第6話 先輩天使はお見通し

―― ここはどこ?


 気が付くとカミュアは大通りに立っていた。


「アーリーン? アーリーン!」


 カミュアは周りを見渡し、大声でアーリーンを探す。アーリーンの姿はどこにもなかった。さっきまで教会にいてマリアと話をしていたのに。


「そうだ、ストーンが」


 カミュアはポケットの中を探してみる。あれ? ない。どこに? 落としたのかな…。カミュアは周りをさがしてみるが、全くもって見つからない。


―― やばい…。無くしたら、めちゃくちゃ怒られる…。(汗)


「あーあ、ストーンの仕組みも理解してないんだ」


 車の下を覗き込んでいたカミュアに、話しかけてきた人物が一人。髪を束ね、無駄に爽やかなイケメンが、逆側の車の下から顔を覗かせる。


「わっ」


 カミュアは慌てて車に頭をぶつけ、大きく尻餅をついた。


「痛たたたたっ」

「あ、ごめん。急に話しかけちゃってびっくりしたかな?」

「誰?」


「僕? 僕は君と同じ、天使族だよ」


 カミュアは声をかけてきた天使を眺める。尻餅をついている状態なので下から見上げる形だ。

 声をかけてきた天使は、かなり背が高い感じだった。アーリーンよりちょっと背が高いくらいかもしれない。逆光で顔は見えないけど、銀髪をしっかり後ろで結んだ姿、さっき見た感じかなりイケメンだった。


「ほら起きて。そんなにびっくりすることじゃないだろ?」


 天使はカミュアに手を差し伸べた。繋いだ手がとても暖かい。


「あーそうか~。君はまだ見習いなんだね。しっ。始まるよ」

「え? 何が?」


 先輩天使は、カミュアを車の陰に押しやる。先輩天使のシャツの下から適度に鍛えあげた筋肉がちらっと見える。中世的なのにどこかワイルドな感じ。これもアーリーンがかけた魔法のように、見た目をかえているだけなのかもしれない。なんてカミュアはこの短時間で考えていた。


「いいかい? 黙って見ていること。これから、君が気になっていたマリアの目のことが分かるよ」

「え?」



 若い女の子が三人。楽しそうに向こうから歩いて来ている。あれは、若い頃のマリアとラミアだ。彼女たちのだいぶ先の角から、すごいスピードの車が飛び出してきた。


「危ないっ!」


 車はコントロールを失い、一直線にラミアのいる歩道に突っ込んできた。


 ガシャーン、ドーンっ。

 爆発音のような音が鳴り響き、勢い余った車は宙に舞い一回転して店に突っ込んで停まった。


「マリア! ラミア!」

「ダメだ。手を出すな。これはマリアの記憶なんだ。変えてはいけない」

「でも…」


 カミュアは先輩天使の腕に遮られ、ジタバタしてみるが、全くびくともしない。


「見てみろ」


 先輩天使の声がして前方を見ると、マリアがラミアをかばい頭から血を流している。ラミアは無事のようだ。地面には無数の硝子の破片が飛び散っている。


「ラミアを咄嗟にかばったんだ。僕たち天使がこうしてマリアの側にいる理由が分かるかい?」

「それは…」

「そうだ、自己犠牲。身体を張ってラミアを守った」

「マリア…」


 マリアの記憶の中、カミュアたちの頭上でストーンが輝き始めた。


「ストーンが輝き始めた。マリアの行為が、天国へのチケットポイントとして貯まったな」

「ポイントが貯まるって、こう言うことなの?」

「天国への扉を開けるポイントだな。授業でならっただろ? 覚えておけ」

「うん…」


 次のシーンは、病院だった。先輩天使とカミュアは窓際に腰かけ、マリアたちのやり取りを見守っている。マリアたちにはもちろんカミュアたちの存在を知るよしもない。


「マリア…私のために…。ごめんなさい。目が、目が見えないって…」

 

 ラミアがマリアのベッドの脇で大泣きをしている。


「ラミア、気にしないで。泣かないの」

「でも…」

「あなたが生きていて本当によかった。本当よ。私も生きてるのだから。目が見えなくても大丈夫よ」

「うそっ。ピアノのコンクールだってもうすぐだったのに」

「ラミア…。自分を責めないで。ラミアに泣かれると、私辛いわ」



「うっっ」

「君、泣いてるのか?」

「なんて良い人なんだろう…。ぐすっ」

「見てみろ、マリアは心からラミアが生きていることに感謝してる」


 また頭上でストーンが輝き始める。ポイントが貯まっていく。


 ストーンがくるくると回転し、マリアの記憶のイメージがストーンに吸い込まれ、辺りは真っ白の世界になった。


「ここは?」

「ここは未来」

「未来?」

「うーん、まだ見習い君たちはこの領域に入れないんだけど今日は僕と一緒だからね。特別だよ」


 何が特別かなんて、わからないけど…、とカミュアは緊張する。


―― そうだ、ラミアがマリアの命を狙ってる! 早く戻って何とかしなくちゃ。


 カミュアの気持ちはお見通し。先輩天使はカミュアの顔をじっと見つめ諭すようにこう続けた。


「君名前は?」

「僕? 僕はカミュア」

「カミュアか。まだまだ学ばなくちゃいけないことがイッパイだね」


 ぐいっとさらに顔を近付ける。鼻と鼻が今にもくっつきそうだ。


「ち、近いんだけど」

「君はマリアに死んでほしくない。でもね、このままだとマリアは確実に自殺することになる。そうなると天国には受け入れられないのは、どんなにおバカちゃんでも知ってるよね?」

「な、何を?」


 マリアが自殺するなんて、あり得ない。幸せの絶頂なんだから。とカミュアはむすっとして先輩天使を睨み付ける。


「自殺なんてあり得ないよ。エリックとの結婚をあんなに喜んでるんだ」

「バカだなぁ~。人の気持ちを全然分かってない」


 先輩天使は、丸いサングラスを指でかけあげ、フワッとカミュアから離れる。まるで宙に浮いているようだ。


「マリアは死にたがってる。ラミアの幸せを自分が奪ってるんじゃないかって悩んでるんだ」

「それは…分かってるけど」


「分かってる?」

「何がおかしいのさ」


 ぷくーっと膨れっ面をしてみるが、先輩天使には通用しない。アーリーンなら絶対何か突っ込んでくれるのに。


「わかった、じゃー見せてあげるよ。今夜ラミアが悪魔の囁きに耐えたとする。その後をね」


 先輩天使は何か呪文を唱え、パチッと指をならす。すると白い空間があっという間に消え去りマリアの屋敷に移動する。


 その部屋の暖炉の側で、二人の人間が絡み合っていた。その男女の辛そうなかすれた声が聞こえてくる。



「あ…っ…。エリック」

「ラミア」

「お願い、早く…。うぅん…」


 マリアの婚約者とラミアが、裸同然の格好で熱いキスを交わしている。キスだけじゃない。座っているエリックの上に馬乗りになっているラミアの頬は赤く火照って、剥き出しのラミアの胸はエリックの手の中で、いろいろな形に変形している。


 二人の服が擦れる音、身体がぶつかり合う音も聞こえてくる。


「あんーーっ、はぁぁぁっ」


 ラミアの圧し殺した声が苦しそうに漏れ、それをエリックが塞ぐように口づけを交わす。


「な、なんだよこれっ」

「そう言うことだよ。カミュアにはまだ早かったかな~? 刺激が強すぎかな?」


 先輩天使はカミュアの反応を見て楽しんでいる。


「僕のことはどうでも良いよ。やめさせて。マリアが知ったら…」

「そうだね。もう少し見てなよ」


 二人が最高潮を迎えた時、ドアをノックする音、続いてドアが開く音が聞こえた。マリアだ。エリックとラミアはまだ余韻に浸っていて離れることはない。二人の荒い息づかいがまだ続いている。マリアにも聞こえているはずだ。


「エリック? いるのですか? 来週のパーティーのことで相談したいの」


 エリックは答えない。まさかここにマリアが来ると思っていなかったようだ。エリックの顔は驚きのあまり紅潮している。


「お姉さま。お義兄にい様はまだいらしてないわ」


 ラミアは乱れた服を直そうともせず、嘘をつく。しかしマリアには分かっていた。この部屋にはエリックの香りとラミア、二人の体液が入り混じった強烈な香りがする。


 マリアは踵を返し部屋を出ていってしまった。

 うすうす感じていたことだったけれど、二人の裏切りを目の当たりにして自分がどれだけ愚かだったか、妹の幸せを願いつつ自分がその幸せを奪っていたことを実感したのだ。なんと愚かで偽善者ぶっていたんだろう…。マリアは自分を恥じた。


「マリア! 早く後を追わないと」

「無駄だよ」

「酷いよ…こんなことって」


「カミュア。この後マリアは自ら命をたつ。天国へのエスコートはしてあげられない。分かるか?」

「…」

「ラミアはマリアが家にいることを知って、エリックを招き入れたんだ。マリアは外出中だと嘘をついてね」


「マリアにとってどっちが良い未来なんだろうね。僕はマリアの純真な汚れない魂を尊重したい。君ならどうする? 何も知らずに幸せの絶頂で死んでいくことが幸せなのか、愛する人たちの裏切りを知り、自分を責めながら死ぬ運命が正しい死なのか」


 カミュアは何も答えられなかった。天国にマリアの魂を導きたい。でも殺される未来なんて、酷すぎる。


「ま、君は手を出しちゃダメだよ。見習い君は何もできない」

「く…っ」

「また近いうちに君には会えそうだ。その時はもうちょっと成長していることを祈るよ」


「じゃーね♥️」


 ぱちんっ。音と共に視界がもとに戻り、先輩天使は姿を消した。


「カミュア、大丈夫か?」


 心配顔のアーリーンの顔がそこにある。見慣れた顔が…。


「アーリーン…。顔が近ぁーーーーいーーーっ」


 カミュアは驚いて椅子から転げ落ち、尻餅を着いた。

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