第3章 初級編は惚れ薬!? ~幼き愛のカヌレ~

第1話 プロローグ

「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 青い透き通った液体が弧を描き宙を舞う。


 びっちゃーん。ガッシャーーンっ。


 カミュアは手に持っていたグラスの中身を大々的にぶちまけた。勿論わざとではない。大切に慎重に提出しようとしていた惚れ薬。床のちょっとした段差にけつまづいてコケたのだ。ただそれだけの事。

 机の上にあったビーカーやフラスコも、床で無残な姿をさらしていた。


「冷たっ。カミュア! な、何を?」

「や、ヤバっ。み、みんな大丈夫?」


 教室にいた指導者3名、麗羅レイラ、アーリーン、そして…今日初めましての媚薬づくりを教えてくれた先生全員の頭上にぶちまけてしまったのだ。当事者のカミュアは空のグラスを片手にぼーぜんとしている。


「カミュア?」

「あ…。ごめんなさい。僕…その…。みんな、大丈夫?」


「カミュアさん、これはどんな媚薬を調合したのかな?」


 今日初めて会った媚薬づくりの先生は、顔にかかった液体をペロリと舐めながらカミュアに問いかける。

 初老のおじいちゃん先生で、おだやかな物言いをする先生だった。その先生がカミュアの作った媚薬(惚れ薬)を舐めた。カミュアはごくっと唾を飲み込む。


 一番びっちゃり液体をかぶったのは、カイトとミッシェルだった。なぜって? それは、おじいちゃん先生の側に立って授業の進み具合を見ていたから。ララは入り口の近くにいたので、被害量は少ないはずだ。


「あれ? みんな普通にしてる?」

「当たり前だ! カミュア。授業がはじまる前に注意したろう~? お前が作った媚薬だったから、俺たちに影響はないようだが…。薬品は丁寧に扱わないと、怪我だけじゃ許されないぞ」


 ミッシェルがめずらしく激怒している。カイトは後ろを向いて液体をふき取っているので、どんな表情をしているかわからない。ララは腕組みをして状況の成り行きをみまもっているし、麗羅レイラはいつもと変わらず、自分の作った媚薬を騒動から守って座っている。


「ごめんなさい…。わざとじゃないんだ」

「ま、みんな何ともなかったんだし、いいんじゃない? 効果ゼロの媚薬っていうのもカミュアらしいじゃん」


 椅子に浅く腰かけて踏ん反り返りながら成り行きをみていたアーリーンがカミュアをかばうような発言をする。


「それに、媚薬って何に使うんだ? キューピットは天使の職業だから天使族は使うことがあるかもだけど、俺たち悪魔族には不要じゃねーの?」


 それを聞いたカイトが、ミッシェルやカミュアを押しのけてアーリーンの側に歩み寄る。今までにない距離感にアーリーンは戸惑いを感じた。


「いいかい。アーリーン。媚薬というのは悪魔族にも時として必要なものなんだよ。ラミアがどうしてエリックに心惹こころひかれたと思う?」

「…」

「あれだって、悪魔の囁きだけじゃなくて、媚薬が効いたせいかもしれないよ」


 カイトの爽やかな笑顔が近づいてくる。凛々りりしい眉毛、意外とまつ毛が長い。ちょ、ちょっと待った! 近い近いっ。


 そこに割り込んで来たのがミッシェルだった。ミッシェルの大きな手が、アーリーンとカイトの顔の間に割り込んで来たのだ。


「カイト、そこまでだ。悪魔族の媚薬については我々悪魔族の者が、時間をかけて教え込む。今日は初級編の授業だから、この程度でいいんだ」


 いつも能天気に話すミッシェルが、真面目な顔をしてカイトを制している。何気に気持ち悪い。


「ちょっと待ちなさいよ。アーリーンの指導者は私よ。媚薬の効果やHow toは私が教えてあげる♪」

「ちょ、ちょっと…ここでは…その…」


 ララがアーリーンと肩を組み、大きな胸をアーリーンの顔にぐいぐい押し当ててくる。


「ここじゃなかったらいいの? 正直な坊や♥️」

「い、いや…。そ、そうゆう意味じゃなくて…」


 アーリーンはミッシェルに助けを求める。何といっても、ミッシェルはアーリーンの担当教師なのだから、こうゆう時に手を差し伸べるべきなのだ。


「ララよせ。契約違反だ」

「なによ。本人がOKならいいじゃない? これも経験よ。ね~アーリーン」

「け、経験ってなんですか…?」


 アーリーンの顔は真っ赤になっている。ララの柔らかい胸に顔の半分以上が埋まっている状態で、何を言っても無駄だ。


「これって…、僕の惚れ薬が効いてるってことじゃないのかな? 麗羅レイラどう思う?」

「さぁ。私には関係ないことですから」


 麗羅レイラは相変らず自分の媚薬を見つめている。


麗羅レイラはいつもと変わらないから、やっぱり違うのかな~」


 カミュアは大人たちのやり取りをため息交じりで見つめた。

 なんでこんなことになったかは、時を戻すこと4時間前。授業で媚薬について実技があることを聞いたことから始まる。

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