第8話 ママとパパとライトとマカロン

 来た道をだとりドアを開けると、不思議なことにそこは寮のダイニングだった。あのエレベーターは一体どうゆう仕組みをしているんだろう?行く時も最初からそうしてくれればいいのに、なんて思いながらあっという間に二人は帰還した。


 カミュアはあの後から一言も口を開かない。涙を必死にこらえているのがわかる。今にも泣きそうだ。そんな顔もいじらしくて食べてしまいたいくらいに可愛いい。このままカミュアを抱き締めその柔らかい唇に…。


―― いかんいかん、俺は何を考えてるんだ?


「お帰りなさい〜」


 どこからか超ハイテンションな声が聞こえてきた。テンション低めのカミュアには厳しいんじゃないか? と心配になるくらいのテンションだ。


「ママ!」

「え? ママ…?」


 声の主はふかふかのソファーに座りお茶を飲んでいた。なんとも神々しく女神の職にふさわしい女性。ルーナ様がこの学園のダイニングに腰掛けている。


 カミュアは真っ直ぐルーナの元に駆け寄り抱きついた。抱きつき大泣きしている。なんだかんだいったかとて…、まだまだ子どもだ。


「あらあら、昨日会ったばかりじゃないの。そんなに泣いたら服が汚れるわ」


 そっちかい!? 月の女神ルーナは優しさとクールさと天然さを兼ね備えているようだ。


「ママ〜…。僕…。僕…」

「わかっていますよ。そんなに泣くことじゃないわ。マリアの魂は今私たちと共にあります。それは幸せなことよ」

「でも…。生きていて欲しかったんだ。あの人が皆を幸せにしてた。これからだってずーーーっと、そうなるはずだったんだ」

「そうね」


 ルーナは一通りカミュアの話を聞いた後、カミュアの鼻にティッシュを添える。どうやら鼻をかんで欲しいらしい。


ちぃーーーーーーーーーん。 豪快な音が聞こえた。


「カミュア。覚えておいて。人の心は危ういの。ちょっとしたきっかけで善にも悪にもなれる。人間界は善人だけじゃないし、悪人と思われている人の中にも善は存在する。アーリーンみたいにね」


―― お、俺? 悪魔見習いであって、悪人じゃないんですけどー。


 ルーナは両手でカミュアの頬をそっと撫でる。涙を拭く様に。まさかルーナがカミュアの母だったなんて、驚きだ。天使と悪魔の間に誕生したカミュア。そこまでは知っていた。天使=綺麗な生き物、ただただ単純にそう考えていたアーリーンは、まさか女神と悪魔の間に誕生したのがカミュアだとは思ってもいなかった。


「アーリーンは、悪人じゃない。いい奴だよ」

「そうね。でも悪魔族なんて信じられないわ」


 プイッとルーナは体ごとそっぽをむく。え? 俺なんかしました?? っていう気分にさせられたアーリーンは、二人と向かい側の椅子に腰掛けることにした。カミュアは泣きながら鼻をかみながら…、アーリーンの良さについて話している。おいおい、そこが良いところなのか? とツッコミどころ満載だったが、悪い気はしない。


 ルーナの拗ねた顔はカミュアにそっくりだ。いや逆だ。カミュアがルーナによく似ているのだ。


 ルーナは深みのある茶色の長い髪に、ときどき見え隠れするゴールドの一束の髪がとても印象的だ。娘のカミュアの髪は薄いピンク色で、髪の内側が一部ブルーっぽく見える。二人とも神秘的だ。いつまでも眺めていられる。


「ルーナ。いくら娘が心配だからと言って、そう頻繁にここに来られては困るんだよね~。」


 今度はなんだ!?


「パパ!」

「えっ? パパ?」


 アーリーンの専任担当のミッシェル先生が、ダイニングの入り口にかっこ良く腕を組んで立っていた。な、なんだこの家族。アーリーンは飲みかけていたお茶を吹き出してしまった。


「カミュア、今日は頑張った様だね」


 ミッシェルはカミュアの頭を撫で回す。おかげで綺麗な髪がぐちゃぐちゃだ。でも当事者のカミュアはとても嬉しそうだ。


「カミュアは、あなたと違って天使族に身を置いているのです。気安く触らないでください。悪が身に付きます」

「相変わらずだな〜。離れて暮らしているとはいえ、家族なんだから。もう少し優しくできないのかな〜」

「家族? ふん。笑わせないでください。あなたの嘘はもう沢山です。何が家族ですか」

「君と俺との素晴らしい日々が、カミュアを誕生させたんだ。な、カミュア」


 ルーナとミッシェルが高度な口喧嘩を始めた。二人の間にちんまり座っていたカミュアは、おとなしく紅茶を啜っている。少し元気になったのか、顔色も良くなった気がする。


「そこまでにしておきませんか? カミュア様もアーリーン様もお困り顔ですよ」


 今度はなんだ!? ここは学園じゃなかったのか? と思わずにはいられない展開。3人目の大人が現れたのだ。今度は誰だ?


「ライト!」


 ライトと呼ばれた人物は、これまたクールな貴公子といった雰囲気の男だった。


「お嬢様。お久しぶりでございます」


 カミュアに軽く挨拶を交わす。当のカミュアは…。


「ライト〜。ライト〜。会いたかったよー。スリスリ」

「今日は初の人間界というお話をお聞きして、さぞお疲れかと存じまして。スイーツをご用意させていただきました」

「うわぁ〜〜〜ぉ♪」


 カミュアは上機嫌だ。ライトというこのキザ野郎に会えたことが嬉しいのか、スイーツが嬉しいのかわからないが、尻尾があったらゼッタいにブンブンちぎれるほど回しているに違いない。


 ライトが取り出したのは、色とりどりのマカロンだった。ピンク、黄色、白、茶色、緑…。本当に綺麗だ。


「わぁ〜。綺麗だね! ライトはやっぱりすごいや〜。天才だよ。いただきま〜〜〜〜す!」


 カミュアはマカロンがテーブルに置かれるや否や、一口ぱくっと頬張った。


「うま〜〜い❤️」

「よろしゅうございました。アーリーン様もどうぞ」

「お、おぉ」


 ライトが差し出したマカロンをアーリーンも一口。これはうまい。カミュアは両手にマカロンを持ちもぐもぐしている。そうしたくなるのも分かるほどの旨さだ。

 マカロンも可愛いが、カミュアの幸せいっぱいの顔は誰よりも、か、、かわいいぃ。さっきまでマリアのことで落ち込んでいたカミュアはどこに行ってしまったのだろう。と思うほどいつものカミュアがここにいる。


 ある意味…。この男出来る奴なのかもしれない。


「これは人間界のスイーツで、マカロンと言います。メレンゲとアーモンドパウダーとシュガーパウダーで作った生地を焼き上げ、その間にガナッシュを挟み込んだお菓子です。バタークリームのものもあるようですが、手間隙てまひまかけるガナッシュがやはり私はおすすめです」

「うまい♥️」


 ライトは嬉しそうに食べ続けるカミュアを見つめている。ライトは髪を後ろに結んでいるが、サラサラの綺麗な黒髪をしている。凛とした顔立ちでクールな雰囲気を持つこの男が、スイーツを作る姿は想像しがたい。


 カミュアはいまだに尻尾をフリフリしている。むむ…。アーリーンはむすっとしながらマカロンを頬張るしかなかった。


「カミュアも元気になったことですし、私はこれで失礼しますね」

「私もジェイクからの報告を受けて心配して来てみたが、もう大丈夫そうだな。カミュア。いつでも悪魔クラスに転入できるからな。その時は相談してくれ」


 ルーナの怒る顔をよそに、ミッシェルはそっとカミュアの頬に口づけをしその場からヒュンと消えていった。もちろん教え子のアーリーンにウィンクを忘れない。なんともカッコつけた男だ。


「本当に、いやんなるわ。彼との関係は、私の長い人生の汚点だわ」

「でもさ、パパはママが大好きだと思うよ。ママもそうでしょ?」


 カミュアはまだマカロンに夢中だ。もうすぐあんなに大量にあったマカロンがなくなる。アーリーンはまだ3つしか食べてないのに…。

 ルーナは、”パパはママが好き”という言葉に満更まんざらでもないご様子。


「カミュア。あなたにはまだ大人の事情はわからなくて良いのよ。まずは人間界のことをしっかり学んでね」

「うん」


 ルーナはカミュアのおでこに軽くキスをする。


「神のご加護がありますように」

「ママ…。ありがとう。来てくれて嬉しかった」

「でしょ〜? いつもあなたを見ているわ。あ、監視するってことじゃないからね」

「う、うん」


 すっかりいつものカミュアが戻って来ている。意外と月の女神も軽い話っぷりをするんだよな。とアーリーンは思っていた。ま〜どっちにしても、よかったよかった。


「そうそう、言い忘れてたけど。ライトをこの学園に置いていくことにしたから」

「え?(喜)」

「まぢか!?(驚)」


 アーリーンは驚きのあまりマカロンでむせ返る。


「ライトはこう見えて、元人間界の住人。今は私のお手伝いをしていただいていますが、きっとカミュアの力になってくれるでしょう」


「わぁ〜い❤️ ライト〜〜。ずーっと一緒にいられるんだね」


 ライトはかしこまり頷く。


「なんなりとお申し付けくださいませ」


 カミュアはまた尻尾を振ってる…。ように見える。相当嬉しいらしい。


「それと、アーリーン?」

「は、はい」

「くれぐれも、カミュアに手を出すことのなきよう、お願いいたしますね」


 ドキっ。下心見え見え? そりゃ〜女神様なんでもお見通しですよね?


「そしてあのキザな男、ミッシェルがカミュアに変なことをしないよう、しっかりと見張っていてくださいね。お願いしましたよ」


 神々しい威圧感というのか、凄まじいものを感じたアーリーンは言葉に詰まる。


「も、もちろんです」


「ま、キスくらいなら許して差し上げます。それ以上は決して許しませんよ」


 ものすごい威圧。そして顔が近い。ここが学園のダイニングでなかったら、確実にアーリーンは溶けていたに違いない。どれだけ自分に影響力があるのかを知らない(?)知らないふりをしているルーナは、アーリーンからやっと離れ、改めてこう告げた。


「冗談です。カミュアを、これからもよろしくお願いいたします。でわ。ライト、あとはよろしくね」


「ママ! また会えるよね?」

「もちろん。すぐにでも会えますよ」


 そう言って嵐のようにルーナは光の風をまとい、シュンっと消えていった。なんだったんだ? この時間。アーリーンは猛烈に疲れた。


「ライト〜❤️ むにゃむにゃ」


 向かい側のソファーでは、ライトに膝枕してもらうカミュアが、幸せいっぱいの顔をしてぐっすり眠りこけている。チラッとライトの方を見てみると、何事もないように涼しい顔で本を読み続けていた。なんだ? この光景?


 カミュアにかけた魔法は消え去り、普段着姿のカミュアが目の前にいる。しかも横になっているせいか腕で押し潰された胸の谷間がチラッと…。


 駄目だダメ。今ルーナに釘を刺されたばかりじゃないか。アーリーンは不貞腐れてテレビをつけた。マリアの魂が天国に昇る時の圧倒的なまぶしいばかりの光を思い出し、身震いする。ストーンがなかったらアーリーンは消えていたかもしれない。そんなアーリーンの気持ちを置き去りにし、人間界では今日も誰かが死んでいる。事故か他殺か…。これは悪魔の囁きによるものなのか。そんなニュースが流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る