3-4 後で吠え面かくんじゃねえぞ

「――スカーレット様!」


 カイルと連れ立ってグラウンドに向かうと、迎えてくれたのは、今にも泣き出しそうなツェツィーリアだった。

 飛びついてきたりはしなかったが、小走りで近寄ってくる。彼女に「おう」と手を上げてから、スカーレットは視線をグラウンドの中央へと向けた。


「トラブルって、あれのこと?」

「まあな」


 頭を痛そうに押さえながら、カイルが頷く。

 空気がひりついている、と感じるのは、グラウンドが殺気立っているからだろう。視線の先にあるのは人だかりだ。様子を見る限り、訓練をしていたはずの子供たちだ。大人の姿も一応はあるが、彼らは静観しているようだ。

 人垣の隙間から見えたものを、スカーレットは呟いた。


「模擬決闘?」


 一対一の実践稽古のことだ。ルールらしいルールはほとんどなく、審判が致命傷と判断する一撃を先に入れたほうが勝ちという単純なものだ。

 一応は要所に防具をつけるが、実戦を想定しての訓練のため、よっぽどのこと――たとえば剣術の訓練試合なのに魔術を使ったり――をしない限り反則にはならず、試合も継続。よってケガも多く、まずあまりやらない類の稽古だが。

 

「――ぐわっ!?」

「一本! それまで!!」


 近寄ってみると、よりはっきりと見えてくる。戦っていたのはどちらも子供たちだ。ちょうど一試合終わったところのようで、審判である大人が勝負がついたことを宣言する。

 と、その少年が勝ち誇るのが聞こえてくる――

 

「ふん――天下に名高いメイスオンリーとやらも、所詮はこんなものか!? どうした、次!!」

「……ああ……」


 という絶望的なため息は、隣のツェツィーリアの声から漏れたものだが。

 嘲弄して次の相手を催促していたのは、やはりというべきか、ジークフリートだ。鼻息荒く飛び出してきた次の相手に不敵な笑みを浮かべている。


「へえ。うちのガキども負けてんじゃん。意外にやるのか? あの王子」


 見た限りでは、そんな印象は受けなかったのだが。騎士としての訓練は受けたことがあると言っていたし、案外できる子なのかもしれない。

 だがそれ自体は別にどうでもよく、スカーレットはカイルに呆れと共に聞いた。


「普通の体験入団じゃなかったの? なんだってこんなことに?」

「それが、最初は普通の訓練を体験させてたみたいなんだが……ちょっと目を離した隙に、何か言い合いになったらしくてな。あっという間に着火して、喧嘩になりそうだったから――」

「模擬決闘で白黒つけろって? 口論させといた方のがよかったんじゃないの?」

「……ほら、皆オトコノコだから……」


 つまり手っ取り早く力で決めたがったか。悪い意味でメイスオンリーらしいが。

 

(にしてもあのガキ、よくもまあいろんな奴からケンカ売られるもんだな。そういう星の生まれか?)


 コムニアの日にもクソガキと喧嘩していたが、どうにもメイスオンリー領の跳ねっかえり小僧どもとジークフリートでは相性が悪いらしい。個人的には、似た気質なのだから仲良くしとけよと思うのだが。

 ただ気になるのは――と、スカーレットは顔をしかめて訊いた。


「……うちの連中、なんか動き悪くねえ?」


 試合に出る子供たちのだ。なんというか、動きがぎこちない。

 踏み込むべき場所で踏み込めない、武器を持つ手が強張りすぎ、相手の動きに過剰に反応している――といったミスがちらほら見える。

 渋い顔をしたカイルも、納得いかない様子で、


「ああ。どうも、みんなそんな感じだ。体が縮こまって動かないらしい。緊張なんてしない子たちだと思ってたんだが……試合を始めてから、ずっとこうらしくてな」

「相手がお偉いさんの子供って知って緊張してるってこと?」

「いや、それは言ってない。というか、それでビビるならそもそも喧嘩しないだろ」


 まあ、それもそうかと納得するその隣で。


「…………」


 今も無言のままのツェツィーリアが、悲しそうな顔で兄のほうを見つめていることにふと気づく。

 なにか思うところがあるようだが――


「――危ないっ!!」

「……!?」


 不意の叫びに、意識は俊敏に反応した。

 悲鳴と怒号。視線の先では試合相手の子供が倒され、その手にあったはずの木剣が吹き飛ぶ。観衆が慌てて木剣を避けたが、その先にいるのは――


「ツェツィーリア様、ごめん!!」

「――きゃっ!?」


 スカーレットは即座にツェツィーリアを抱き上げると、木剣の軌道上から横へと跳んだ。木剣はスカーレットの後頭部をかすめて、地面に落ちる……

 からんと乾いた音が遠くで聞こえる。周囲の人々から安堵の吐息が聞こえたが、スカーレットはひとまず抱えているツェツィーリアに声をかけた。


「大丈夫か? 急に抱き上げて悪かった。ケガとかしてねえな?」

「…………」


 声をかけるが、反応が返ってこない。

 どこかぼうっとした表情の少女に、もう一度スカーレットは呼びかけた。


「ツェツィーリア様?」

「え……あ、え? あ、あの……い、いえ、大丈夫です」

「そうか? ならよかったけど」


 特に問題はないようだ。ほっと一息つく。

 ツェツィーリアを地面に降ろしてから、スカーレットは人だかりの子供たちを観察した。

 木剣を視線で追いかけた者はそう多くない。倒された子供が、子供たちの中では有数の実力者だったからというのもあるのだろう、視線はジークフリートたちに釘付けだ。

 子供を打ち倒したジークフリートを誇らしげに見ている騎士――ニールだったか?――と、渋い顔をしたジョドスンもその人だかりの外側にいたが、まあそれはともかく。


 隣にいたカイルはというと、吹き飛んでいった木剣を拾っていたところだった。

 剣を何度か握りしめ直して……やはり、納得いかない顔をしている。


「カイル兄?」

「…………」


 彼は無言のまま、スカーレットに木剣の柄を差し出してきた。

 スカーレットは素直に木剣を受け取ると、弄ぶようにして感触を確かめる。グリップの握り心地は悪くなかった。擦れてもおらず、汗でぬめっているわけでもない。簡単にすっぽ抜けるような状態でないのは確かだった。

 だというのに、剣はあっけなく持ち主の手を離れた。当の持ち主はといえば、信じられないものでも見ているかのような表情をしていたが。

 その表情の先にいるジークフリートはといえば、ふてぶてしいまでの嘲笑を上げていた。


「こんなものか――こんなものなのか、国境警備隊志願者というやつは!? メイスオンリーが聞いて呆れるわ!! 弱すぎるではないか!」


 ジークフリートは勝鬨を上げ、子供は悔しさに臍を噛む。そんな様子を見ながら、近衛騎士は少年をもてはやす――


「……最近のお兄様、嫌い」

「……?」


 不意の呟きに、スカーレットは隣を見やる。

 呟いていたのは、ツェツィーリアだった。

 独り言なのだろう、今も口舌を垂れて子供をなじる自分の兄を見つめているが……その眼はあまりにも悲しげだ。


「相手のことなんか考えないで突っかかって、悪口ばっかり言って。人を傷つけてるのに、偉そうに胸を張って……」

「…………」

「あんなお兄様、だいっきらい」


 中々に辛辣な、少女の言葉を聞きながら――


(まあ、ちょうどいいか?)


 ふと思いついたのは、なんとも利己的なお節介だった。


「カイル兄、オレを呼んだのってそういうことでいいの?」


 一応は確認のためにカイルに訊く。

 だが確かめるまでもないことだ。待ってましたと言わんばかりに、カイルは苦笑してみせた。


「ああ。流石に、子供の喧嘩に俺が出るわけにもいかないからな。あの子、一応はお前の客だろ?」

「まあね……わかった。じゃ、ツェツィーリア様をお願い」


 カイルに囁いて、騒動の中心へと歩き出す。

 視線の先では、まだジークのなじりが続いているが――


「ボクにも勝てないくせに、国を守るなど笑わせてくれるな! これが国境警備隊とやらの未来か? ボクにすら負けるような軟弱者たちのくせに、一体誰から何を守ると――」

「――その辺りにしといてもらえませんかね。そろそろ収まりがつかなくなるんで」


 その長口上に、スカーレットは水を差した。

 突然の乱入者の声に、自然と全員がこちらを見る。ふてぶてしく微笑んで正面を睨むと、子供たちは道を空けるように脇に退いた。

 目の前に出来た人の道を、悠々とスカーレットは歩いていく――


「お嬢様だ……」

「誰だあの女? 知り合い?」

「バカ、スカーレット様だよ! たまに来てるだろ、ここに!」

「え? でも、普段はもっと男っぽい――」

(……そらまあ男装してるからなあ普段は)


 子供たちのざわめきを耳にしながら、無言で都合八歩の距離まで進む。

 険しい表情で、先に口を開いたのはジークフリートの方だ。


「おいお前。何のマネだ」


 相変わらず人のこと名前で呼ばねえなこいつ、などと。

 どうでもいいことに苦笑を覚えながら――スカーレットは木剣をジークフリートに突きつけて、誘った。


「ジークフリート様。私と一本いかがですか?」

「何だと?」

「流石に、メイスオンリーの子供たちをあんな風に笑われては引き下がれませんのでね。メイスオンリーの実力の一端、お見せして差し上げますよ」

「女のくせにか。出しゃばらないでもらおうか――」


 その言葉に差し込むように。

 スカーレットはくすりと笑った。

 声に嘲りの気配を乗せて、誘う。


「あなたはその女以下だと、思い知らせて差し上げようと言っているのです」

「お前!!」


 かかった。スカーレットは表情に出さずにほくそ笑んだ。

 所詮はガキだ。安い挑発でも我慢できなかった。

 怒りというにはもはや温い。憎々しげにこちらを睨んで、ジークフリートは軋るように言う。


「ボクを侮辱したな……初めて会った時から気に食わなかったんだ――女といえど容赦はしないぞ」

「ええ、ジークフリート様――軽く揉んでやるから、後で吠え面かくんじゃねえぞ」

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