1-2 暴力以外に用はねえ

 カールハイト大陸。

 いくつかの大国と、そこに属する多数の小国の寄り合い所帯。かつては超大国カールハイトがその陸塊を支配していたのだが(だから大陸の名前にもなった)、各領地から独立戦争を仕掛けられ、今となってはただの大国まで落ちぶれた。


 そんなカールハイトの北に、クリスタニアという国がある。

 他の国と同様に、カールハイトの圧政に不満を表明して戦争を起こし、独立を勝ち取った大国だ。そこは“勇者”の起こした地として知られている。独立の旗頭となった初代国王、クリスタニア一世が建国を志した理由が“神からの啓示”であったことも。

 そんな勇者の起こした地の南端に、こんな名前の領がある。


 ――メイスオンリー暴力至上主義


 かつて離脱した超大国を睨むようにしてある、クリスタニア南端の辺境地だ。緩衝地帯を挟んで敵国と睨み合うこの領地は、クリスタニア内で最も苛烈な領としても知られる。

 その領の、いわば最前線とも言うべき国境沿いの砦の中。領主ヒルベルト・メイスオンリーは静かに告げた。


「……どうにか、無事に終わったようだぞ」


 無感動に告げたつもりだが、言葉の端には安堵が滲む。半ば疲れ切った心地で体から力を抜くと、体重を預けた椅子がギシと軋んだ。国境警備隊の長という任を預かっている身としては、軽々しく現場に向かうわけにもいかない。だからこその気疲れだったのだが。

 彼とはまた別の安堵の吐息は、その後すぐに聞こえてきた。デスクの先、来客用の椅子に座っていた、身なりの良い男の安堵だ。

 憔悴している、とまでは言わないが、男の顔色はハッキリと悪い。だがその顔も、先ほどの報告で和らいだようだ。

 

 伝書バトが運んできた手紙を放り投げてやると、静かに――ただし躊躇いもなく男は手を伸ばす。そうして何度も確かめるように目を走らせる。

 やがて、男――古なじみ、ラトールがぽつりと言ってくる。


「……礼を言うべきなのかな、これは」

「お前の尻拭いをした事にか?」

「違うよ。娘を助けてくれた。おかげで、ジークを泣かせずに済む」

「息子の方か。うちに来る際に、カモフラージュのために別行動してるんだったか? 今回は随分と裏目に出たようだが……知らせないつもりか?」


 訊くが、ラトールは何も言わない。

 確かに、子供に聞かせる意味のある話かというと微妙だ。だからそれ以上それについては何も言わず、代わりにラトールは鼻を鳴らした。


「ふん……まあいい。お前から礼なんぞ貰ったところで面白くもないしな。むしろ、それよりは謝罪のほうが欲しいものだ。そちらの方が自慢になる」


 礼はいくらもらっても足りないなどと考える者もいるが、世の中には例外がある。相手によっては害もあることを、ヒルベルトはこの友人から身をもって学んでいた。

 その理由をラトールは、苦笑と共に言ってきた。


「国王に謝罪させた男として、か?」

「……人払いはしてあるにしても、迂闊なことを言ってもらいたくはないんだが?」

「今のはどちらかというと、君が言わせたんだろうに」


 苦々しく呻くが、ラトールは――この王国クリスタニアの王である男は、気安く肩をすくめるだけだ。ようやく調子が戻ってきたようだが。

 その顔に噛みつくような心地で、愚痴を突きつける。


「正直なところ、お前の謝罪を記録に残せないのが悔しいところだな。おかげで私は死ぬところだった」

「……こんなことでかい?」

「私の領で、第四王女が誘拐されたんだぞ。いくら誘拐犯がお前の雇った王都のチンピラだとしてもだ。私を嫌いな連中は、こぞって責任を取れと騒いで、その通りに責任を取らさせるだろうよ」


 実際にそうなるかはわからないが、可能性だけで見ればありえる。それがわからないはずもないだろうが、それでも訊いてきたのは、思いのほか今回の事件が堪えていたからか。

 考え込むようにラトールは目を閉じると、疲れ切った声で、


「……君の命なんて、もらったところでどうしようもないんだけどな」

「それで得する奴がいるのだからしょうがない。私の立場に成り代わりたいという奴は多いだろうよ。だから嫌われている」

「南の国境守を、かい? 普段は辺境暮らしの野蛮な田舎者と蔑んでいるくせ?」

「そうだな。ついでに争い事しか知らぬ筋肉バカとも思っているんだろう。バカに過分な栄誉はいらんというわけだ。話にならんよ」


 うんざりと苛立ちを吐き捨てて、ヒルベルトは椅子にふんぞり返った。


「それで? いい加減本題に入ろう――お前、何の用でうちにきた」


 目の前の男、ラトール=クリスタニアはこの国の王だ。ヒルベルトの古い友人でもあり、古なじみでもある。そして今は迂闊に気を許せない自分の主だ。

 昔は友人として気安くしてもよかったが、今はそうもいかない。環境が変われば関係も変わる。友人だった男が王へと変わり、主として仰がねばならなくなった時、ヒルベルトはラトールから距離を取った。

 メイスオンリーは辺境の田舎貴族で、そんな馬の骨を王の側近として許容できるほど、王都の貴族は温くない。つまりは政治だ。それも、彼の大嫌いな政治だった。

 だからヒルベルトは極力、ラトールを含めた王都の連中とは付き合わない道を選んだのだが……


「ここに来たのは私的な理由だよ。というより、公的な理由が何もなかったから、お忍びで来る羽目になった」

「……私的な理由?」

「半分は君のせいなんだぞ?」


 そこでふっと、ラトールは笑ってみせた。先ほどまでの陰鬱な表情とは打って変わって、どこか楽しげなものを滲ませている。


「家臣連中は私のすることには反対だろうから、相談は出来ない。大事にもできないから騎士団を率いていくわけにもいかない。数人程度の護衛ならごまかせても、それ以上は大事になる。となれば、内緒で来るしかないだろう?」

「そんな大事に、私が関わってるとは思えないんだが」

「さっき君自身が言っただろうに」

「私が?」


 わからずに訊いた視線の先、ラトールはこう言ってきた。


「君を国境守から降ろせって話。あれ、最近になってまた増えてきてね」

「……ほう?」

「どこぞの馬の骨とも知れぬ家の者が、何百年も国境を守れるはずがない。メイスオンリー家はカールハイトと通じ合っている可能性があるとかなんとか。王都の貴族との縁がないのもマイナス要素だね。国への忠誠心が疑わしいから降ろせってさ」

「…………ふーむ」


 数秒ほど黙考して。

 到達した結論は、いっそ清々しいものだった。


「よしわかった。つまりは戦争だな? 任せろ。得意分野だ」

「秒で思い切るのはやめてくれ」


 朗らかに告げたのだが、何故かラトールに待ったをかけられて。きょとんとヒルベルトはまばたきした。


「何故だ。これはどう考えても喧嘩を売られてるだろう。どこのどいつか知らんが、売られた喧嘩は買いたたくのが我が家の流儀だ。何故遠慮せねばならん」

「彼らは話し合いで済むと思ってるからだよ。どこかに落としどころがあると思ってる。話し合う前から殴り合おうと思うのは君くらいのものだ」

「何をバカなことを。うちに何を期待しているのだ。メイスオンリー暴力以外に用はねえだぞ?」


 そもそもの話、メイスオンリー家は初代当主からしてチンピラの家系だ。

 その始まりはクリスタニアが建国された時まで遡るのだが。極端に言えば初代メイスオンリーは、初代クリスタニア王がたまたまスカウトしたその辺のチンピラなのである。

 なので一応は由緒正しい家系なのだが、貴族受けはすこぶる悪い。そしてメイスオンリーの側も王都の貴族とすこぶる相性が悪いので、お互いけんもほろろな関係が続いているのだった。

 それに一番苦しめられてきたのがクリスタニア王家だろう。その当代であるラトールは、疲れたようにため息をついた。


「まあ、君ならそう言うと思ってたよ。だから私がお忍びで来たんだ。仮にも私の国なのでね。戦争なんて起こさないよう、解決策を提案しに来た。それが今回の本題だったんだ」

「ふーむ……ようするに根回しか。ご苦労なことだな」

「本当だよ。誰のせいで苦労していると思ってるんだ」


 愚痴は聞こえなかったふりをして流した。どうせ大したことではない。少なくとも、ラトールの苦労はラトールの都合だ。ヒルベルトの都合ではないので気にしない。

 そんなこちらに、深々とラトールはまたため息をつくが。

 それで意識を切り替えると、ラトールはこう告げてきた。


「君、娘がいただろ」

「…………」

「そして、僕には息子がいる――というか今回、連れてきている」


 数秒ほど、黙考して。

 何度も何度も、彼の言葉を脳裏で繰り返し。

 そして到達した結論は、やっぱり清々しいものだった。

 率直に告げる。

 

「よしわかった。戦争か。戦争がお望みなんだな? いくらでもやってやろう。我が家は手強いぞ? 覚悟を決めろ――」

「落ち着いてくれヒルベルト。問題なのは国に忠誠を誓えるかで、それを示す簡単な方法があるってだけの話だ。そんな大したことは言っていな――」

「大した事!? 大事だろうが!?」


 その言いように――あるいはあまりにも呑気に言うラトールに。

 顔を真っ赤にしたヒルベルトは、腹の底から絶叫した。


「――どうして私の愛娘を、王家の嫁にやらねばならん!?」

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