麒驎刺し

 七瀬さんが馬刺し、ではなく麒驎刺しに少し嫌悪感を感じていたので、注意して料理しようと思う。

 幸いにも七瀬さんは日本人であり、お寿司と言う形で生肉(魚肉)を食べたことはある。だからそれと近しい雰囲気を出せば、嫌悪感も薄れるのではなかろうか。そう俺は考えた。


「それじゃあさっそく、『魔力包丁』」


 魔力を手元に集め、無属性の包丁を生み出す。簡単そうに見えて案外使いこなすのに時間がかかった技だ。なんならつい最近まで使えなかったんだよな。

 魔力で包丁を作ろうと考えたのは、桜葉先輩たちとビッグサンドトカゲの「ビッグな肉」を調理したときに無属性魔法で肉を切ったとき。これができるのなら、魔力で包丁を作れるのではないかと思いついたんだ。

 ただ、これが想像以上に難しかった。魔力を手の先にとどめ、それを精密に動かすのが慣れるまでは上手く行かなかったんだ。

 最終的に包丁っぽい形状にするのは不可能と判断し、代わりに魔力を手掌の小指側に集めるようにしたら上手く行った。分かりやすく言うと、魔力で強化した手刀って感じかな。

 その様子を傍から見ると、手刀で食べ物をスパスパ切っているように見えるようで、初めてそれを見た宮杜さんはギョッとしていた。七瀬さんは「お父さんみたい」って言っていたけど、あの人料理するんだ……。


 話がそれてしまった、今は麒驎刺しを美味しく頂く時間だ。

 魔力包丁で肉を薄くスライスする。こうすれば色もピンクっぽくなって「肉」感が薄れるだろう。分厚めにスライスした物も作っておく。俺はこのくらいの厚さのほうが好きだ。


 盛り付けも刺身っぽく見せるために大根のつま、紫蘇、それっぽい木のお皿を用意した。木の皿に大根のつまを乗せてその上に紫蘇を置く。そこに切った肉とおろしニンニク、おろし生姜、それからわさびを盛って、うんいい感じだ。

 切った「だいだい」も添えておこうか。懐かしいな、コレ。10層の裏ボス「雪見だいだい」のドロップアイテムである。


 これで「マグロです」って言われても納得してしまうような見た目にできた。これで嫌悪感が薄れたらいいのだが。


 まあこれは好みの問題だ、どれだけ工夫しても無理なものは無理だし。取り合えずこれを出してみて様子見。これも「ちょっと無理」と言われたらその時は諦めるし、食べれそうならもう一品作っていこうと思う。



「ほー、確かにこう見たらただのお寿司って感じだね!」

「このお皿、おしゃれでいいですね!」


「そう言ってくれてよかった。それじゃあ、食べてみようか。いただきます」


「「いただきます」」


 さて、実は俺もどんなお味なのかドキドキしている。一応、馬刺しを前世で食べた覚えはあるんだが、どんな味だったとか一切覚えていない。実質初めてみたいなものだ。

 小皿に入れておいた醤油にニンニクと生姜を入れて混ぜる。それから麒驎刺しを箸でつまんで、ぺちゃりと浸す。それを口に運んで……。


「ん! なるほどこんな感じか。うん、普通に美味いな」


「マグロって感じではないですね。うーん、マグロよりも柔らかい?」


「ローストビーフみたいかも? 思ったよりも美味しいね、臭みもないし」


 なるほど、想像してたよりは美味いな。こう、肉を食べてる!感があって、俺は好きだ。ただ、馬刺し好きには申し訳ないけど、麒驎刺しと牛ステーキだったらどちらを選ぶと聞かれたら牛ステーキを選ぶかなあって思った。

 とはいっても、麒驎刺しは応用が利くけど、牛ステーキは牛ステーキとしてしか食べれないからな。その点では麒驎刺しも良いのではなかろうか。


「じゃあ、卵を載せたネギトロ丼を作ってくるよ」


「あ、それは私がやります!」

「じゃあ私も! 赤木君は休んでよ」


「そうか? じゃあお願いしようかな。あ、肉を切るのは俺がやるよ」


「あ、そうでしたね」

「あれは赤木君しかできないよね」



 熱々のご飯の上に大葉を乗せて、その上に麒驎刺し、ねぎ、みょうが、カイワレ、紫蘇を乗せる。最後に中央に卵黄を乗せて完成、麒驎刺しのネギトロ丼だ。


 こういう時の卵黄って割るべきだろうか、割らないべきだろうか。人類史上最大の疑問と言っても過言ではない問題だが(過言です)、俺は個人的に割るべきという説を押したい。黄身を割って、麒驎刺しやご飯に絡ませて食べる、これが美味いと思うんだ。


 卵黄をプチッと割ると、そこからトローっと君が溢れてきて、麒驎刺しの上を流れた。黄色いベールを纏った麒驎刺しを口に運ぶ。


「うん、これはうまい! めっちゃ俺の好み!!」


 すっごい美味い! マグロで作るネギトロよりもこっちの方が好きかもしれない。麒驎刺し、さっきはステーキに劣るとか言ってゴメン。お前もすっげー美味いよ。また獲りに行こうと思った。

(麒驎「ビクゥ! い、今何か寒気が……」)




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