第7話 ライトの甘いシフォンケーキ

 ゲートをくぐりエレベーターのわきを通る。このままエレベーターに乗せてもらって部屋に帰る方がいいかもしれない。

 でももう少しカミュアに触れていたい。だって気持ちがいいから。


「おーい! ライトぉ~。手伝ってぇ~!」

「カミュア様お呼びでしょうか?」


 ライトがキッチンスペースから駆け寄ってきた。ふわっと甘い香りがする。


「アーリーンが、ビリビリしたんだよ。パパの意地悪でね。僕もビリビリだよ(涙)」

「こ、これはひどいですね。カミュア様の左手首もですが…。アーリーン様は首元も…」


 ライトはアーリーンの首筋のパーカーをそっと引っ張り症状を診てみる。アーリーンの首にはくっきりと首輪の痕がついており、赤くただれている箇所も見受けられた。

 カミュアとライトはアーリーンを抱え、ダイニングのソファーにアーリーンを寝かしつける。カミュアは心配そうにアーリーンを見つめ続けていた。


「ライトぉ~。アーリーンは大丈夫かなぁ」

「大丈夫ですよ。ルーナ様からいただいている軟膏があります」

「ちょっと待てぇ~~っ。それは神の作ったものだろ?」

「そうです」


 ライトは軟膏をカミュアの手首に塗り込みながら、澄ました顔で答える。頭が冴えていてよかった。と言うより、殺気を感じた、と言う方が正解なのかもしれない。


「と、と言うことはだよ? いくら中立エリアだったとしてもだよ? ヤバくないか?」

「どうでしょう?」


 軟膏を片手にライトが答える。


「これすごいぞ! アーリーンもすぐに良くなるよ。僕が塗ってあげよう!」

「や、やめてください。カミュアさん? その目は何か企んでいますよね? 絶対企んでる!」

「アーリーン!おとなしく塗らせろぉ~!!」


 アーリーンは飛び退き、ソファーの隅に追いやられる。つかさずカミュアはアーリーンとの距離を詰め、アーリーンに馬乗りになる。


「ライトぉ~! 止めさせてくれぇ~」


 別のシチュエーションだったら、カミュアとのこの距離感は願ってもない。アーリーンに覆い被さる格好だから、胸の谷間も丸見えだ。チラチラ、どうしても目がそこに行ってしまう。で、でも軟膏片手に迫るのは反則行為だ。


「マジやめてぇ~。お願い。カミュア様ぁ~っ」

「大人しくしろぉ~」


「カミュア様、その辺で止めておきませんか? アーリーン様のおっしゃることも一理ございます。これは神の手で作られたものですから…。私も軽率でした。アーリーン様。申し訳ございません」


「あ"、あぢがどぉ…」


 アーリーンはかわいそうに、半泣きしている。逆にそれを見ているカミュアは楽しそうだ。カミュアはしぶしぶアーリーンから離れたが、アーリーンの足をツンツンして楽しんでいる。


「さぁ、イタズラはその辺にして、何か召し上がりますか?」

「もちろん! 食べたぁ~い♪」


 カミュアはポイっと軟膏を投げ出し、アーリーンをいじることをすっかり忘れてしまったようにライトにしっぽをふっている(見えないけど)。恐るべしライトの力。

 俺ってそんなものなのね。アーリーンはちょっと寂しそうにゆっくりとソファーに身体を埋める。


 気付くと、さっきより痛みが引いていた。アーリーン達は自然治癒力が人間より数段上なのだ。


「今日は何かなぁ~。アーリーン何だと思う? すごくいい匂いがしてるよね」

「さぁな」


 アーリーンはふて腐れ頬杖をついている。こんなに長くすねているアーリーンも珍しい。

 カミュアはアーリーンの腕にスリスリする。まるで猫が甘えるようにスリスリと。

 カミュアの体温が感じられ、カミュアの頬とさらさらの髪の毛が腕に当たって気持ちいい。


「カミュア様。アーリーン様がお困りですよ。少し離れて…」

「い、いや。これはこれで…」

「コホンっ。アーリーン様もいい加減に機嫌を直してくださいませ」


 ライトは少し困り顔で、カミュアとアーリーンの前にお皿を置く。凄くいい匂いだ。


「わ~い! ケーキだ♪」

「はい。今回はシフォンケーキをご用意いたしました」

「シフォンケーキ? いただきまーーーーす♪」


 カミュアはぱくっと一口。


「う、うまぁ~い♪ ふわふわで、口のなかでプッシュって溶けちゃうみたいに、誕生日のケーキとは違うんだね~」


 カミュアは美味しそうにシフォンケーキを頬張る。いつもの幸せそうな顔だ。本当に見ていて飽きない。


「アーリーンも食べてみなよ。うまいよ」

「あぁ。いただきます」


 アーリーンも一口。う、うまい。うまいよ。やっぱりライトは天才だ。今日の拷問のようなトレーニングも忘れられそうだ。


「ふわふわに焼き上げるために、メレンゲをしっかり泡立てるんです。最初に生地に加えるメレンゲは、犠牲のメレンゲと言って、泡が消えてしまっても、しっかり生地と混ぜ合わせるんです。その後は、泡を消さないようにふんわりと混ぜ合わせる。これが大事なんですよ」


 カミュアはもぐもぐしていて、ライトの説明は上の空だ。ま、いつものことだが、こんだけ美味しそうにキレイにたいらげてくれたら、ライトも嬉しいだろう。

 アーリーンもペロリと一皿完食していた。


 ライトは紅茶を用意しながら満足そうに微笑んでいる。


―― あれ? や、やべぇ…。ね、眠い。


 自然治癒力っていう能力は、眠気を誘うんだろうか。いや、昨日寝てないからか‥。アーリーンはうとうとし始めて、眠り込んでしまった。


 アーリーンが眠るその横で、カミュアもコトンと眠りに落ちる。アーリーンの肩を枕代わりにして。


 それを見たライトは、そっと二人に毛布を掛けた。今日くらいは多めにみておきましょう。

 ライトも二人の反対側に座り、本を広げる。アーリーンが起きた時に、カミュアをベッドに連れていけばいい。それまではこのまま。そっとしておくことにした。

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