第29話 綺羅の事情

「うわぁ〜〜〜ん!!」


 綺羅は和香里達の前で、まるで子どものようにわんわんと泣いている。


「わーっ!?綺羅、大丈夫だよ!えーっとえーっと……」


『これ見て泣きやめ〜!』


『うわーーーっ!?ゴコさんやめてください!!』


 和香里は慌て、ゴコはリスタルを掴んでその場で弾ませて華麗なドリブルをして綺羅をなだめようとしている。


「ゴコさんストップ!私は近くのコンビニに行って飲み物買ってきます!あと覇綺さんに綺羅さんを見つけたと伝えますので、和香里さんとゴコさんは綺羅さんの隣に居てあげてください!」


「わっ、分かった!」


 鳴は和香里達に指示を出すと、目を回しているリスタルを片手に抱えながらコンビニに向かって走り出した。


「ううっ……ぐすっ……」


 和香里はバス停の隣にあるベンチに綺羅を座らせ、とりあえず落ち着くまで黙って側にいる事にした。ゴコは黙って綺羅の頭をわしわしと撫でた。


 次第に綺羅は落ち着いていき、何とか話せる程度にはなったようだ。


「……ごめん、ありがと……」


「落ち着いた?」


「うん……」


 綺羅は和香里から渡されたハンカチで涙を拭きながらこくこくと頷いている。


「お待たせしました!」


 暫くして、コンビニから鳴が戻ってきた。鳴は綺羅にペットボトルのお茶を手渡した。


「翡翠……ありがと……」


「どういたしまして。あの、綺羅さんは何故こんな所に?」


「……物」


「?」


「魔物……見に来た……」


「……えっ?」


『キラさん、魔物が分かるんですか?』


「……最初は、ただの勘違いだと思ってた。突然橋が封鎖されたり、変な事故が起こったり……でも、暫くしたら皆んな事件や事故の事を忘れて……」


「……周りで何か事件が起こってた事、綺羅は覚えてたの?」


「うん……海に大きな魚が現れたとか、橋に巨大なイノシシが出たって話とか……明らかに規模が大きかったり、魔物っぽいものが現れた事件は、暫くしたら忘れ去られてて……」


 どうやら綺羅は、アルカナを所持してないにも関わらず事件の事はずっと覚えていたらしい。


「で、ある日ついに現実でアルカナカードの魔物に遭遇したんだ。魔物があたしに向かって腕を振り下ろしてきて、もうダメだーって思った時……兄ちゃんが知らない人に指示出して魔物を倒したんだ。あの時の兄ちゃん、知らない人に指示する時にアルカナカードを使ってたから、多分あの時見た知らない人は兄ちゃんのアルカナだったんじゃないかなって思ってる」


「で、魔物が消えたら……さっき魔物が壊した建物が元に戻った。それでようやく、今まで事件が忘れられてたのは、誰かがアルカナを使って魔物を倒したからなんだって思うようになった」


「休日に和香里がアルカナっぽい子を連れて歩いてて……カードゲーム部の翡翠も、アルカナっぽい子を連れてて……いいなって……もしかしたら、アルカナ持ってる翡翠や和香里のいるカードゲーム部に入れば、あたしもアルカナ手に入るんじゃないかって思って……」


(あの時、妙に綺羅の態度が変だったのはそういう事だったんだ……)


「……あと、もしかしたら魔物が現れた場所に行けばアルカナが手に入るんじゃないかと思って……」


「綺羅さん、事件が起きるたびにこうやって自分の足で現場に来てたんですか……?」


「うん……でも、いつもは既に魔物が倒された後だったり、魔物が出たと思ったら一瞬で消えたり……中々上手くいかなくて……」


「綺羅……」


 綺羅は手に持ったペットボトルをじっと見つめ、強く握りしめた。


「そっか、綺羅は今までアルカナが欲しかったから、外で変な事件が起こる度に部活動を休んで……」


「……綺羅さん、貴方の気持ちは物凄く分かります。もし私も綺羅さんと同じ状況だったら、きっと綺羅さんと似た事やってたと思います」


「翡翠さん……」


「でも、これからは現場に行くのはやめた方がいいかも。私、前にスペルドラゴンと戦った時に空から落ちそうになってさ、危うく大怪我する所だったんだよ。アルカナカードを使える私でも危ないから、出来れば現場には近寄らない方がいいよ」


「和香里……ごめんなさい」


 綺羅は疲労もあるのか珍しくしおれており、弱々しく謝罪を述べている。


「うん、綺羅が無事で本当に良かった……あっ、覇綺来たよ」


 和香里がそう言った所で、遠くから巨大な犬の姿をしたツルギに乗った覇気が現れた。


「綺羅!大丈夫か!?」


「兄゛ち゛ゃ゛〜ん゛!」


 覇綺がツルギから降りて綺羅に駆け寄ると、綺羅は再び泣き出してそのまま覇綺に泣きついた。


「綺羅……」


 覇綺は泣き続ける綺羅を心配そうに見つめている。


「スマホも電源無くなって、バスも無くて途方に暮れてたみたいで……」


「そうか……2人とも、綺羅を保護してくれてありがとう」


 覇綺は泣きつく綺羅を抱き寄せたまま、和香里達に頭を下げた。


「……あっ、そうだ。綺羅さん」


「……何?」


「もし宜しければ、この後私達は赤葉峠の頂上で『魔法のホウキ』で空を飛ぶ練習をするのですが……綺羅さんも来てみますか?」


「えっ……?」


「綺羅もアルカナをはっきり見れるみたいだし、魔物の事も覚えてるから、もしかしたら箒も乗れるかもしれないもんね」


「……うん!行きたい!あたしも箒乗ってみたい!」


「よし、決まりだね!」


「そうだ、覇綺さんも来ますか?自力で飛ぶ練習をすれば、いざという時に役に立つと思うのですが……」


「うん、俺も行こう。その時に綺羅も一緒に連れて行く」


 恐らく今までの出来事や私達の様子から色々と察したようで、覇綺は綺羅も交えた飛行訓練に賛同してくれた。


「ありがとうございます!」


「じゃあ、後で赤葉峠のてっぺんに集合ね!」


「うん!またね!」


 後で会う約束をして、すっかり元気になった綺羅は笑顔で和香里達に手を振り、覇綺と一緒にツルギに乗ってこの場から去った。


「綺羅さん、元気になって良かったです……さて、私達は先にコンビニ寄ってから赤葉峠に行きましょうか」


「そうだね」


(綺羅も魔物の事が分かるんだ……もしかしたら、いつか私達と同じようにアルカナを持てる日が来るかな……)




 そして数十分後……


 月明かりに照らされた赤葉峠の頂上で、和香里達は『魔法のホウキ』に乗って空を飛ぶ練習を始めた。


「うーん……ちょっと浮いたけど、そこから全然浮かび上がらない……鳴、コツとか分かる?」


「考え過ぎない事……ですかね?」


『ボクもそう思います!とりあえず飛びたい気持ちを持つ事だけを意識するんです!』


「飛びたい気持ち……で、覇綺は既に空飛べてるけど……空飛ぶのってコツとかある?」


「感覚だ」


「全然分かんない……」


 以外と箒で空を飛ぶのは難しかった。そんな中……


「見て!箒持ってダッシュしてジャンプすると飛距離が伸びるよ!」


 綺羅が先程から箒を掴んだままジャンプを繰り返している。通常と比べて明らかに跳躍力も飛距離も伸びている。


「おーっホントだ。結構飛ぶね」


「この感じ、空飛ぶ感覚掴めそうで結果良い練習になりそうですね」


「でしょ!?」


 箒を持って走り、時折ジャンプする動作をしたりと、空を飛ぶ為に色々と試行錯誤をしていく。そしてついに……


「よしっ!食べた!」


「分かりました!コツ掴めましたよ!」


 1番目に綺羅が見事に空を飛び、2番目に鳴がフラフラとしながらも上空へと飛び立った。


「と、飛べた……」


「和香里、ナイスファイト!」


 そして最後に、誰よりも頼りない飛行だが何とか和香里も空を飛び、皆んなで綺麗な朝焼けを眺めたのだった。

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