第7話 少女と死神

 カミュアと麗羅レイラは夕暮れの中を人混みに紛れ、白い建物を目指していた。麗羅レイラがあまりにも素っ気なく、先程のような笑顔を見せてくれないので、カミュアはどうしていいのか不安になる。


「大丈夫よ。ついてってるから」

「う、うん」


 そうは言っても、心配なものは心配なのだ。


―― 人込みを歩く時ぐらい、僕と手を繋いでくれてもいいのにさぁ~。こうゆうとこ、意地悪だよ…。


「手、繋ぎませんよ」

「えっ?(ドキッ)」


 麗羅レイラの心眼の力を甘く見てはいけない。カミュアの考えることなんて丸分かりだ。


「スイーツも、食べ物も持ってませんから」

「えぇぇ(涙)」


 ちーーーんっ。そんな音が聞こえた気がする。


 麗羅レイラから会話をしてくれることは嬉しいけど心を読むのは止めて欲しい、とカミュアは思った。もちろんこの願いも麗羅レイラにはお見通しだ。


 そんなしょぉ~もないやり取りをしていると、意外と時間は過ぎて二人は目的地に着いていた。


 病院の入り口は人影が少なく、警備員の人がお見舞いに来た人から入館証を預かる姿が、確認できる。

 入り口前は車が行き来できる広さがあり、バス停もある。近くには木々が青々と繁っていて、環境は良さそうだ。


 少し歩いていくと建物の裏口にたどり着いた。こちらは救急時の受け入れを行う場所で、今は静まり返っている。


「人…いないね」

「そうね」


 あぁ~しくったかな~と思い始めていた時、暗闇から病室の灯りを見上げている人物に出くわした。


 その人物は制服を着ているので学生なんだろう、と想像がつく。ブレザーを片手に抱えてポケットに手を突っ込んで立っている。シャツのボタンを上から2つ外し、ネクタイもかなり緩めていてヨレヨレだ。どちらかと言うと喧嘩っぱやい不良少年と言う感じがする。


「何を見てるんだろ?」

「あそこ…女の子が窓際からこっちを見ていますね」

「~♪」


 カミュアはピーンと来た! あの少年、きっと少女に恋してる。課題のターゲットに相応ふさわしいんじゃない?

 カミュアは麗羅レイラの回答が欲しくて麗羅レイラの顔を伺ってみる。

 そんなカミュアの気持ちとは裏腹に、麗羅レイラは無表情で少年と同じ様に病室を眺めていた。


「彼女のところに行ってみましょう」

「え? あの少年に媚薬を振りかければ課題完了じゃないの~? だってお見舞いにもいけないくらい自分の気持ちを抑え込んでるように僕には見えるんだけど」

 

「いいから上に行ってみましょう」


 麗羅レイラはそう言うと、スタスタと病室に向かって歩いて行く。あ、ちょっと待って~~~、とカミュアも後を追うしかない。

 そうしている間にさっきの少年は姿を消していた。


「ねぇ、麗羅レイラ。待ってってば~。あの子いなくなっちゃったよ!? あの子じゃダメだったの? ねぇ~」


 二人は少女がいるであろう部屋の前に到着すると、花束を持った少年が扉の前に立っていた。先ほどみかけた少年と同じ制服を着ている。


 少年が挨拶とともに病室に入るところで、カミュアと麗羅レイラもドアの隙間から部屋に入り込むことに成功した。


「さっきの少女の部屋だね。えっと~、名前は フジサキ カナ ちゃんだって」

「しっ。私たち姿は見えなくても声も聞こえないとは限らないわ。」


 麗羅レイラは壁に寄りかかり、少女と少年を少し遠くから見守ることにした。


 病室にいる少女の頭には包帯がまかれており編みガーゼの様な帽子を被せられていて痛々しい。


 そして少女はベッドの上から暗くなった空をながめていた。その横で少女の母親が訪問者を歓迎するように声をかけた。


「松田くん、こんばんわ。いつもありがとう。香菜、ほら松田くんがお見舞いにきてくれたわよ」


「こんばんわ。おじゃまします! 藤咲さん、体調はどう? あ、これお見舞いと~、今日の授業のノート」


 少年は鞄からノートを出しベッドに付属されている移動式テーブルの上に置く。


「いつも本当にありがとう。こんな遅くにごめんなさいね」

「お母さん…お花」

「あ、そうね。松田くん素敵なお花ありがとう」


 香菜の母親は松田くんと呼んだ少年に好意を抱いているようだった。だが当の香菜は心がないのか? 抑揚のない声で母親を遠ざけるような言い方をする。


 母親はちょっと行ってくるわね。と言い、花を手に部屋の外へ出て行った。


「藤咲さん、クラスのみんなからメッセージを預かってきたんだ。ファイルサイズが大きいから、君のスマホに転送させてよ」


 お見舞いに来たこの少年は松田 祐也ゆうやと言い、香菜と同級生だ。爽やかな感じの好青年でイケメン。学校の成績も常に上位をキープしている。スポーツも万能で、自分がかっこいいと知っているような自信に満ち溢れた少年だった。

 しかも、 祐也ゆうやはこの病院の医院長の孫で、誰もが羨むほどの充実した日々を過ごしていた。


 一方香菜も誰もが羨む美貌の持ち主で、白い肌と奇麗な瞳、長いまつ毛が印象的な美少女だ。天は二物を与えずという言葉は当てはまらない。彼女もまた成績優秀な少女で、この二人が並んで歩いていたら美男美女のカップルとしてみんなの注目を浴びることは間違いない。


「ねぇ。 祐也ゆうやくん、もうここに来ないで」

「えっ? どうしたの? 急に」


「……ごめん」


 香菜は俯きスマホを握りしめている。この二人恋人同士ではないのだろうか。


 その後 祐也ゆうやが何を話しかけても、香菜はだまって外を見続けている。 祐也ゆうやの声は彼女には届いていないようだった。それを察した 祐也ゆうやはまた来るよ。と言い部屋を出て行った。


「どうなってるんだ? この二人…」


 カミュアは訳がわからず、思わず声がでてしまっていた。別れ話をするのか? あの窓の下の少年はどうゆう関係なんだろう? う~ん…。わからない。


「いやぁ~乙女心はわかりませんね~」

「えっ?」

「だから~、乙女心って~」

「いや…、そうじゃなくて。君は誰?」


 カミュアの隣に知らない男性が、腕組みをしながら物知った顔でくつろいでいた。

 どうやらカミュアたちの声は人間には聞こえないらしい。姿と同じように人間には気づかれないような魔法がかかっているようだ。


「あ、なぁ~んだ同業者さんですか。私が見えるのですね」


 その男はふわりと浮き上がり、少し高い位置からカミュアたちを見下ろし髪型を気にしている。


「申し遅れました。私はジミー、第18階級死神でございます」

「僕はカミュア。あそこにいるのが僕の友達の麗羅レイラ


「死神? って魂を刈り取る仕事だよね?」

「よくご存じで」


 カミュアは珍しいものを見る様にジミーの頭からつま先まで観察する。死神ってもっとドロドロしていて、大きな鎌を持ち歩いていると思っていたから、ジミーの爽やかな雰囲気がとても不思議だった。


 ジミーは上下黒のスーツに襟なしのシャツをかっこよく着こなし、不思議な形をした眼鏡をかけていた。とてもまじめな市役所の人のような印象を与える。


「ジミーさんは、なんでここに?」

「ジミーでいいですよ。もちろん仕事にきまっているじゃないですか」


「と、言うことは……。彼女はもうすぐ死ぬ運命にあるということ?」


 麗羅レイラが久々に口を開いた。その表情からは何の感情も読み取れない。


「そうですよ。彼女はあと1ヵ月後に死ぬ運命にあると依頼書にありますね。そのために心の準備をしてもらおうと、こうして私が」


 死神職は、人間の運命づけられた死のタイミングで魂回収の依頼書が届くようで、その依頼書に記載されている人物に死への心の準備をさせる手伝いをしているらしい。


「ねぇ~ジミー?」

「はい。なんでしょう?」

「魂って、天使か悪魔が引き取りにくるんじゃないの?」


 カミュアの質問にジミーは目を丸くしている。そんなことも知らない同業者がいるなんてジミーには不思議で仕方がないようだ。


「ごめんなさいね。私たちまだ学生なの。だからよく理解ができてなくて…」


 空気を読んだ麗羅レイラが、つかさず二人の会話に割り込んできた。カミュアの疑問はごもっともで、まだ授業でならったわけでもない。しかも死神は悪魔コースを選択した生徒が選べる職だから、天使コースのカミュアには縁遠いのだ。


「あぁ~お二人は課外授業かなにかですか。それでしたらまだ教わっていないのですね」


 ジミーは納得顔で眼鏡を指で押し上げる。眼鏡のせいでジミーの瞳の色はわからないけれど彫の深い顔立ちをしていた。


「では、簡単に説明いたしましょう。この世の中は善と悪のポイント制でなりたっています。死後人間はそのポイントに応じて天国か地獄にいくことになるのですが…。ここまではわかりますね」


 カミュアは大きく頷く。前回の宿題で人間界に降り立った時、カイトがマリアの魂をエスコートしたことを思い出していた。


「ただ、毎度毎度天使や悪魔のみなさんが魂を回収するのは、物理的に不可能なんです。なんていったって彼らも忙しいですからね。ポイントがダントツ多いい人間に対してだけ、彼らは直々じきじきにお迎えにいくのです」


「それもわからないでもないわね」


 そう答えたのは麗羅レイラだった。


「この世の中いったいどのくらいの人数が生まれおち、そして死んでいくかわかりますか?」

「う~ん。たくさんってことだよね?」

「そうです。その人たちの魂を天使と悪魔のみなさんで争奪していくのですが、手のまわらない魂は、私たち死神がまずは回収代行をさせていただくのです。善でも悪でもどちらでもあり、どちらでもない魂を…です」


 ジミーは天井付近で一回転する。注目を集めるためにプレゼンテーターが行うようなパフォーマンスだ。


「その魂は、第一級のお偉い方によって進む道が決められる。というシステムなんですよ。そして、どちらにも進めない魂は黄泉の国へ。天国でも地獄でもない領域です」


「藤咲さ~ん。そろそろ消灯のお時間になりますからね。検温お願いしますね」


 ノックの音とともに扉が開き看護師さんが元気よく香菜に話しかける。いつのまにか香菜の母親は帰ったようだった。


「おっと、そろそろこの部屋も暗くなりますので、みなさん外で続きを話ませんか? 気になっていらっしゃるのでしょ? さきほどの少年とマイ カスタマーのこと。」

「う、うん。よくわかったね」

「課題なんでしょ? 私も遠い昔受けましたから、わかりますよ。わたしも守秘義務がありますから、どこまでお話できるかわかりませんが協力させていただきます」


 ジミーは得意になってカミュアと麗羅レイラを交互にみる。


麗羅レイラさんは、私の手伝いは不要みたいですが」

「いえ、ご協力…感謝いたします」


 ジミーは気分がよくなったようで、さぁ~行きましょうと窓をすり抜け外に。


「あ、僕たち壁も通り抜けられないんだ」

「そうでしたか…。いろいろ面倒ですね」


「では、この下のベンチあたりで待ってます。もうすぐ看護師さんがドアをあけますから、その時抜け出してきてください」


 ジミーはそういうとふわりとどこかに消えて行った。取り残されたカミュアと麗羅レイラは、扉が開くのをじーっと待つ。


 暇つぶしというわけではないが、カミュアは香菜に目線を移す。香菜はなにやら日記をつけていた。

 彼女の心の中は麗羅レイラにはお見通しなのかもしれない。今彼女は何を思っているのだろう。


 扉が開いたのを見計らって、カミュアと麗羅レイラは部屋を脱出した。ジミーの待つ場所へ向かうために。


 夜の病院は暗くて静かでちょっぴり怖かった。

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