第4話 侵入者を拘束せよ

 ミッシェルに腕を掴まれ一瞬ふわっと体が浮いた気がした。

 

 頭の先からバラバラに溶けるようなそんな気持ち悪い感覚が全身を巡ったと思ったら、あっという間に別の場所に移動していた。


「ゲホっ。ゲホっ…」

「大丈夫か?」


 白い煙の中、埃のような煙を吸い込んだアーリーンは、まだ喉や肺がスッキリせずむせ返っている。これが階級を持っている大人達の瞬間移動ってやつだ。


「ここは…?」


 アーリーンが部屋の中を見渡すと、そこはいかにも! という怪しい空間が広がっていた。


 天井はアーチ型で高さがあり、さらに上に続く階段がある。階段の手すりは黒とゴールドを基調とした鉄製で、アーリーンの頭上には、大きなシャンデリアが2階部分の吹き抜けの天井から垂れ下がっている。部屋を支える柱はどれも大理石でできており、蝋燭ろうそくを灯す豪華なランタンが垂れ下がっていた。


 どこを見ても、どこか古城の一室の様な品格がある部屋だった。


「ここは、俺のプライベートルームだよ」


 アーリーンの向かい側の椅子に横柄おうへいな態度で座りながらアーリーンを見つめていたのは、ミッシェルだった。


 嫌な予感しかしない。とアーリーンは思った。だけど逃げ出せるようなドアは1つもない。


「先生の部屋を見せるために、ここに連れて来たたわけじゃないですよね? しかもこれ…何っすか?」


 アーリーンは今、椅子に座って両手両足が固定されている。革製の拘束バンドがキツく締め付けてくる。


「俺のプライベート ルームだからね。侵入者は拘束しないと。お約束でしょ♪」

「俺は連れてこられただけで、侵入したわけじゃないですよね!?」

「この部屋の仕様だ。 気にするな」


「この状態で気にするな…は無理です」


 アーリーンの必死の訴えはミッシェルには届いていないようだ。だからアーリーンはいまだに解放されていない。


「いい加減、どうにかしてください!」


 ミッシェルはおもむろに立ち上がり、渋々パチンと指を鳴らす。その音とともにアーリーンを拘束していた拘束ベルトが外れた。

 

 いつものミッシェルとは違い、真面目な顔をしてアーリーンを見つめている。全身舐めるような眼差し。気持ち悪いし怖い。一級悪魔の迫力というものを見せつけられた気がした。


「あ、ありがとうございます」


 アーリーンは拘束が外れた手首をブンブン回しながら、一応お礼の気持ちを伝えておく。すると、ミッシェルが真面目な顔でアーリーンに囁いた。


「脱いでくれ」


「えっ? な、何っすか? いきなり…。俺、そんな趣味ないっす」


 ミッシェルであれば、指を鳴らすだけでアーリーンの服をぐこともできるはず。なのに悪趣味だ。絶対何か企んでいるに違いない。どう見たって怪しい顔をしている。親子揃って危険な香りしかしない。


「いいから。俺に脱がされたくはないだろ?」

「絶対イヤです(キッパリ)」

「なら〜、早く脱いでよ」


 ミッシェルの目は本気マジだ。誰もいない部屋で、脱げと言われ…わ〜い❤️脱ぎま〜す。っていうことは絶対に無い! 


「そもそも、自分で脱ぐ または 脱がされる の二択っておかしく無いですか?」

「しつこい。はよ脱げ」

「こ、こうゆうことはムードってものが…。俺にも心の準備ってものが…あるし…」


 アーリーンは顔を真っ赤にしてミッシェルに訴えかける。ミッシェルのことは嫌いではない。でもそんな対象として見たことはもちろん…無い。俺は女性のフォルムが好きだ! と心の中で叫ぶ。

 ま〜、一度くらいなら経験しておいてもいいのかもしれない。相手がミッシェルなら我慢できるかもしれない。そんなことをアーリーンは真剣に考えていた。


「お前はバカか?」

「えっ?」

「ララにせまられて、その気になってるんじゃ無いだろうな〜…。情けない」


 えっ? 違うの? 悪魔の力を維持するために、若き悪魔の生き血を吸うとか…。そんな残酷なことをしようとしてるんじゃないの? とアーリーンの妄想はよからぬ方向へ進む。


 アーリーンは、ぽか〜んと口を開けてミッシェルを見つめるしかなかった。思考が停止した状態というのはこうゆうことを言うのだろう。


「ほら、脱いだ脱いだ。俺に抱かれようなんて、100年早い」


 ミッシェルに鼻をつままれたアーリーンは、渋々服を脱ぐことに同意する。着ていたパーカーに腕をかけ、腹の途中までたくし上げたところで、これはミッシェルの冗談じゃ無いのか? と思い確認する。


 だがミッシェルは本気だったらしく、顎で催促された。

 

 アーリーンは覚悟を決めて、一気に脱いだ。


 パサっ、っとアーリーンの来ていた服が床に落ちる。そこそこ鍛えているアーリーンの身体がミッシェルの前にあらわになった。自慢じゃないがなかなかいいボディをしている、と思う。


「後ろ向いて、両手は頭の上に」

「はいはい…」

「はい、は一回な」


 有無を言わせないミッシェルの声に従うしかないアーリーンは、これまた渋々ミッシェルに背を向ける。


「変なことしないでくださいね。先生」

「するかっ」


 ミッシェルはアーリーンの背中を見つめる。そこには先日確認した悪魔の印がくっきりと写し出されている。刻印は深く輝きを放っている様にも見えた。


 ミッシェルは人差し指と中指の2本の指でそっと刻印をなぞるように、アーリーンの肌を上から下へなぞる。ミッシェルが触れた刻印が熱をおび、アーリーンは身体に電気が走るような感覚に襲われた。


「せ、先生。やばいっす。気持ち悪いっす。まさか、まだカミュアの媚薬におかされてるってことは…無いですよね…?」

「…」


 アーリーンの不安げな声が聞こえる。これでは集中ができない。

 せっかくのチャンスを逃したくないミッシェルはアーリーンの肩を掴み、顔を正面に向かせると、何やら呪文を唱えながらアーリーンの額に2本の指を軽く押しつけた。するとアーリーンの身体は力を失い大きな人形の様にぐったりとなり、動かなくなった。


「許せよ。アーリーン…」


 ミッシェルはアーリーンの刻印がよく見える様にアーリーンをベッドの上に横たわらせた。そして刻印に手のひらをあて呪文を唱える。


 ミッシェルの呪文と共に刻印は光を放ち、やがて光の集合体が天井近くの高さで丸い塊に変化した。そしてゆっくりとミッシェルの顔の前まで落ちてきて、ふわふわと漂い続けている。


「よし」


 ミッシェルはその塊を空いている方の手で掴んだ。球状のその塊は熱をおび、ミッシェルの手の中でジュージュ音を立てている。


「第一級の悪魔族ミッシェルが、汝をここに封印する」


 ミッシェルの声とともに手のひらの塊は消滅した。アーリーンの刻印を消すことはできなかったが、刻印自体は薄くなりアーリーンの肌に馴染むような状態になっていた。


「悪いが…。学園内の媚薬効果が完全になくなるまで、お前はここにいるんだ」


 そう呟くと、ミッシェルはアーリーンを残し学園に戻っていった。


 この部屋は、ミッシェルの部屋。人間界にも学園にも戻る扉があるわけでもなく、アーリーンが学園に戻れるのは、もう少し先の話になる。

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