静まり返っている。そりゃ〜そうだ。誰もいじっていないロッカーの扉が勝手に開き中身が崩れ落ちてきたのだから、生徒たちがびっくりするのも無理はない。
「こ、これって…」
「カミュアさん、重いです…」
「あ、ごめん」
カミュアたちがそっと体を起こすタイミングで教室の後ろのドアがガラガラっと音を立てて開いた。そこにはカミュアたちが会いたくて待ち望んでいた
「
カミュアの興味はジミーの眼鏡から
何となくアーリーンに雰囲気が似ている。(カミュアの心の感想)いい人なのに悪びれた態度を取り、人を寄せ付けないような雰囲気を作り上げている。初めて会った時のアーリーンはそんな感じだったな〜とカミュアは思っていた。
その
席に着くとポケットに両手を突っ込んだまま、ふんぞり返って窓から空を眺め始めた。病室で香菜がそうしていたように。
「あぁ〜あ、よく教室に来れたもんだよな〜。藤咲さんにあんなことした張本人がさぁ〜! 警察も何やってるんだか」
誰かが声を上げた。悪意が込められた人を不快にする言葉だった。その言葉をきっかけに、クラスの皆が同調したかのように
「立川くんって、子どもの頃から香菜に付きまとってたんだって〜」
「それってストーカーじゃん」
「キモ〜ぉ」
「そんな奴が同じクラスにいるなんてな〜。コワっ」
ヒソヒソ話がわざと
「な、なんだこれ!? 完全に
「そりゃぁ〜皆さん。長いモノに巻かれ、信じ易い方を信じて…。自分を安全な立場に置きたくて無意識に感情は流されていくもんなんですよ。人間は弱い生き物ですから」
「何だよそれ。そんな人間ばかりじぁ…」
ガタンっ。
「キャッ」
再び教室に大きな音が響き渡った。カミュアも何事かと後ろを振り向くと、
周りの生徒は暴力を振るう
カミュアは居ても立っても居られず、
教室では何事も無かったように普通の会話が飛び交っている。まるで
「あいつら…クズだな」
「カミュアさん、そんなに怒ったって仕方ないですよ。落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられないよ。みんな…、あれじゃぁ〜
カミュアが真剣な眼差してジミーを見つめる。死神ジミーにはどうすることもできない。なぜなら
「私たちにできることは、香菜さんの魂を安らかにあの世へ導くこと。そのために二人の想いを確かめて結末を見届けること、そうなんじゃないんですかね」
「…」
「彼らの悪意はいつかしっぺ返しがきますよ。私はそう信じています」
「そうなんだと思うけど。やっぱり僕は許せないよ。自分で確かめもしない、分からない情報を鵜呑みにして…他人の意見に乗っかって…。最低だよ。もし、僕が見習いなんかじゃなくて、力があったら…」
「カミュアさん。そこまでにしておきなはれ。彼らに罰を下すのは人間自身です。そしてその人間に知恵を吹き込むのは三級以上の天使さんと悪魔さんのお仕事です」
ジミーがカミュアの腕を掴み自分に振り向かせる。カミュアは溢れそうな涙を必死で我慢し、悲しみと怒りを抑え込んでいる複雑な顔をしていた。
ジミーは興奮のあまり、人間の頃の訛りが口を
「悔しいのはわかります。私もそうです。でもこれは当事者の人間たちが解決しなければならないことなのです。もし彼らの行いを正したいなら、彼らの行いを罰したいのであれば、もっと学んで出世しなはれ。そうでなければ何を言っても綺麗ごとに過ぎません」
「うっ…。ぐすんっ」
ジミーの言うことはもっともだ。人間の集団という大きな感情の波に、一粒の小さな石を投げ入れたとして…、何かが変わるものでもないことはカミュアだって重々承知している。
マリアとラミアの姉妹を救えなかった時に、痛いほど学んだ。
「僕…」
「わかってくだされば良いのです。さぁ、
ジミーはそう言い、カミュアの頭をポンポンと叩く。ミッシェルがそうしてくれたように、アーリーンがそうしてくれたように。
カミュアは急に学園が恋しくなり、ポロポロ涙が溢れてきた。死神職のジミーの中にある暖かい心に触れたからかもしれない。そして…強くなりたい。とカミュアはそう願った。
「あわぁわゎ…。泣かんといてください。あぁ〜も〜どないしましょう…。そだ」
ジミーはポケットの中から一粒の飴を取り出しカミュアに差し出した。泣き止まない子どもには飴ちゃんを渡せばいい。と先日お迎えに上がった大阪のおばちゃんが言っていたことを思い出したのだ。
「これ…。先日お迎えに行ったおばちゃんがくれたもんなんです。とても美味しくて優しい気持ちが溢れてきますよ」
親指の爪くらいある大きくて丸い飴だった。イチゴとパッケージに書かれている。カミュアのストーンと同じ綺麗な赤色をしていた。
「ありがとう…」
「はいどうぞ」
ジミーから差し出された飴を口に頬張ると、口の中いっぱいに甘い香りが広がった。鼻から抜けるイチゴの香りも絶妙で、舌の上で転がすと飴が歯にぶつかってカチャカチャ音がする。その後、口の中で溶け出した飴は甘い液体となってカミュアの喉を潤す。
「う、うまい!」
「でしょ? 人間の生み出すものは素晴らしいんですよね」
「うん。口の中に摘みたてイチゴをたくさん詰め込んだ気分だよ〜♪」
カミュアは幸せいっぱいの顔をして口の中で飴をゴロゴロと転がしている。何とも可愛らしい仕草。何と可愛らしいお顔。知らず知らずの内に、ジミーの顔もニンマリしていた。
―― その飴はおばちゃんの人生そのもの。知らない子どもたちにも幸せのお裾分けよと言い、飴を配り続けたおばちゃん。何ともお優しいお方でしたな〜。
「ねぇ〜ジミー。そのおばちゃん、どうなったの?」
「天国の扉をくぐっていかれましたな〜。生前は、知らない子どもたちに飴を配るのはどうなんだー! って騒ぐ大人たちもいたんですけどね。おばちゃんの善意で道を踏み外さず、立派に育った子どもたちもいたんですよ」
「そっか。そのおばちゃん、すごい人だったんだね」
そうですね〜。と言い二人は
「
「病院の方に向かったんじゃないかしら?」
途中で合流した
ジミーは歩くことをやめ、ふわふわ浮きながらカミュアたちの前を道案内するように進んでいる。まるで人型の風船みたいだ。
「お? いらっしゃいましたよ」
ジミーが体勢を整えたその先に
―― 僕にも君の声を聞かせて。
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