血の流れぬ拷問

 それはとある船着き場にて。真っ白なシャツを着た男が煙草を咥えて立っていた。「夜だっつーのに、暑いな。ったく」なんてぼやきながら、海を眺めていた。


「誰ですか?」


 そこへ薄青色の警備員服を着た女性が近づいて来た。


「ただ海が好きなおっさんだが? ふーん。お前、べっぴんじゃねーか。あぶねーぞ、女の子が一人で暗闇を歩いてたら。しかも俺みたいな男に近づくのは。いくら治安の比較的良い日本といっても、犯罪っつーのは人知れず起こってるんだ。ほら、だからどっか行ったどっか行った」


 しっしと女性警備員を追い払おうとする男。しかし、そんな彼の言葉に反して、女性警備員はその場を去らなかった。


「お気遣いどうも。ですが私はフォルテですので、そのあたりはあまり心配していないんですよ。だからあなたも変な気を起こさない方がいいですよ」


 なるほど、この女性はフォルテらしい。


「へーフォルテか。だが俺もフォルテなんだよ」


「そうですか。で、人類の救世主なんてもてはやされる人が黄昏ちゃってどうしたんですか? 何か自分の能力で成し遂げたいことでもあるんですか?」


「! 変わった事を聞くな、ねーちゃん。ま、あれだな。この世界の矛盾を晴らす、かな。そういうお前は? 自分の能力で何を成し遂げる?」


「世界中を光で満たし、闇たる魔物をせん滅する。それが私の目標です」


「ほーん。マジかまさかお前がこっち側の人間だとはな」


「見た目に騙される人が多いですからね。あなたを含め」


「うぐ。まあ今後は気を付けるよ」


 その後、色々な品物の取引をする二人。その中には盗聴機能付きの魔道具や、危険な能力が込められた魔道具などが入っている。


「! 人が来てる。それも数名」


「不味いわね。厄介な奴らね、ほんと」


 これ以上ここにとどまるのは不味い。そう判断した二人は一瞬のうちに真っ黒な服装に着替えた。と同時に魔道具を使って、先ほどまで自分たちが着ていた服を身に着けた人物の幻覚をそこに作った。


 二人が明るい服を着ていたのはこのためでもある。あえて目立つ格好をすることで、仲間に気づかれやすくし、逆に敵に見つかったときに偽物へ注意を向けさせることができるのだ。



「頼む」


「了解です。『生命探知』……いました」


 索敵系の魔法にはいくつかの種類がある。火属性系統の索敵魔法は、人間が発する熱を探知する。そしてこれは、熱を持った人形でごまかすことができる。

 次は風系統。これは人が動いたときに出る空気の振動を利用して探知を行う。これも、動く人形でごまかす事ができる。

 無属性魔法による索敵。風兎が使う魔法の下位互換のようなもので、人間が持つ魔力を察知する。こちらもどうとでも誤魔化すことができる。

 要するに、基本的に索敵をごまかす手段はいくらでもあるのだ。


 しかし。基本的に誤魔化す事のできない探知魔法が一つだけ存在する。世間からは秘匿され、極限られた人間しか知らないその魔法の名は「生命探知」だ。生命探知は光属性に近い無属性魔法で、生命自体を感知することができる能力だ。

 誤解を招くような言い方をあえてすると、この魔法は「超広範囲に回復魔法をかけることで『むむ、あっちで誰か回復したぞ!』というのを察知する」という機序で働く。それ故、いかなる方法でも誤魔化す事が出来ないのだ。


 そんな訳で、色々な手段を以て行方を誤魔化そうとした二人も、その甲斐なく見つかってしまう。


「じゃ、ここからは俺の出番だな」


「お願いします、七瀬さん」


 七瀬拳斗。魔法武術では右に出るものはいないとされている……されていた人物だ。風兎が一蹴したものだから誤解されているかもしれないが、この人は普通に強い人物だ。

 しかも、この人は風兎から根掘り葉掘り聞き出した「防御破壊を防ぐ方法」を理解し、消化し、そして自分なりにアレンジを加えて、新しい技を幾つも編み出した。

 もう一度言う。この人は物凄く有能で、物凄く強い人物だ。



 結局捕まってしまった二人は、強力なデバフをかけられたまま、牢屋へと入れられた。この後、二人は別々にごうも……ではなく事情徴収を受けることになる。


「一応聞く。知っている情報を全て話せ。俺も非人道的な事はしたくない」


 当然二人ともしらばっくれた。

 が、この二人に関しては事前に情報が揃っており、冤罪の心配はない。ごう……尋問は続く。


「まあそう言うだろうな。さて、お前たちに朗報がある。なんだと思う? そう、魔法の進歩だ。昔だったら思わず目も逸らすような、R18Gタグをつけなきゃならんような凄惨な事を行うのだろうが、今はそんなことしなくたっていいんだ。……頼む」


「ええ。『鏡人形』」


 女性によってとある魔法が使われる。鏡人形と呼ばれるこの魔法は、一時的に人形に人の魂を移す魔法だ。こうなると、全てを素直に話す人形に二人はなってしまう。嘘はつけない。

 なお、この魔法が裁判などで広く使われていないのには理由があって、精神に少なくないダメージが入る。それ故に一般の事件について、この魔法が用いられることはない。


「改めて、すごい魔法だよな」


「操る私が言うのもなんですが、恐ろしいですね……」


「まさに『血の流れぬ拷問』だな」


「ええ」



◆ Side 風兎


 紅葉さんに呼び出された俺たち。紅葉さんは開口一番にこんな事を言った。


「お母さまが、光の巫女に関する重要な情報を得たらしいわ」


 ほう。いったい何が分かったのだろうか?

 あと、どうやって分かったのだろう? スパイでいるのかね? まさか捕まえた敵をごうも……いやいやそんな訳ないか。


 でも、この世界っていちおうダークなファンタジーだし……。ま、まあ考えないようにしておこう。




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