第8話 死へのカウントダウン

 なんとか建物を脱出したカミュアと麗羅レイラは、死神ジミーと約束をしたベンチを目指していた。


 麗羅レイラはどこまで話すか正直迷っていた。だって…人の心の中が見える麗羅レイラにとって、二人の関係もあの母親のことだって分かってしまう。あの母親の本心は反吐へどがでるくらい汚いことも。

 純粋すぎるカミュアには話しがたいし、カミュア自身で答えに辿りついて欲しいとさえ思っている。


「そうね。私が言えることは…彼らは同級生で、複雑な感情が入り混じっていたということ…わたしもまだ全部はわからないわ。直接目を見て心の中を覗いたわけじゃないから…」

「そうか~。じゃぁ~やっぱりジミーに聞いてみた方が何かわかるかもね」


 カミュアはそう言うと少し歩く速度をあげた。


 麗羅レイラは嘘をついた。カミュアを傷つけたくなかったから。人間の汚い本心に触れたら、カミュアは傷つくのではないか。と考えたのだ。


 いつもならストレートに伝えるか我関せずで無視をするかの二択なのに、今回は相手をいたわるという三つ目の選択肢が登場したのだ。そのことに麗羅レイラ自身も驚きを覚えていた。

 麗羅レイラのストーンが少し暖かく輝いてる。



「お待たせ~♪」


 カミュアは元気よくジミーに声をかけた。ジミーは待ちくたびれたのかベンチに寝っ転がっていた。この姿…人間に見えていたら変質者と間違われそうだ。それほどジミーは怪しげだった。


「あ~カミュアさん、麗羅レイラさん。待ちくたびれましたよ~。遅かったですね」

「ごめ~ん。病室はすぐに脱出できたんだけどさ~、裏口の扉がなかなか開かなくてさ。夜の病院って人の動きはそんなにないんだね」

「ま~…。そうですね」


 扉なんて開けちゃえばいいのに…真面目なんっすね。とジミーの心の声が聞こえる。病院あるあるで扉が自動的に開いたかとて、超常現象としてあつかわれる程度のことだ。本気で調べられたりはしない。


 カミュアはジミーの前の石のオブジェに腰をかけ、麗羅レイラは側の木によりかかりジミーに目線を移した。

 ジミーの心の中は真っ黒で読み取ることは不可能だった。心を閉ざすトレーニングをうけているに違いない。階級を持つ者の心の中を覗くことは、麗羅レイラの心眼でも無理ということだ。


「で~カミュアさんは、あのお二人のことを聞きたいということですよね?」

「うん。まずは藤咲 香菜ちゃんのことを知りたいな~」

「マイ カスタマーのことですね。いいでしょう」


 ジミーは内ポケットからこげ茶色の手帳を取り出しパラパラとめくる。手帳にはぎっしり情報が書き込まれているようだ。


「彼女は高校2年生。母子家庭で育ったのですが成績優秀。あのお顔立ちですからね~。学校でもマドンナと呼ばれて男性からも女性からも大人気。でも…かわいそうに~…。あと1ヵ月でこの世を去る運命でございます」


 ジミーの目に涙が…。嘘くさいがジミーにとってもこんな若い女性の魂を担当するのは初めてということで、心が揺さぶられているのだろう。


「ど、どうして香菜ちゃんは死ななければならないの? 頭の怪我が原因?」

「カミュアさんもよく見ていらっしゃるじゃないですか。いいですよ~。そうなんです…。資料によりますと、彼女は今回の検査結果で脳に腫瘍があることが見つかりましてね~。それが原因で命を断つことになるということのようです」

「そんな…」


「彼女は他にも傷をかかえているようだったけれど、検査するきっかけはなにがあったのかしら?」


 質問をうけたジミーは、なにやら考え込んでいたが麗羅レイラの方に体を向けて静かに語り始める。


麗羅レイラさんは分かってらっしゃると思いますが…」

「僕にもわかるように説明してよね」


 カミュアがおねだり風に言葉をはさんだ。だってカミュアには香菜が外的に傷を負っている様には見えなかったから…。二人が何を話しているのかチンプンカンプンなのだ。


「彼女は先日…強姦ごうかんされまして…。あ、未遂だったんですけどね。あの病室にいた男子生徒がたまたま現場を通りかかって彼女を助けたので、事なきに終わってますが…。その時に頭と体に傷を」

「そんな…」

「えぇ…。まぁ…」


 ジミーは歯切れが悪い。まだ何かある。本当に分かりやすい動揺ぷりだ。そこを麗羅レイラは見逃さなかった。


「まだ何かありますよね?」

「う…っ。麗羅レイラさんには隠し事ができませんな~」


 ジミーの挙動不審さは鈍感なカミュアにもわかる。


「で?」

「あ~これは…その…。ここだけの話にして欲しいんですが~、マイ カスタマーの幼馴染の同級生、立川 勝利かつとしさんが疑われてましてね~。かわいそうに完全に濡れ衣ですわ」

「濡れ衣ってどうゆう意味?」


 ジミーはまた不思議な眼鏡を指で支えなおし、カミュアの方に体をむける。


「濡れ衣とは、無実の罪・根も葉もない噂という意味ですが」

「そ、そんなことは知ってるよ~~~! そうじゃなくて~、真実を教えてほしいんだけどな~」


 カミュアは不貞腐れてぷんぷんしている。


「カミュアさんは怒ってもかわいいですね~。さすが天使族ってとこですかね?」

「えっ? 分かるの?」

「わかりますとも。オーラっていうのか、内面っていうのか、授業で確認方法おそわりましたでしょ?」

「う、うん…(あれか…?)」


「で?」


 麗羅レイラが話の続きを促す。麗羅レイラも少しイラっとしたようだ。眉間に皺がよっている。


「実は、これもここだけの話ですが…。本当のところは…」

「本当のところは?」


 カミュアがジミーにめちゃくちゃ近づいてくる。やりずらいな~とジミーが思っていても可笑おかしくない距離だ。


「本当は、あの少年…。病室にお見舞いに来ていたイケメンさん、松田 祐也ゆうやさんが仕組んだことなんです」

「えぇ~~~~」

「そんなに驚くことでもないわね」


「よくあるじゃないですか…。振り向かせたい彼女をワザと危険にさらして助けにはいるパターン。ヒーロー大作戦です」

「ヒーロー。僕も憧れたことがあったな~(遠い目)」

「ですよね~。普通の人は思っていても行動に移さないと思うんですけどね~。 祐也ゆうやさんはお金持ちだし、後ろにはこの大病院が控えているので、自由が利くのでしょう。うらやましい限りです」


「香菜ちゃんを助けたのであれば、結果オーライな気がするけど…。さっきの香菜ちゃんの態度を見ると、助けてくれてありがとう。というよりは…何か疑いを持ってたりするのかな~」


 今度はジミーが驚く番だった。カミュアから人間の心について発言があるとは思ってもいなかったからだ。それは麗羅レイラも同じ気持ちの様で、目を丸くしてカミュアを見つめていた。


「さすが! カミュアさん。そうなんですよ。マイ カスタマーは実行犯の香りを覚えていました。それが幼馴染の立川 勝利かつとしさんで…、警察もその線でうごいているようなんですね。でも~マイ カスターマーは彼がそんなことをするはずがないと信じてるんですね~。乙女心ってやつですな」

「どうして、立川 勝利かつとしくんじゃないって思ってるんだろう。けっこう香りって個人を特定するのに有効でしょ?」


「松田 祐也ゆうやさんは、マイ カスタマーが唯一自分の思い通りにならない女性でして、彼女が密かに心を寄せている、立川 勝利かつとしさんをはめたんですね。あ~人間って怖い生き物ですよね」

「それ~本当なの?」

「はい。麗羅レイラさんも見えてましたよね?」

麗羅レイラにも見えていたの? 知らなかったのは僕だけ…?」


 寂しい顔をしているカミュアに何と伝えていいか分からず、麗羅レイラはかわりにストーンを握りしめる。カミュアに嫌われたくない、という不思議な感情が心を支配する。


「カミュア…。私も確信がなかったの。でも松田 祐也ゆうやには、心の闇を感じたわ。彼は香菜さんを本気で愛しているわけじゃない。それは感じたの」


「そっか。香菜ちゃんは 勝利かつとしくんに好意を抱いているんだよね?」

「そうみたいですね」

勝利かつとしくんはどうなんだろう? あの窓の下にいた少年が 勝利かつとしくんじゃないのかな?」


「確認してみないと分からないわね」

「明日もくるかな~?」

「きっとくるわ」


 カミュアの目に輝きが戻ってきた。


「あの二人、最後の課題にぴったりだ!」


「カミュア。あなたの考えに水を差すようで悪いけど…香菜さんの寿命はカウントダウンを迎えているし、 祐也ゆうやのことも解決しないと…ただ愛情を開放するだけでは無責任なんじゃないかしら? 他のターゲットを探した方が…私は良いとおもうけど。」

麗羅レイラ…。僕香菜ちゃんの心を大切にしてあげたい。好きな人がいるなら伝えるべきだよ」


「カミュア…。でも香菜さんの想いが伝わらなかったら? うまく想いが伝わったとしても、残された時間は短すぎるわ。残された方の気持ちも考えた方がいいと思うの」


 麗羅レイラはいつになく真剣にカミュアに訴えかける。カミュアも麗羅レイラも香菜の幸せを願う気持ちに偽りはない。でも何が幸せなのか!? についての考え方が根本的に違うのだ。


「まぁまぁ、お二人とも…。そぉ熱くならずに…。どちらが正しいとか私にはわかりませんが~、こうゆうのはどうでしょう?」


 ジミーが立ち上がり杖を取り出した。その杖はマジシャンが持つようなスティック状の長い杖だった。死神職に赴任した時に支給される物らしいが、なんとも胡散臭うさんくさい代物だ。


「カミュアさん? 今~、私の力を疑いましたね。ま…。いいでしょう。ご説明しましょう。死神職の力を」

「もったいぶらずに教えてぇ~」


 カミュアはワクワクしている。どうしても香菜と 勝利かつとしを結びつけたいようだ。


「マイ カスタマーは死ぬまでの時間の中で、3つ願いを叶えてもらえる権利を持っているんです。初めて彼女に会った時に自己紹介とともに、この権利についてもご説明したのですがね~なかなかご理解に至っていただけず今日まで来ております。まぁ~みなさま、ご自分の死について理解される方も少ないですから。致し方ないことです…。ましてやまだお若い身なのでね~」

「と…言うことは?」


 カミュアが顎に指をそえて首をかしげている。なんとも可愛らしい表情なのだが、こういった場合…ほとんど話についていけてないのだ。


「彼女にどうしたいのかを聞いて、夢を叶えてさしあげればよいのです」


 カミュアの顔が希望で輝く。


「そうだね。香菜ちゃんに…って…、僕たち人間からは姿も見れないし声も届かないんだった…。カイトの魔法がかかってる…(涙)」

「大丈夫です。死の宣告をされたマイ カスタマーであれば~私と話しをするタイミングでカミュアさんたちの姿も見えるハズですよ」


 カミュアの顔がさらに希望で満ち溢れてくる。そのカミュアとは違って麗羅レイラがため息をついた。カミュアの想いに押し切られた形で、この無謀なプランに渋々承諾したようなものだ。


「まずは、 勝利かつとしくんという子に会ってみましょう。話はそれから」

「ありかとう!麗羅レイラ♥」


 麗羅レイラは何と反応していいかわからなかった。こうゆう時はどんな顔をするべきなのかしら…と。


「明日、香菜ちゃんのいる学校に行ってみよう!  勝利かつとしくんもいるかもしれないし。ね♪」


 カミュアはのりのりだ。こうなったら最後まで付き合うしかない。3人目のターゲットはカミュアに任せると言ってしまったことを、麗羅レイラは少し後悔していた。


  勝利かつとしを探し香菜の本音を聞き出す! 学園に戻れるのはいつになるのか…麗羅レイラのため息はさらに深くなるのであった。

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