第2話 初めての外出
ぎゅーんとエレベーターが、下っていく。
『アーリーン様、カミュア様。お出掛けですか?』
「げっ、エレベーターがしゃべった」
「お前、初めてじゃないだろ? 何言ってんだよ」
「部屋は1つ下だから…階段使ってた」
まぢか…。部屋から直通のエレベーターがあるってのに、こいつ…。
『降りる階をお選びください』機械音の声が聞こえる。
「うん? 普通に下の階にいくんじゃないの?」
正解を求める子どものように、カミュアはアーリーンに話しかけた。
マジ、かわいい。
自分で降りる階を選ぶんだよ。とエレベーターの使い方をもう一度教えてあげる。
「入学のオリエンテーションで、説明があったろ? 寝てたのか?」
「僕は学長ルームからすぐに部屋に通されたから…う~ん。覚えてないや」
指を一本顎に当てながら首をかしげる。こいつ、自分が可愛いこと意識してやってるんじゃないのか?と疑いたくなる。
「どこがいいか分かんないから、とりあえず全部押してみるか。えぃっ!」
バンっと勢いよく手のひらでボタンを押す。
あちゃちゃ…もう知らんぞ。アーリーンは半ば呆れながら、成り行きを見守ることにした。
『23階に、お止めします』
エレベーターも、何気に怒っているようだ。ま、元から簡素な機械音なんだが。
チーン。
エレベーターの止まる音と共に、ゆっくりと扉が開く。到着した場所は夜のようだ。ひんやりした空気が身体にまとわりつく。
「さ、寒いな」
「そうか? カミュアはまだ教わってないのか…。ちょっと待ってろ」
そう言うと何やらぶつぶつ呪文らしき言葉を唱える。
パッチンっ。アーリーンは、かっこよく指を鳴らした。すると不思議なことに、カミュアの服が、あったかムトンのロングコートに厚手のブーツという姿に!
「えっ、すごぉ~い」
「これくらいは出来ないとな。人間に見える姿も大事なんだ。覚えたかな?」
「パイセン! すごいよ。暖かい!」
カミュアは本当に満足したようだった。1点を除いて…。
「パイセン、暖かくてめちゃ良いんだけどさ~。これってパイセンの趣味? 歩きづらいんだけど…」
「良いだろ? 女性っぽいって言うかさ、似合ってるぜ」
コートの下はショートのヒラヒラスカート、身体の線がバッチリ見えるハイネックセーターに、ふんわりベスト。そして、ニーハイブーツ。絶対お店の女の子って感じの服装だ。コートは絶対に脱ぎたくない。
「僕は、動きやすいのがよかったんだけどな」
「文句言わない! 似合ってるんだし、宿題付き合ってやってるんだ。少し楽しませてくれてもバチは当たらないと思うが?」
「う~ん。ま、いっか、サンキュウ~」
この二人、どう見てもお店の女の子と、店のマネージャーに見える。だから、この夜の街にすぐに溶け込んだ。
「パイセン、どうやってポイント貯めるの?」
「宿題は何ポイント貯めることになってるんだ?」
授業に出てたんだろ? という言葉は飲み込んであげた。どうせ聞いても、聞いてなかったと言いそうだから。
「よく分からないんだけど、これを渡されたんだよね」
カミュアの手には真っ赤なルビーのような石が乗っていた。手のひらサイズで、握りしめたら手に隠れるサイズだった。
アーリーンの石の色とは違う。アーリーンの石の色は濃い青。限りなく黒に近い色だった。
「それはストーン。良い行いをしている人、心の綺麗な人に逢うと光って教えてくれる。その人間にストーンをかざすとポイントが貯まる。って感じかな?」
「ふ~ん。便利なんだね。歩いてるだけでたまりそうじゃん?」
「いや、ストーンの感度はそこまでじゃないんだ。持ち主、俺たちのことだけど、俺たちがその人間に同調して始めて輝く。だから、自ら人間を探し、時には導いてやる必要があるな」
「ふ~ん。難しそうだな」
ま、やってみな、とポケットに手を突っ込み歩き始める。が…カミュアに押しきられ結局服装を変えることになった。
「うん、これでよし。最初からこうしてくれれば良いんだよぉ~」
「うぐぐぐ」
アーリーンは拗ねてみるがカミュアはお構いなしに前を歩いていく。
「アーリーン! 良いぞーこれ。気に入った!」
「ハイハイ」
ストリート系のだぼっとした服にムートンのフラットブーツ。深々と被った帽子を被り、パッと見男の子と思われそうだ。
もともと天使族出身の血を多く持っているカミュアは、中性的な魅力がある。
「この先に教会がありそうだ。教会なら、良い行いをする人間が集まってそうだね。行ってみよう!」
「おいおい‥俺はその領域には近づけない。こう見えて一応悪魔コース選択なんでね」
カミュアは、また指を顎に押し当てながら、首をかしげる。
「そんな顔しても駄目だ。近寄れないものは近寄れない」
「そうなのか? アーリーンは、天使コースが向いてると僕は思うよ」
こいつ…。
学園内での恋愛は禁止されている。ましてや、天使と悪魔が行動を共にするなんて、前代未聞だ。
でも、なぜかカミュアに心惹かれるのは、カミュアの中に悪魔の血が半分流れているからだろうか。
「ちょっとだけ、除いて見ようよ。アーリーンも、どう見ても人間に見える」
「よしてくれ、俺が溶けたらどうするつもりだ?」
「溶けるのか?」
「わからん…」
「なら良いじゃん、ね」
ウィンクのおまけ付き。もう断れない。
しぶしぶ、教会近くまで一緒に行くことになってしまった。
「俺が消されたら~ちゃんと供養しろよ」
「悪魔の供養なんて聞いたことないよ」
そんなやり取りをしながら歩いていると、寒い空の下、教会の入り口に二人の若い女性が現れた。どうやら、今夜は貧しい人のために炊き出しを行っているようだ。
入り口のところで、誰かを待っている。
カミュアは、この二人の女性に興味を抱いた。
「炊き出しなら、今夜は善人も悪人も教会の中にいそうじゃない?」
「中に入るのか? カミュア」
「アーリーンも、入れるよ。その格好はやめて危ない人風になれば良いんじゃない?」
「あのなー」
―― 待てよ。良い行いをする人間が全て善良とは限らない。って教科書にあったな。覗いてみるのも悪くないかも。
アーリーンは、再びパチッと指をならす。
今度は貧しい青年の格好に。服はぼろぼろ、顔や服に汚れやアザを作っているから、すごくさまになってる。思わず善意の手を差しのべたくなってしまう。
これで留年、落第点って何をやらかせばとれるんだろう? 謎だ。そう思えるくらい、アーリーンの格好はどう見ても人間のそれだった。
「行こう!」
カミュアは、アーリーンの準備が整うのを待って、教会に向かった。
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