第4話 マリアとラミア

「アーリーン…。少しは遠慮したら? 他の人が食べれなくなるよ?」

「カミュア…、俺が周りの人間に気を使うと思うか? 本能のままに生きる! それが俺のモットーだ」

「今は、僕と一緒なんだからね」


 カミュアが、スープの皿を奪おうとした瞬間、アーリーンが飛び退いた。


「アーリーン。な、なんだよ、わざとらしいぞ」

「お、お前知らないのか? 天使見習いといえども、神に触れられたら悪魔がどうなるのか、少しは考えろーーーっ」


 うん?とまた首をかしげる。


「むーお前な~」

「気を付けるよ。アーリーンが消えちゃうと僕は寂しいからね」


 こいつ…遊んでやがるな俺で。いつかぶん殴る! カミュアの行動にヤキモキしている自分がとても悲しい…。


 そんなやりとりをしている二人に、女性と男性の声が聞こえてきた。


「会いたかった…」

「やめないか。ここにはマリアもいるんだ」

「大丈夫よ。マリアには見えないわ」


「少しだけ。いいじゃない? あなたも私のこと忘れられないって言ってたじゃない? マリアの目の前でもいいのよ。私」

「や、やめないか」


「何これ?」


 カミュアは、耳に手を当てて声の主を探す。


 声の主が言っていた当のマリアは、部屋の中央で子どもたちと話をしている。周りには、いつの間にか子どもたちが集まっていた。


「アーリーンも聞こえた?」

「あぁ。あれはマリアの妹と、多分婚約者のエリックって奴だな」

「うそだ!? 婚約者と妹が? あり得ないよ」


 カミュアは、二人の姿を探してみるが…見当たらない。別の部屋にいるのだろうか。カミュアはだんだん怒りが湧いてきた。


「駄目だ。そんなこと。神が許しても僕が許さない!」

「カミュア、落ち着け。お前らしくない」

「落ち着いていられないよ。二人を探そう!」

「やめておけ。ラミアだって分かってるんだ」

「何を?」

「姉さんの婚約者に、好意を抱くことをだよ」

「なら何で!?」


 興奮気味のカミュアに向かって深々とため息を付き、空の器を押し付ける。


「質問が多いいな~。複雑だから人間なんだよ。お前は、ラミアに"君の好意は、良くないことだ! 諦めろ"って言えるのか?」

「そう導いてあげるのが役目なんでしょ?」

「諦めることが正しい行為か」

「僕はそう思う」


 今までになくカミュアは真剣な眼差しでアーリーンを見つめる。アーリーンは深いため息をもう1つついた。


「ま、そうしたいならそれでもいいけど…」


 確かにあの女からは黒いもやが見えていた。彼女の心の中に闇が取りついているのかもしれない。

 でも、この会合に参加するなど、善良な部分も持ち合わせているはずだ。


 それに、さっきまでいた老人の姿が見えなくなっているのも気になる。


「もう少し様子を…って、カミュア?」


 いつの間にか側にいたはずのカミュアの姿がない。


―― やべっ、あいつマリアに肩入れしすぎだ! 探さないと、なにしでかすか分からんぞ。(汗汗汗)


 アーリーンはあわてて室内を見渡した。

 壁の向こうに当事者のラミアとエリックの影がうっすらと見える。


―― 俺の眼力も捨てたもんじゃないな。いや、今はそれどころじゃないっ。カミュアはどこだ?


―― いた!


カミュアは二人のいる部屋へと続く扉の前にいる。


「カミュア!」


 とっさにアーリーンは、カミュアの腕をつかみ、扉を開けそうになったカミュアを制した。


 ジューっ。


「っ‥」

「止めないでよ! アーリーン!」

「いや、俺はどんなことをしても止めるぞ」


 掴んだアーリーンの手から煙が音を立てて吹き出している。


「ち、ちょっとアーリーン? 煙が!」


 カミュアはやっとアーリーンの方に振り向き、ことの重大さを意識する。


「その扉を開けないと誓ってくれるか?」


 いつになく真剣な顔でアーリーンがつぶやく。握りしめられた手からはジュージューと音をたてて煙が出続けていた。


「わ、分かったから手を離してよ。アーリーン」

「約束だぞ」

「わかった」


 アーリーンは、そっとカミュアから手を離した。


「痛ててててて」


 ふーふーと、アーリーンは、自分の手のひらに息を吹きかける。知識として知ってはいたが…これほどの痛みを伴うとは想定外だ。


「大丈夫? 火傷…」

「これくらい、すぐ治るさ。あ~痛てぇ」

「溶けたの? 僕がアーリーンを傷つけたの?」

「溶けたって言うのはイエス。傷つけたのはノーだな。ふぅふぅ~」


 カミュアは今にも泣きそうな顔でアーリーンの手のひらを見つめる。


「ごめん。僕に君の傷を治すことはできる?」

「ほっとけば治るさ。泣くな。そして俺に触るな」


 ごめん。と言うと…カミュアの先ほどまでの勢いは消えていた。


 素直でよろしい。アーリーンはつかんだ手をブンブンふりながら壁の方へ目を向けた。黒いもやが壁をすり抜けてこの部屋まで入ってくる勢いを感じる。



「エリック愛してるわ」

「ラミア…。僕は来月には結婚するんだ。君の義兄あにとして側にいるよ。いつまでも」

「エリック…」


 二人の会話が聞こえて来る。実際に部屋に聞こえるのではなく、カミュアとアーリーンの意識の中に、もやとなってまとわりつくように聞こえて来るのだ。


「エリックって奴、マリアはどうしてあんな奴を選んだの?」


 カミュアの怒りがまた沸々と沸き上がってきた。


「しっ。カミュア黙って」


 ラミアからの黒いもやが一段と濃くなる。


「マリアがいなくても、僕は良い義兄あにとして君の側にいる。ラミア約束する。だから今は良き義妹いもうととして僕達を祝福してくれ。いいね」

「エリック…、あなたも分かっているはず。私の方があなたにふさわしいと…」

「やめてくれ。これは間違った関係だったんだよ。すまない、ラミア。君の気持ちには応えられない」

「今さら…ひどいわ」


 ラミアのすすり泣く声が聞こえる。


 ごそごそと、身なりを整える様な音がして、扉からエリックが一人、こちらの部屋に戻ってきた。


 表情は変わらず…。二人の間に何が起きていたのかは想像するしかない。


「アーリーン。僕はマリアの幸せを守りたい。」

「カミュア…」


 気持ちは分かるが、深入りは駄目だ。平等な目が天使族には必要なんだ。肩入れ出来るのは悪魔の特権。

 こんな説明をしてもカミュアには伝わらないのだろう。アーリーンは説得するのを諦めた。


まだ手のひらがズキズキする。

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