第28話 田舎道でばったり

夕方、才語家のリビングにて……


「えーと……ゴブリンは攻撃力、ビッグラットは体力、ピクシーは魔力が高い、と……」


「そうそう。見れば分かる簡単な事だけど、その知識を頭に入れておくだけでも全然違うからね!」


 和香里は弟の和方から、アルカナカードについて色々と教えて貰っていた。


 今まではルールを教えて貰ったり、和方と簡単にゲームをしたりしていたが、今日はカードの簡単な知識だ。


 「何となく頭に入れるより、しっかり学んで頭に入れた方が遥かにいい」との事で、和香里でも知ってる基礎中の基礎をじっくり学んでいた。


『……』


 和香里の隣にいるゴコは、先程からずっとテレビのバラエティ番組を難しそうな顔をしながら見つめている。


「魔力を集めて魔物を召喚する時にゴブリンやビッグラットの魔力を使用するのは勿論いいけど……魔力ピッタリになるからってゴブリンじゃなくてビッグラットを犠牲にして、後で体力を集めて魔物を呼び出すってなった時に「魔物の合計体力が100足りない!さっきビッグラットじゃなくてゴブリン犠牲にしてれば足りたのに!」って事になったら悲しいからね!そうならないように、あらかじめ使用する魔物を理解しておくのも大事なんだよ!」


「成る程ね……」


 和香里は和方の話を真面目に聞く。ゴコは相変わらずテレビを見つめている。


「和方〜そろそろお風呂入っちゃいなさい」


「はーい!姉ちゃん、続きはまた明日ね!」


「またね〜」


 和香里はリビングから去る和方に軽く手を振りながらカードを片付ける。


(和方が教えてくれた知識はどれも基礎中の基礎の情報だけど、実際に魔物と戦う時に役に立つ時があるかもしれないからね)


 なんて考えながらカードを抱えてゴコと一緒に自室へと戻った。すると、鳴からチャットで1つの画像が送られて来た。そして『魔物が現れたようです。これ、SNSで流れてきた画像です』の一言が添えられていた。


「うわっ!?何これ!?」


 遠くから撮影したものなのか画像が荒かったが、画像には『犬に似た顔をした魔物』が映っていた。魔物は周りの畑を荒らし回っているようだ。


 更にチャットには『コボルトが映っている画像はこれだけじゃありません』という言葉と、この画像が撮影されたと思われる場所の詳しい地名が書かれていた。


「ゴコ!魔物出たみたいだから外行くよ!」


『おう!』


 和香里は私服に着替えて自分に『隠密』と『分身』のカードを使用し、自室に分身を置いてから急いで外に出た。



「……あっ!居た!」



 いつものように夜の空を飛んで移動し、あっという間に現場に到着した。目を凝らしてよく見ると、そこには画像通りの魔物がその辺の地面を荒らしているのが見えた。


 更に現場近くの道路の上には既に鳴の姿があり、リスタルに指示を出して広範囲に魔法を撃って周りのコボルトを蹴散らしていた。


「鳴、お待たせ!」


「和香里さん!来てくれてありがとうございます!」


 こうして和香里も合流し、ゴコをとリスタルの2人であっという間にコボルトの群れを討伐したのだった。


「和香里さん、ゴコさん、ありがとうございました!」


『お2人が来てくれたお陰でだいぶ楽でした!』


 コボルトを全て倒したお陰で、周りの荒らされた畑や破壊された建造物が元通りになった。


「いや、私達が来た時には鳴達が殆ど倒してくれてたみたいだし……でも、何とかなって良かったよ」


『リスタル!よく頑張った!』


『えへへ……ありがとうございます!』


「そうだ!この近くに美味しい団子屋さんがあるんですよ!そこで皆んなで一服しませんか?」


「いいね!行こ行こ!」


「決まりですね!……あっ、少し待って下さい!闘志さんに魔物を全て倒したと報告しないと……」


 鳴がチャットアプリを開いてメッセージを送ろうとスマホを開く。和香里は何となく周りを見回して静かな景色をじっくり眺めた。綺麗に手入れされた畑、街灯に照らされた田舎の道路、明かりが灯る民家……


(……ん?)


 ふと、妙に顔が整ったシンプルな装いの人と目が合った。何故かは分からないが相手の外見を見た瞬間『不自然』だと思ってしまった。


(街っぽい人がこんな片田舎にいるのが不思議に感じただけかな……)


 和香里がシンプルな装いの人をぼーっと眺めていたら、相手は和香里達から目を逸らして何処かへと歩き去った。多分相手も、こんな人気の少ない場所に人が2人もいる光景が珍しかったのだろう。


(『隠密』使ってても、一般人はそこに何か居る事は分かるらしいし……特に気にする事は無いかな)


「よし、闘志さんにメッセージ送りました!……和香里さん、どうしました?」


「……いや、何でもないよ!さ、早く皆んなで団子屋さん行こっ!」


 いくら何でも、ただ少し不自然に見えただけで『魔物の仕業』なんて言っていたらキリが無い。和香里は先程のシンプルな人の事は忘れ、4人で団子屋さんに向かって歩き始めた。




「あ〜閉店かぁ……」


 そこそこの田舎道を歩く事数分後、明かりの消えた団子屋さんを発見した。扉に近付いてみると、そこには『本日の営業は終了しました』の文字が書かれた看板が。


『時間が時間でしたからね……』


「8時ならまだチャンスはあると思ったんですけどね……」


 お店の前で目に見えて落ち込む鳴、団子を相当楽しみにしていたのだろう。


「ま、仕方無いって。また次回チャンスがあったら一緒に行こうよ」


「ありがとうございます……そうだ、和香里さん。この後、少しやってみたい事があるのですが……時間はありますか?」


「あるよ。何かやりたい事ある感じ?」


「はい。これを使ってみたくて……」


 鳴は1枚のカードを取り出すと、その場で使用して1本の箒を場に出した。


「これは武器カードの『魔法のホウキ』です。この箒に乗ると……」


 鳴はそう言いながら手に持っていた箒に座った。すると、鳴を乗せた箒がゆっくりと宙に浮かび始めた。


『浮いた!?』


「凄い!アルカナカードの道具って人間でも使用出来るんだ!」


「はい、アルカナの力を使わなくても飛べるんです」


 鳴はゆっくりと降下してコンクリートの地面に着地し、その場で箒を手放した。箒は地面に落下する前にスッと消え去った。


「もしもの時に備えて、この魔法のホウキで空を飛ぶ練習をしてみたくて……和香里さんもどうですか?」


「やるやる!私も箒に乗って飛んでみたい!」


「決まりですね。では早速……」


「鳴、ちょっと待って。その前にコンビニで飲み物買ってきていい?」


「あっ、私も行きます。私も丁度喉が渇いたので……」


「分かった!じゃ、一緒に行こ!」


 そして和香里達は近くのコンビニに向かって歩き始めた。近くの畑では風が作物を揺らして音を奏で、街灯の古い蛍光灯は不規則に点灯している。


 中々に趣のある道を歩いていると、ゴコが突然その場で立ち止まった。


「ゴコ、どうしたの?」


『今、あっちで聞き覚えのある声がした』


「えっ?こんな所に知り合い?」


 和香里達はその場でキョロキョロと辺りを見回し、ゴコが聞いた声の主を探した。


『あっちだ!』


 ゴコは遠くにある、1つの街灯に照らされたバス停を指差した。そこには1人の女性がおり、バスの時刻表をじっと見つめていた。


「こんな時間に1人で……?あと、この時間に此処にバスは来るのでしょうか……」


「あの人大丈夫かな……」


 聞き覚えのある声と聞いて更に心配になった和香里達は、とりあえず知り合いが居るかもしれないバス停に向かって歩いた。近付くにつれ、相手の顔がはっきり見えてきた。


「……あれ?バス停にいるのって綺羅じゃない?」


「えっ……あっ!本当だ!」


 バス停に居たのは私服姿の綺羅だった。綺羅は困った顔でじっとバスの時刻表を見つめている。


「綺羅ー!」


「綺羅さーん!」


 和香里達は大声で綺羅の名前を呼び、急いでバス停にいる綺羅に駆け寄った。


「綺羅ー!大丈夫!?」


「えっ……ええっ!?和香里!?鳴!?」


 遠くから名前を呼ぶ和香里達に気が付いた綺羅は驚き、時刻表から目を逸らして和香里達を見た。


「わ、和香里ぃ……」


 綺羅は珍しく弱気な様子で、声を震わせながら和香里を見つめていた。


「何でこんな所に居るのか分かんないけど……もしかしてバス無くて困ってた感じ?」


「そ、そんなトコ……かな。スマホも電源切れちゃって、どう帰るか考えてた所で……あはは……」


 とりあえず無理に笑う綺羅だが、その目には涙が溜まっていた。帰る手段が無くなり心細くなっていた所で、都合良く知り合いと出会えてホッとしたからだろうか。


「あ、あれ……何で涙が……」


「綺羅、私達がいるからもう大丈夫だよ!」


『そうだ!ゴコもいるから百人力だ!』


 和香里は慌てて今にも泣き出しそうな綺羅を励ます。それに倣ってゴコも綺羅を慰める。


「和香里……うぅ……うわぁ〜〜〜ん!!」


 逆効果だった。緊張の糸が切れたのか、綺羅は和香里達の前でわんわんと泣き出してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る