第3話 カミュアの作った魔法の媚薬

 カミュアの作った媚薬が教室内にばらまかれてから、不思議なことがだんだんと起きていた。


 頭の上でなまめかしい声が聞こえてくる。

 

 ここは教室で、今授業中で…そしてララがアーリーンの膝の上に乗っているという異常なシチュエーション。しかもララの大きな柔らかい胸は暖かくてとろけそうで、アーリーンの口も鼻もララの胸に半分以上埋まっている。


 こんな状態、我慢しろという方が酷だ。


 ララはアーリーンの腕を掴み、自分の腰に手を回すように仕向ける。そしてもう片方の手を掴み、今度は自分の胸が触れる位置まで引き寄せた。触っていいのよ。とララが囁く。


 ごめんなさい…。も、もう我慢できない。


 カミュアも見ている。きっとこの状態を見ているハズ。でも…頭の中は真っ白でそれ以上何も考えられない。ここは素直にララの好意に甘える方がいい。アーリーンはそう決めた。


「い、いただきます…」


 いただきます? なんか変な言葉がアーリーンの口から発せられたその瞬間、冷たい水飛沫みずしぶきがアーリーンとララの顔に吹きかけられた。


 プシューっ。プシューっ。


「つ、冷たいっ」

「な、何なの!?」


 続いて言い争っているミッシェルとカイトの顔にも冷たい液体が吹きかけられた。


「うへっ」

「うわっ」


 一瞬の出来事に、みんな我に返ったように教室の中がシーンと静まり返る。何が起きたのかお互い顔を見合わせてみたものの、何が起きたのかはっきりと理解できない。

 

 ガタンっ。ドスンっ。


 派手な音が聞こえたかと思うと、ララが床に尻餅をついていた。


「いっ、痛ぁ〜〜〜い。何すんのよ。バカ!」

「あ、す、すいません」


 アーリーンがララとの距離感に驚いて椅子から立ち上がった拍子に、ララが床に倒れ込んだということらしい。


 その間も教室全体を除菌するかのごとく、スティングが何やら冷たい液体を空気中に吹き付けている。


「やれやれ…。みなさん、落ち着かれましたかな。カミュア君の作った媚薬の効果はいかがでしたか?」

「え? 僕の?」

「君は、アーリーン君の物を何か液体に混ぜましたね?」


「う、うん」


「あれほど…レシピに忠実に作成するようにお伝えしましたのに。効果の違いがあれど…、皆さんが彼に好意を寄せてしまいました。突貫とっかんで作った解呪薬かいじゅやくがうまく効いたからいいものの…。一つ間違えば大事故になりかねませんでしたよ」


 スティングは顎髭を触りながらカミュアに淡々と説教をする。さすがのカミュアもしゅんっとしていて可哀想だ。


「僕はただ…」

「聞こえませんよ、カミュア君。反省する時は大きな声ではっきりと!」


 スティングの声のトーンは穏やかではあるが、確実にいかっている。どう見たって誰が見たっておこっているのが伝わってくる。

 

 指導者のカイトにも怒りの矛先が向きそうになったその瞬間、教室のドアが開き慌てた白衣の天使が教室に駆け込んできた。


「す、すみません! 授業中に」

「どうした?」


「ミッシェル先生、大変なことが起きています。中立エリアに生徒たちが押しかけて、アーリーンさんに会いたいと」

「何ですと!?」

「お、俺に?」


 スティングが驚きのあまり裏返った声で叫んだ。


「ゲートがあるので、ここまでは押しかけられませんが…、エレベーターのあたりはすごい人数になっています。ど、どういたしましょう?」


 白衣の天使は今にも泣きそうな顔で訴えかけている。ダイニングではライトが生徒たちをなだめながら、整理券を配っている…らしい。


「なんと、換気口を伝って媚薬が流れ込んだのかもしれんな」

 

 スティングは換気口を眺めそう呟く。そしてすぐに黒板を使って、よく理解できない数式を書き出す。本格的な解呪薬かいじゅやくを作ろうとしているようだ。


 事態を重くみたミッシェルは、先ほどスティングがふりかけていた解呪薬かいじゅやくをカイトとララに渡し、いますぐ生徒たちに振りまくように。と告げる。


「スティング先生は、解呪薬かいじゅやくを大量に用意してください。出来上がったものから、カイトとララに送ってください。そしてカイトとララは、生徒に解呪薬かいじゅやくを浴びせるんだ。その後、正気に戻った生徒たちを部屋に移動させてくれ。お願いできるか?」

「私たち、生徒の部屋なんで知らないわよ」


「天使族は天使族の部屋のどこでもいい。悪魔族の部屋でなければな。お前たちなら見分けがつくだろ?」


 カイトもララも頷く。


麗羅レイラ君は、私を手伝ってくれるか? 計量をお願いしたい」

「はい。承知いたしました」


 瞬く間に担当が決まり、カイトとララは教室を出ていく。ポカンとして成り行きを見守るしかないカミュアは、僕も手伝う。と申し出たが、キッパリとスティングに断られた。当たり前っちゃ〜当たり前な話だ。


「お前は大人しくしてるんだ。いいね。ほとぼりが覚めたら、ライトのところで待ってろ。お仕置きはその後だ」


 そう言いミッシェルはアーリーンの腕を掴み、パチンと指を鳴らした。


 ドロン。という表現が正しいかわからないが、少量の煙と共にミッシェルとアーリーンの姿が教室から消えた。


「ア、アーリーン? パパ…?」


 忙しくしているスティングと麗羅レイラを横目に、カミュアは机の上に体を投げ出し今日を振り返ってみる。そして、なんでうまくいかなかったのかな〜? と思いながら目を閉じた。


 ミッシェルからのお仕置きなんて、子どもの頃以来だ。昔1度だけめちゃくちゃミッシェルに怒られてお仕置きを受けたことがある。


 ルーナの大事にしていたオブジェを派手に壊した時だったと思う。触らないでね。と言われていたのに、あまりも綺麗で触れてみたくて…つい手にとって眺めてしまった。少し重たくてツルツルしていて…。そして、手が滑ってそのオブジェは床に落ちて粉々になったんだ。


 ママやパパならすぐに直せると思っていたのに、そのオブジェは元に戻ることはなかった。


 その時、ミッシェルから3日間もお仕置きをされた。 ルーナが ”もういいんじゃない?” という声もミッシェルは聞き入れてくれなかった。


 後からライトに聞いた話だと、そのオブジェ…、ルーナとミッシェルが中立エリア以外で一緒に生活できるための特別なキーだったらしい。何だかよくわからないけど、それ以来二人は触れ合うことが物理的にできなくなった。そして心まで離れていったのだ。


―― 僕がいつもパパを困らせてる…。ごめん…なさい。

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