4-3 思い通りにいかないもんだ
(なんでこんなところにいるんだ? こいつ)
という問いの答えは、考えるまでもなくすぐにわかった。道案内もなくこの沼にたどり着くには、スカーレットの後を追いかけてくるしかない。
といってもスカーレットの後をついてきたのなら、それに気づいたはずだ。おそらくスカーレットが出かけた後で、足跡か何かを辿ってきたのだろう。ただし、追ってきたのはジークフリートは一人だけのようだ。護衛の騎士の姿はない。
茂みの中から訊いてきたジークフリートから少し目を離し、スカーレットは視線だけを上に向けた。
そこには変わらず、半透明の女の姿がある。女は息を止めて――まるで気づかれたくないという様子で――後ろへと下がり、突然の闖入者を見つめているが。
「オレとお前の他に、誰かいるか?」
視線を戻して問いかけると、ジークフリートはビックリしたように身をすくませた。
「い、いや……いない、けど……」
「なら独り言だろ」
他人事のように言って、突き放す。どうやらジークフリートには女の姿が見えていないようだ。
うっかり敬語で話すのを忘れていたが、今更猫を被るのも面倒だったので、スカーレットはそのままの口調で改めて訊いた。
「なんか用か?」
「い、いや。用、というわけでは……」
対するジークフリートの返答は、なんというか、不明瞭だった。
口ではそう言ったが、彼は何か言いたげにスカーレットを見つめたままだ。それからもごもごと言葉にならない言葉を漏らし、もじもじとその場に突っ立っているが。
(あーもーまどろっこしいな。言いたいことがあるならハッキリ言やいいのによ)
と、ふと気になってスカーレットはまた隣を見上げた。
無言の女は変わらず、じっとジークフリートを見つめている。彼に対して何か思うところがあるのか、女は呼吸を止めてジークフリートを見入っていた。
何か言いたげというのであれば、この女こそそうであるが。何も言いだそうとしないので、スカーレットは嘆息してジークフリートに告げた。
「用があるならこっち来て座れよ。ないなら帰んな。どっちだ?」
「あ、ああ……わ、わかった」
半ば命令のように言うと、ジークフリートはおっかなびっくり頷いて、茂みから出てきた。
スカーレットの傍までやってきて――座るとズボンを汚すことに気づいたのだろう。そのまましゃがみ込む。
それを見届けてから、スカーレットは率直に訊いた。というよりつっけんどんにか。どちらにしろ雑に言った。
「んで、何の用だよ」
正直なところ、スカーレットは本気でそれがわからなかった。
先ほどソニアは『仲良くなりたいから』などと寝ぼけたことを言っていたが、スカーレットはそんなことあるはずがないと確信している。
なのに、なんでこんなところまで追いかけてきたのやら。理解できない生き物を観察するような心地で返答を待っていると、ジークフリートは明らかに狼狽えたようだった。
「いや、その……」
「…………」
「な、何を、してるのかなって……」
それは明らかに本題ではなかっただろう。泳いで逃げたジークフリートの目でそれは確信するが。
訊かれた以上、スカーレットは答えた。
「見りゃわかんだろ。釣りしてんだよ、釣り。釣り竿垂らして、魚が引っかかるのを待ってる」
「……なんで?」
「暇だからだよ。やることねえんだ今日」
「…………」
何か得体の知れない言葉を聞いたとでもいうような顔で、ジークフリートがポカーンとする。
と、気配に気づいて“彼”はまた隣を見上げた。女は何も言ってこなかったが、視線だけでこう言ってくる――だから言ったでしょ? どこの貴族令嬢が釣りなんてするの。
(うるせえな。ここにいるだろ、ここに)
思念が通じたかどうか、半眼を向けてくる女の様子からはわからない。羽虫を払う動作に似せて、女をシッシと追い払った。それにムッと女は顔をしかめるが、付き合っていられない。
ため息をつくと、スカーレットは思いついたことを訊いてみた。
「お前、魚の実物見たことあるか?」
「え?」
「たまーにいるんだとよ、勘違いしてる奴が。知ってるか? 魚って料理で出てくるみたいに、切り身の姿で泳いでるわけじゃねえんだぜ?」
昔聞かされた話だ。貴族は自分たちで食料を取りに行くことなどないから、実際の魚の見た目などさっぱり知らず、切り身が泳いでいると勘違いしているなどと。
傭兵時代の“彼”はそんな馬鹿な話があるかと疑ったものだが。これまで“スカーレット”として生活してきて、確かに魚の実物を見る機会はほとんどなかったと思い出したのだ。
それを踏まえてからかったのだが、流石にジークフリートは怒ってみせた。
「ば、バカにするな! それくらい知ってる!」
子供らしい反感だ。顔を真っ赤にはしなかったが、思わずといった様子でその場に立ち上がる――
だがすぐに失速した。
「ただ……生きている姿を見たことは、ない……」
「そうかい」
今度はからかいなどではなく、スカーレットはただ頷いた。
そして内心では、わずかばかり感心していた。
(意外に謙虚だな。癇癪起こして怒りっぱなしかとばかり思ってたんだが)
思っているほどクソガキというわけでもないのかもしれない。だからジークフリートの評価が上向くかというと、それは微妙なところではあるが。
釣れない釣竿をたまに揺らしながらぼんやりしていると、出し抜けにジークフリートは言ってきた。
「お前、ボクを敬わないな」
「あん? なんだよ、いきなり」
「…………」
ジークフリートは迷ったように、少し言葉を詰まらせる。
顎をしゃくって先を促すと、ぽつりぽつりとジークフリートは答え出した。
「父上やツェツィーリアに向ける態度と違うし、あのカイルとかいう男と話す時みたいに笑わないし、親しみも感じない。今みたいに、本音で話す時は男みたいな言葉ばっかで、女らしく振る舞いもしない。態度も粗雑で、どこか偉そうで……」
後半に至ってはもはやただの悪口だが。
スカーレットはにやりと笑うと、ジークフリートの望みを叶えてやることにした。
「あら、そんなひどいことを考えていらしたの? これでも一通り、淑女教育は受けておりますの。やろうと思えば、淑女のふりくらいできますのよ?」
「…………」
「んだよそのツラは。文句あるなら言ってみろ」
「……ご、ごめん。正直……違和感がひどくて」
「おうよく言った。蹴飛ばしてやるからこっち来い」
座ったまま足だけ振り上げると、慌ててジークフリートは逃げ出した。大げさにその場を離れる少年に鼻を鳴らして、視線を湖のほうに戻す。
警戒しっぱなしの少年にため息をくれてやりながら、スカーレットはうんざりと呟いた。
「んでなんだっけか……ああ、敬意を払えって話だったか。んなもんお前、最初の出会いからこれまでのお前の態度を振り返ってみろよ。敬ってもらえると思うか?」
「ボクは王族だぞ。それではダメなのか……?」
これは傲慢さゆえの問いというよりは、ただ素朴に訊いただけの言葉だろう。表情に怒りはない。
王族は偉い。だから敬意は払われてしかるべき。これまではそれが当たり前だった。加えてこの顔立ちだ。さぞちやほや――特に女に――されたことだろう。自信の牙城が崩れたように感じて、確かめようとしているのだろうが。
それ自体は間違いではない。だが、だからこそスカーレットは告げた。
「“敬意を払っているのは貴方が王族だからです”なんて言われて、お前、嬉しいか? お前が誰かとかどうでもいいけど王様の家族だから敬ってまーすなんて言われて喜べるか?」
「…………」
「ほれ見ろ、わかってんじゃねえか」
何も言ってこないジークフリートに肩をすくめて、スカーレットは呟いた。
「“王族”って価値を取っ払った時、お前に何が残るかって考えたことあるか? 今のところ、お前はただ親の七光りで偉そうにしてるクソガキでしかねえよ」
ま、人のことは言えたもんじゃないが、とスカーレットは苦笑した。
傍から見たら、こんな態度で偉そうに王子に説教しているこちらの方がクソガキ甚だしい。何様のつもりだと言われたら、諸手を上げて降参するしかない。
それでも思うところがあったのか、ジークフリートは何も言ってこなかった。スカーレットからも視線を外して、遠く――釣り糸の垂れた湖を見つめている。
そうしてふと、ジークフリートはぽつりと呟いた。
「だから……お前には、ボクの“力”が通じなかったのか?」
「“力”?」
きょとんとスカーレットが繰り返すと、ジークフリートは「知らないのか?」と驚いたように言ってきた。
「クリスタニアの王族は、コムニアの日に“力”を授かるんだ。古き神々からクリスタニア一世が授かった、王として人々を統べるに必要な力……本当に知らないのか? お前、ズルしたなってボクに怒っただろう?」
「ズル……? って、あー。アレのことか」
言われて、ようやくスカーレットは思い出した。この前の模擬決闘の時、ジークフリートから吹き荒れた無風の風――としか言いようがない――のことだろう。
武術教室に通う子供たちの様子がおかしかったのを思い出すと、おそらくはその辺の関係だろうが。
「通じなかったって言うのかね。何かやったっぽいことは察したけど、何をされたのかはさっぱりだったよ。結局お前、何をやろうとしてたんだ?」
「お前、クリスタニアの貴族のくせに、どうして――」
知らなかったこと自体が驚きだったのだろう。ジークフリートは罵倒のような何かを口にしかけたが。
結局はすぐに口を閉じて、次に開ける時には別の言葉になっていた。
自分の手の甲を――そこにある不思議な痣を見つめながら、言ってくる。
「ボクの力は……“畏怖と鼓舞”って、父上が呼んでた。敵の心を委縮させ、仲間の心を昂揚させる力だって」
「畏怖と鼓舞?」
「相手の心に恐れを植え付ける力だよ。本気で力を使ったなら、近衛騎士でさえ動けなくなるほどに強力な力――王として持っていたら素晴らしい力だって……」
「……なるほど?」
ジークフリートの話を聞く限り、言及したのは“畏怖”のことだけだろうが。
本当にそんな力があるのか? と、確認のつもりで“彼”は視線を他所へと向けた。その辺に浮かんでいる女を見つけると、察した女が説明してくる。
『コムニアでは誰もが神から“祝福”を授かるでしょう? その“祝福”だけど、王族だけはかつて神と繋がった過去があるからか、より強力に“祝福”されるの。貴族たちの中では、“加護”って呼ばれているわ』
(魔術とは別の力なのか?)
『別ね。もっと踏み込んで言うと、本来の“祝福”とも違う。王族以外の“祝福”は、あくまで神がその人の潜在能力を開花させることを指すけれど……王族にとっての“祝福”と“加護”は、新しい力を授かることを指すの。その人が王となった時、人を統べるにふさわしい力を』
それが、ジークフリートにとっては“畏怖と鼓舞”というわけか。
女の説明に納得していると、女は視線だけでこう言ってきた――普通、貴族教育の一環で習うでしょ? なんで知らないの?
うるせえなと視線だけで返して、少しばかりの間、スカーレットは考え込んだ。
ジークフリートの話を聞く限り、確かに“畏怖と鼓舞”は王にふさわしい力ではある。それも、戦場で戦う王として、一人の戦場指揮官としてだ。
一個人が戦場での集団心理に作用する。味方兵士に戦意を与え、いるだけで敵兵の士気をくじけるというのなら、それは確かに強力な力と言える――あるいは単に、当人のカリスマ性をただ強調するというだけ力なのかもしれないが。
だからこそ効かなかった理由もわかった。それをスカーレットは率直に告げた。
「単に、お前に魅力を感じなかったってだけだろ? ……なんでショック受けた顔してんだ」
「え? い、いや、だって。み……魅力……? え?」
よほどそう言われるのが予想外だったのか。目を丸く見開いて驚きながら、彼はペタペタと自分の顔を触っていたが。
確かに、ジークフリートの見た目はいい。天使を描けと言われた画家がその顔を書いても驚く気にはなれない程度には。顔を触ったのはその辺の自負や実績があったからだろうが。
顔の話じゃねえよとため息をつきながら、スカーレットは呟いた。
「見てくれがどうとか以前の問題だぞ。自分の国の民を脅して遊ぶ王様なんざ、誰が認めるって言うんだ?」
「……え?」
ジークフリートは愕然と、あるいは呆然とスカーレットの問いかけに言葉を失っていた。
おそらくは、自分がやったことの意味など考えていなかったに違いない。王としてあるにふさわしい力を与えられ、その力で自分がやったことはなんだったのか。
子供のイタズラだ。言葉で済ませるならそうなる。
だがその行き着く先がなんなのか、彼にも見えたはずだ。
暴君だ。民の命を脅かす愚王。
それを自覚したからだろう――ジークフリートは徐々に気落ちして、最後にはしょげ返るように項垂れた。
よほどショックだったらしい。自分自身が何をしていたのか、ようやく思い知ったようだが。
そこでまた一つ、スカーレットはため息をついた。
「なあ、お前さ。お前は将来、どんな王様になりたいんだ?」
「え?」
まだ文句は言い足りないが、本気で落ち込んだ相手に追い打ちをかけるのも趣味ではない。
だからスカーレットは、ほんの少しだけ攻め口を変えた。
「お前が授かった力っていうのは、本当はうまく王様をやるための力だってんだろ? だったらその力をどうやって使えばいい王様になれる? お前はどんな王様になりたいんだ? そういうこと、考えたことあるか?」
実際に、考えたことなどなかったのかもしれない。質問に顔を上げたジークフリートは……それから少しして、また項垂れるように顔を伏せた。
ぽつりと、消え入りそうな声で言う。
「ボクは……王には、ならない。兄上がいるんだ。二人も。だからボクは、王にはなれない。だから――ボクがどんな王になるかなんて、考えたことも、なかった」
「だったら考えるこったな。そうすりゃ、ちったあマシになるだろうよ」
落ち込んだように黙り込む少年を、だがスカーレットは気遣わなかった。慰める言葉など思いもつかなかったし、そんなことをされて喜ぶとも思わなかったからだ。
(改めて考えると……本当にガキなんだなあ、こいつ)
“彼”とは違うということだ。しみじみと、そんなことを想う。
確かに“スカーレット”とは同年代なのだろうが、今その“スカーレット”の中にいるのは、何年も戦場を渡り歩いた大人の傭兵だ。告げる言葉は自然と、経験から学んだ説教になる。
だがそれを語るのは、ジークフリートからしたら同年代の少女だ。それも、ひどく見下していた。そんな相手からの説教が心に届くかは、どうにもわからない――
と。
「……あん?」
ふと――あるいはようやく変化に気づいて、スカーレットはそんな声を上げた。
「……どうした?」
「いや、釣れたっぽい」
「は?」
会話と物思いに夢中になっていて気付くのが遅れたが、手の中で竿が揺れている――
「――うぉわ!?」
慌てて竿を握りしめて立ち上がった、その瞬間――手にかかる負荷に、スカーレットは思わず悲鳴を上げた。
「なんだこれ、めちゃくちゃ重い――ボケっと見てないで手伝え!」
「て、手伝えって何を!?」
「竿持て! これ一人じゃ無理! 一緒に引いてくれ!!」
「い、一緒にってどうやって!?」
「んなもん竿持つんだよ! 横からでも後ろからでもいいから早く! このままじゃ、引きずり込まれる――」
「だったら手を離せばいいだろ!?」
「負けたみたいで悔しいだろうが!?」
やいのやいのと叫びながら、どうにか耐える。だが大きくしなる竿に派手に暴れるターゲット、じりじりと引き寄せられる体と、状況は既に限界に近い――
「ああ――もう!?」
破れかぶれな声を上げると、ジークフリートは慌ててスカーレットの背後から竿を掴んだ。上背はジークフリートのほうが高いので、抱きかかえられる形だ。
二人で竿を持ったことで重心が安定した。引きずり込まれることももうない。勝利を確信して、スカーレットは勝鬨を――
「よっしゃあ! このまま一気に――」
上げようと思った矢先。
――ブチンと響いた、無情な音。
「は?」
「え?」
呆けたような声を上げるが、何が起きたか気づいた時にはもう遅い。
そうして二人は吹き飛ばされるように、思いっきり尻餅をついていた。
「ブチンって……」
「糸が、切れた……?」
ジークフリートに後ろから抱きかかえられた姿勢のまま、呆然と湖を見つめる。
完勝記念のつもりなのか、魚が一匹湖面を大きく跳ねていた。しかも、生意気にもペッとルアーを吐き捨てながらである。
わかりきっていたことだが、魚体はかなり大きい。逃した魚は大きいというが、実際にああも見せつけられては――
「ぷ、く、くく……」
「……? あ、おい――」
「――アハハハハハハっ!!」
スカーレットは大笑した。
さすがにこんな反応は予想していなかったのだろう。驚いたのか、背中越しにジークフリートの体が強張ったのがわかったが。
気にせずスカーレットは肩越しに振り向くと、予想以上に近い場所にあったジークフリートの顔に笑いかけた。
「ブチンって――ブチンっていったぞ今!! いやあやられた!! 呆気ねえな! 見たかよあいつ、最後にゃルアー吐き出しやがった! こっちに見せつけるように跳ねやがってよ! ああくっそ、腹立たしいなあもう!」
「…………」
ジークフリートはそんなこちらをぽかんと見つめているが、スカーレットの笑いが納まってくると、やがてぽつりと訊いてくる。
「……なんで笑ってるんだ?」
「なんでって、何がだ?」
「いや、だって……お前、悔しいって言ったから……てっきり怒るか、泣くものかと」
「んあ? ああ、そんなことか。まあそら悔しいっちゃ悔しいけどよ」
本当に不思議そうに訊いてくる彼からは視線を外して、スカーレットは湖を見やった。既にそこに魚の魚影は見えなかったが。
ふてぶてしい勝利者の姿をそこに見るような心地で、スカーレットは呟いた。
「負けたら負けたって認めないとな。ああまで綺麗にやられたら笑うしかないだろ? いやあ、思い通りにいかないもんだ」
もしアレを釣り上げることができたなら、その時はさぞかし気分がいいことだろう。
いつか釣ってやりてえなあと、そんな闘志にも似た想いを抱いて、しばしスカーレットは湖を見やる……
と。
「なあ、その……そろそろ、その、は、離れてくれないか?」
「ん? ああ、重かったか? 悪い悪い」
ジークフリートを後ろにして尻餅をついたので、のしかかっていたらしい。素直に謝りながら、スカーレットは立ち上がった。
完敗を喫して、だがスカーレットは満足していた。釣果はゼロだが気分は悪くない。
問題はジャッキーにルアーをなくしたことを報告しなければならないことだが。まあ父に言って、新しいルアーを手配してもらうようにしよう。そのくらいのワガママなら許されるはずだ。
帰るぞと声をかけようとしてジークフリートのほうを振り返ったスカーレットは、そこできょとんと目を丸くした。
「……なんだ? 風邪でもひいたのか? 顔赤いぞ」
「な、なんでもない! 女の子とあんなに近づいたこ――いや、なんでもない!!」
「……あん?」
二回の『なんでもない』の間に何か挟まっていた気がしたのだが。そこだけ聞き取れず、スカーレットは首を傾げた。
だがまあ否定するからにはどうでもいいことなのだろうと判断して、釣り竿などをバッグにしまう。忘れ物がないかを確認して、スカーレットは――
「…………?」
不意に、違和感を覚えて身を強張らせた。
こちらの様子を見ていたジークフリートが、不思議そうに訊いてくる。
「どうした? 帰るのではないのか?」
「……そういやお前、護衛はどうした?」
「いや、連れてきてない。勝手に館を出てきたから……」
そう答える頃には、彼も異変に気付いたようだった。
ガサガサと、無遠慮に誰かが森をかき分けて近づいてくる。人の気配だ。間違いない。獣は音を隠す生き物だ。
騒音を上げても気にしないでいられるのは……人間だけだ。
やがて。
「…………」
森の中から姿を現したのは、三人の男だった。
顔を覆面で隠し――だらりとぶら下げたその腕に、赤く錆びた剣を握った。
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