第5話 お仕置きの代わりは?
ミッシェルが学園に戻ってきたのは、スティングの
「遅かったな」
中立エリアのソファーでくつろいでいたカイトがミッシェルを出迎える。側には子犬の様に丸まって眠るカミュアの姿があった。
「あぁ、ちょっと確認したいことがあってね。ライトはどうした?」
「部屋に戻っているように伝えた。悪かったかな?」
「いや、ありがとう」
ミッシェルはキッチンの大きな冷蔵庫からビール缶を2つ取り出し、ソファーにふかぶかと座った。お前も飲むだろ? と言わんばかりに、カイトにビールを差し出す。
疲れた体に冷たいビールが染み渡る。今日は特に酒が旨い。
「ララは帰ったんだな」
「あぁ、相当な人数の生徒が押しかけてたからな。生徒を部屋に送り返すのもパワーを使う。ある意味カミュアの媚薬の効果は凄いものがあったんだな、って今更ながらに思うよ」
カイトはまた一口ビールをすする。
確かに百戦錬磨のミッシェルやカイトまで、一時的とはいえアーリーンに尋常ならぬ好意を抱いたのは事実である。
「まったく、お前も側で見ていたのに気づかなかったのか? 我が娘ながら…、ここまで大ごとなことをやらかすとは…」
ミッシェルは隣で寝込んでいる娘のカミュアの髪をそっとなでながら、そう呟いた。
「すまない…。僕の責任だ」
「いや、終わったことだ。俺にも責任はある。それと、アーリーンは少しの間、隔離しておくことにしたよ」
「どうして? もう大丈夫だろ? スティングの作った
「全員という保証はないだろ?」
ミッシェルはもう一度、冷蔵庫からビールを取り出す。カイトは渡されるまま2本目のビールに口をつけた。
「ま、そうだけど。お前、アーリーンに何かしたのか?」
カイトはミッシェルの横顔を凝視する。ミッシェルは時々誰に対しても秘密主義を貫くことがある。そんな時カイトは急に置いて行かれたような気分になり居心地が悪くなる。
「いや、何も。ただ…」
「ただ?」
「あぁ…。我々も人間と同じで、自分の気持ちが相手に伝わらないと悟った時、なにをしでかすか分からないじゃないか。だから完全に媚薬の効果がなくなるまで、隔離した方がアーリーンのためだと思ってな」
「お前がそこまで生徒のことを思ってるとは思わなかったよ」
「あはは、まぁ~な」
二人は黙って、ビールを飲む。ビールが終われば話は終わりということなんだろう。カイトは消化不良の感情を持て余していた。
「ライトを呼ぶか? それとも~僕が部屋まで送り届けようか?」
「いや、カミュアは…。俺のいいつけどおりここでまってたんだな」
「あぁ。パパにお仕置きされるって言って、怯えてたぞ。お前カミュアに何をするつもりだったんだ?」
親子の関係に首をつっこむつもりはないが、カミュアが大人しく、べそをかいていたのが妙に気になったのだ。
「子どものころにな、ちょっと」
これ以上は聞いてくれるなという顔をしている。あまり自分の考えを押し付けるなよ。とカイトは言い残りのビールを飲みほした。
「じゃ、僕も部屋に戻るよ。ライトを呼んでくればいいかな?」
「いや、もう一杯どうだ? 今日は疲れただろ?」
珍しくミッシェルが、立ち上がりかけたカイトの腕を掴み、もう一度座らせる。本当に今日は調子が狂う。
「じゃ、もう一杯だけな。持ってくるから待ってろ」
「あぁ。頼む」
ミッシェルアはカミュアの頭を愛おしそうになでている。中立エリアでなければ触れられない娘。学園内では先生と生徒の関係なので、スキンシップなんて取れるはずもない。
カイトは新しいビールを持って戻ってきた。冷たいビールがこれほど旨いとは。人間が生み出すものは素晴らしい。と改めて思う。
ミッシェルはカミュアの寝顔を見続けている。カミュアの寝顔は本物の天使のように穏やかでかわいい。目を閉じていても母のルーナによく似ていた。
「で…、僕とカミュアの処分は? 何か考えているんだろ?」
カミュアの髪をなでている手が止まった。
「そうだな~。お仕置きっていうよりかは、人間の心と媚薬についてもう少しつっこんで学んでもらおうと思ってる。カリキュラムになかった課外授業だけどな」
「どうした? いきなり」
「ま、俺の思いつきなんだけどね。3人の人間の "愛する”という心を開花させる。それまでは学園に戻ってくるな。っていうのはどうかな?」
「おい! カミュアには無茶な課題だと僕は思うよ。まさか、僕に付き合えと言ってる?」
「まさか、お前も本業があるだろ? そこまでは言わないさ。お前は始末書1枚書いて提出してくれ。それで十分だ」
「そ、それは良いが…。課題はどうするんだ? 人間の純粋な愛を見抜く力なんて、まだカミュアには分からないんじゃ?」
カミュアに純粋な人間の愛を見抜いて媚薬を使わせる。しかも3人なんて言ったら、下手すると一生学園に戻ってこれないかもしれない。そう思ってカイトは力説する。
「カミュア一人では行かせないよ。カイト…、お前が心配していることは、俺にとっても心配だからな」
ミッシェルは飲み干したビールの缶を片手で握りつぶす。飲み残していた少しのビールがその勢いに乗ってミッシェルの手を汚した。
「
「
カイトも安心したように、最後のビールを飲みほした。
そろそろ戻る。といいカイトは立ち上がり、ミッシェルの肩をポンとたたく。
二人が学生のころもお互い別れ際には肩をたたく習慣があった。大人になってから違う道を進んでいることもあり、直接話すこともなかった。なんだか懐かしい気持ちになるのは、酒のせいだけだろうか。
「今日はありがとな」
「いつもありがとう、だろ?」
二人は目を合わせニヤとする。天使族と悪魔族の間に友情は成立するのか? という議論をしたことがあったが、それは愚問だ。この二人の間には友情以上の絆が存在している。
「カイト…」
「なんだ?」
「やっぱりライトを呼んできてくれ。俺はカミュアの部屋には入れん」
「わかった。ちょっと待ってろ」
カイトを見送るミッシェルの目は、少し寂しそうだった。
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