第2話 一難去って、また一難

 和香里はとりあえず、ゴコを連れて家に帰る事にした。


 帰る道中も、やはり周りからゴコの奇妙な姿を指摘される事は無かった。


「ねえゴコ」


『何だ?』


「何であの怪物は暴れ回ってたの?」


『分かんない!』


「そっか……」


 結局、カードの怪物が暴れ回っていた原因は謎のままだ。しかも、帰宅中も怪物が暴れた跡を一切発見できず、更に謎が深まった。


(怪物が暴れた跡は完璧に消えてるみたい。これってどう考えても怪物倒した事と関係あるでしょ……)


 怪物を倒せば怪物のした事は無かった事になり、一般人の頭から怪物の記憶も消える。


(もしそうなのだとしたら……ただ忘れてるだけで、私もカードの怪物が暴れる事件に何度も遭遇してたのでは……?もしかしたら、私の他にもアルカナバトラーがいて、事件を解決して回ってるのかも……?)


 そんな事を考えつつ、和香里は母親が待つアパートの一室に戻った。


「ただいま〜」


「おかえりなさい」


 和香里の母親も、和香里について来たゴコに特に言及しなかった。


 和香里はとりあえずゴコを自室に招き入れた。


(どうしよう……とりあえずゴコと仲良くした方がいいかな……)


「えっと……ゴコ、お菓子食べる?」


『食べる!!』


「はい、さっきコンビニで買ったクッキーあげる」


 ビニール袋の中から袋入りクッキーを取り出し、袋を開けてゴコに手渡した。ゴコは袋からクッキーを鷲掴みしてボリボリと食べ始めた。


「おいしい?」


『んまい!!』


 ゴコはチョコチップが混ざったクッキーを笑顔で頬張る。


「さっきは怪物倒してくれてありがとね」


『お安い御用だ!!』


 クッキーをバリバリ貪り食べながら笑顔で答えるゴコ。先程大きな怪物と戦い勝利していた子とは思えない程に無邪気だ。可愛い。


(大きな妹ができたみたい……いや、そもそもアルカナバトラーって何したらいいの!?ゴコなら何が知ってるかな……?)


「……ゴコ、アルカナバトラーって何をするの?私は何をすれば良いのかな?」


『我が道を行け!』


「……アルカナバトラーって、特に目的とかやる事とかは無いの?外に現れた怪物を倒して回るとか……」


『アルカナバトラーの道は人それぞれだ!』


 どうやらこの能力を手に入れたからと言って、何か特別な事をしなければならない訳では無いらしい。



「ただいま〜!」



 ゴコから何の答えも得られないまま時刻は午後5時30分になり、弟の和方が家に帰宅し、少しして父親も帰って来た。家族が居間に集まる気配を察知し、とりあえず和香里もゴコと一緒に居間に移動した。


「おい、帰りにデカいイノシシ見たぞ」


「イノシシ?」


 廊下を歩いていると、居間にいる父親が唐突にイノシシ情報を報告し始めた。和香里は思わず足を止め、話に耳を傾けた。


「帰りにデカい橋の上を走ってたらな、突然目の前にデカいイノシシが現れてよぉ」


「デカい橋ってあの上龍大橋の?あんなとこにイノシシ出たの?」


「車くらいデカいイノシシがこっちに走ってきてよ、咄嗟にクラクション鳴らしたら驚いて端によれて、柵ぶっこわしてそのまま下に落ちていきやがった」


「やーねー、それちゃんと警察に通報したんでしょうねぇ」


「したした、今頃は警察が群がってんじゃないか?」


「……」


 和香里は廊下から奇妙なイノシシの話の一部始終を聞いていた。車並みに大きいイノシシは、もしかしたら今日の昼間に見た怪物と同じ物なのかもしれない。


『ワカリ、どうした?』


(もしイノシシの正体が昼間と同じ怪物だとして、怪物を倒したら怪物の被害が全て無かった事になる現象が事実なのだとしたら……)


 廊下で1人熟考し、一つの答えに辿り着いた和香里は大急ぎで部屋に戻り、財布片手にゴコの前に戻ってきた。


「……ゴコ、まだ動ける?」


『おう!元気満タンだ!!』


「よし!ゴコ、今から怪物倒しに外に出るよ!」


『おう!』


(お父さんがイノシシの事を覚えてるって事は、まだイノシシの怪物は生きてる!倒しに行って怪物の被害を全て無かった事にしないと!)



「お母さん!ちょっと買い忘れたものあるから近所のコンビニ行ってくる!」


「はいはい、多分大丈夫だろうけどイノシシに気をつけてね〜」


「いや、あの高さから落ちたんならもう大丈夫だろ。和香里、ついでに父さんの酒のツマミにサラミ買って来てくれ、余った金は好きに使っていいから」


 父親は和香里に500円を手渡した。


「ありがとう!じゃあ行ってくるね!」


「姉ちゃん、俺にもお土産宜しく〜」


「分かった!行って来まーす!!」


 和香里はゴコを引き連れて大急ぎでアパートから飛び出し、人気の無い道路に出た。


(私が全力で走っても橋に到着するまで30分以上は掛かる……でも、めちゃくちゃ強いゴコに背負って移動してもらえばもしかしたらすぐ到着するかも……ゴコは人に見られてもあまり印象に残らないみたいだから、私が背負われてる姿を見られても大丈夫……な筈……いや、今は非常事態!そんな事考えてる暇は無い!)


「ゴコ、私を背負って全力で走れる?」


『大余裕だ!!』


 和香里は今の所、カードからゴコを出す以外は何も出来ない。本当はゴコ1人で怪物が出た現場に向かわせたかったが、ゴコは橋の場所を知らないからあっという間に迷子になるだろう。


 ゴコを怪物にぶつける為にも、和香里はゴコを目的地までナビゲートしなければならない。


『ゴコの頼れる背中に乗れ!』


「宜しくね!目的地は私が案内するから!とりあえずあっちに向かって走って!」


『おう!では、出発進行!!』


 ゴコは和香里をおんぶすると、その場で飛び跳ねて全力で道路を走り始めた。



「速っ!!」



 ゴコは和香里をおんぶしているにも関わらず、物凄く速かった。


『ひゃっほーーー!!』


 ゴコはハイテンションで道路の上を走り、目の前を走っている車を次々と追い越していく。その間、道行く人達はゴコと和香里の事は特に気に留めてなかった。これなら和香里に関する変な噂は流れないだろう。


『そうだ!ワカリはカード沢山持ってきたか?』


「カード?もしかして魔物や道具が描かれたカードの事?」


『そうだ!』


「えーっと……1パック開けたやつと、倒した怪物のカードを含めて6枚あるよ。もしかしてこのカードで何か出来るの?」


『出来る!道具や武器のカードをゴコのカードの上に乗せれば、そのカードの力を使う事が出来る!』


「マジ!?じゃあカード沢山持ってたらゴコはもっと強くなるって事!?」


『そうだ!』


「マジか……」


 どうやらアルカナ以外のカードにも重要な役割があったらしい。和香里は手元にあるカードを見つめる。


「……ゴコ!あの青く光る建物の前で止まって!追加でカード買ってくる!」


『おう!』


 ゴコは和香里の指示通りにコンビニの前で急停止した。和香里は大急ぎで背中から降りて店内に入ると、アルカナカード5パックとお使いのサラミ、おまけにゴコへのご褒美としてチョコレートクッキーを1枚購入し、急いで外で待つゴコに駆け寄った。


「お待たせ!とりあえずあっち目指して走って!」


『おう!』


 ゴコは再び全力疾走する。獣耳の女子におぶられ、車を追い越して走る光景はあまりにも非現実的だ。だが、絶え間なく顔にぶつかる風や、ゴオゴオと耳に入ってくる風の音が和香里に「これは現実だ」と、丁寧に教えてくるようだった。



 更に走り続け、数分後……



 ついに目的地の上龍大橋近くに到着した。遠くに見える大橋の近くにパトカーが止まっているのが見える。どうやら警察は現場に来たばかりのようだ。


「ゴコ、橋の下の河川敷に降りて!」


『おう!』


 人気の無い場所から河川敷に降り、明らかに荒らされている地面の上をひたすらなぞって走り、巨大イノシシを探した。



(居た!)



 そしてついに、現場から遠く離れた薮の中に巨体の黒っぽいイノシシを発見した。


『ブルルルルル……』


 車よりも大きな見た目、聞いたことの無い異様な鳴き声、そしてイノシシの周囲にチラチラと舞い散る火の粉からして、明らかに普通のイノシシとは違った。どう見てもあれは昼間に遭遇した怪物と同系統のものだった。


(今はまだ暴れてないみたい……でもアレ、昼間見た怪物よりデカいかも……)


 2人はイノシシからそれなりに距離がある場所で停止し、その場でしゃがみ込んだ。巨大イノシシにバレないよう、小声で言葉のやり取りをする。


「(ゴコ、あれ倒せそう?)」


『(分からない!だが、武器があれば楽勝だ!)』


「(武器かぁ……)」


 和香里はポケットから取り出したカード6枚を見つめた。魔物カードが4枚、『開錠』、『飛翔』と書かれたカードが1枚ずつ。武器のカードは手元に無いようだ。


「(ゴコ、私は今から武器を手に入れる為にカード開封するから、ゴコはあのイノシシを見張ってて……!)」


『(おう!)』


 和香里はゴコにそう伝えると、ビニール袋の中からアルカナカードのパックを1つ取り出した。


『(ワカリ)』


 封を切って中身を確認しようとしたその時、ゴコが和香里の袖をクイクイと引っ張りながら一言話しかけてきた。


『(ワカリ、アレ)』


「(ん?何かあった?)」


『(アレ、やばくないか?)』


「……えっ?」


 和香里が顔をあげると、そこにはいつになく真剣な顔をしたゴコの姿が。ゴコが指を指した方角を見ると……


「ねぇ、もうやめようよ……」


「大丈夫だって!アイツ結構鈍そうだし、もっと近付けるって!」


 何とそこには、スマホ片手に巨大イノシシにズンズンと近付いていく男女2人の姿が。足音も話し声も大きい、このままではあの2人は怪物に襲われてしまう。


 怪物を倒したら全て元通りになるかどうかはまだ定かでは無い、だがそれ以前に目の前で人が襲われるのをただ黙って見過ごすような真似は出来ない。


「(ゴコ!あのイノシシを止めてあの2人が逃げる時間を稼いで!)」


『(おう!)』


 ゴコは元気に返事をすると、その場から飛び出して巨大イノシシの怪物目掛けて突進していった。


『グルルルルル!』


「やば!気付かれた!!」


 一方、巨大イノシシはついに2人に気付いた。イノシシはその場で地面を蹴って興奮している。今にも相手に向かって飛び出しそうだ。


『止まれ!!』


 飛び出す瞬間、巨大イノシシの前にゴコが現れてイノシシの突進を力づくで止めた。


『今のうちに逃げろ!!』


「……あっ!はい!」


 大人しそうな青年は戸惑いながらも頷き、スマホを構えたまま地面に尻餅をついている女性に肩を貸して無理矢理持ち上げ、急いでその場から退散した。


『ぐむむむむ……てりゃあっ!!』


 ゴコは巨大イノシシを真横に思い切り投げた。イノシシはグルルと不機嫌そうな鳴き声を上げながら立ち上がり、ターゲットを一般人からゴコに定めた。


 ゴコは自分よりも何十倍も大きい相手と向かい合い、改めて戦闘体制を取った。


『さあ、試合開始だ!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る