ヘルステゴドラゴン
ヘルステゴドラゴンは全長200メートルもある巨大な魔物だ。この迷宮最大級の大きさを誇り、またその
しかしながら、特殊なギミックが一切存在しない、ある意味素直な魔物だ。とにかく攻撃を当てろ、とにかく弾幕を避けろ。これだけだ。
「あれがヘルステゴドラゴンかあ」
「! 大きいわね……。『ジャイアントブラキオの二倍か』って思ってたけど、それ以上に大きく見えるわ」
紅葉さんが目を見開いて驚いている。
「ジャイアントブラキオは首と尻尾で長さ稼ぎしてるからな。それに対してこっちはそういうの無しで200メートルだ」
「ここまで来ると、恐怖ではなく畏怖の念を感じるわね」
「ああ。これで知略もあればって思うが、残念ながら天は二物を与えなかったみたいだ」
そんな俺の言葉が聞こえた訳じゃあないが、偶然にもそのタイミングでヘルステゴドラゴンが大きく咆哮した。
ゴオオオオオオ!
まるで強風が吹き荒れているかのような低い音が響き渡る、と同時にヘルステゴドラゴンから無数の弾幕が放たれた。試合開始である。
「んじゃ、のんびりやってくか。『タナトフィリアの書』っと」
まずは回復禁止の異常状態を付与。これをしないと、いつまで経っても倒せないからな。
「のんびりって……、ボス戦なのに余裕そうなのは流石ね」
「いやいや、俺だってヤバいボスが相手なら緊張感を持って戦うぞ? けどこいつを倒すのは単純作業に過ぎないからな、気を張っても仕方がないぞ。それに、こいつとの戦いは結構長期戦になる。今の間にリラックスしておかないと」
「そうかもしれないけど。ねえ、これってどのくらい続くの?」
無数に飛んでくる魔法を最低限の動きで避けながら、紅葉さんはそう聞いてきた。
「んー、だいたい5時間はかかるかな?」
「ご?! その間ずっとこれを避けてないといけないの?」
「ああ、体力的に厳しかったらあいつから離れると良いぞ。遠くに行けば行くほど、弾幕の密度が下がるから。『氷結弾』っと」
「え、ええ。分かったわ」
と言ったけど、紅葉さんなら大丈夫だろうと俺は思っている。いざとなったら回復魔法をかけるし。
「さて、石筍地雷はここらに設置しておくか。それからタナトフィリアボムも設置しておこう」
「ここに?」
「ああ。あいつは物凄くゆっくりと俺たち目掛けて歩いてくる性質がある。だからこの方角から魔法を発射し続けたら、いつか石筍地雷を踏むはず」
ちなみに、ヘルステゴドラゴンの歩くスピードは一分当たり2メートルほど。ナマケモノと同じくらいのスピードだ。
◆
30分ほど経つと、無造作にばらまかれる魔法の対処に徐々に慣れてきたので、少し近づいて攻撃するようにした。少しだけダメージ効率が上がった気がする。
ボス戦開始から3時間が経った頃、紅葉さんが言った。
「なんだか弾幕の密度が最初よりも下がってない? 気のせい?」
「いいや、気のせいではないぞ。あいつはダメージを食らうごとに弾幕の密度が下がっていくんだ」
「そうなの? それなら後半はだいぶ楽になる感じ?」
「いいや、残念ながらそういう訳ではない。後もう10分もすればレーザー攻撃が始まるはずだ」
いわゆる第二形態という奴だ。
「! そういえばすっかり忘れていたわ。どんな感じなの?」
「細いレーザーが出てから10秒かけて極太レーザーになるってのを繰り返すはず。一度に噴くレーザーの数はだいたい100本だ」
「分かったわ。細レーザーが当たったら、すぐに避けないといけないって訳ね」
「ああ。さてと、そろそろ……」
ゴオオォォォォォ……!
迫力のある大きな咆哮が聞こえた、が最初の時とは違って、どことなく悲しそうな、苦しそうな声である。
「! あれって!」
「ああ、石筍地雷を踏んだみたいだな。あれは結構なダメージになっているはずだぞ」
戦いを始めたときに設置した石筍地雷が今踏まれたんだ。
「そしてこの時を狙って爆弾に着火!」
戦闘開始時に設置しておいたタナトフィリアボムに向かって火魔法を放ち着火、ヘルステゴドラゴンの足元で大爆発が起こった。そしてこれをきっかけにヘルステゴドラゴンの体力が半分を切り、第二形態が始まる。
「うお! 早速レーザーがこっちに!」
俺は紅葉さんの手を引いてその場を離れる。5秒後にはさっきいた場所に強力なレーザーが降り注いでおり、10秒後には地面がぐつぐつとマグマ状になった。
「なかなかスリリングね……。あ、今度は避けなくて大丈夫そうね」
◆
5時間が経った。根気強く魔法を使い続けることで、やっとのことでボスの体力が1/3を切った。テリステスの鎌を使う準備が整った。
「いったん離れるぞ」
「? 何かあった?」
「ここからはテリステスの鎌でとどめを刺すだけだ。で、これを使うには接近せざるを得ない。だから、いったん態勢を整えてから一気に近づきたいんだ」
「! そっか、テリステスの鎌は接近しないと使えないのね。……でも、あれにどうやって近づくの?」
紅葉さんはヘルステゴドラゴンを指さす。奴の周囲は弾幕がものすごく濃くなっている。避けるスペースが全くない。
「シールドを張ってどうにか体を守りつつって感じかなあ。あと回復魔法も併用してダメージを少しでも減らす」
「それは……大丈夫なの?」
「大丈夫……たぶん。そういう訳で、俺が行ってくるから、紅葉さんはここから一直線に弾幕を相殺してくれ」
「分かったわ……。ってもしかしてあなた一人で行くの?!」
紅葉さんは心底驚いたような顔で俺を見る。
「もちろん」
「何を言ってるの? 私も行くわ」
「いや、下手したら死ぬかもしれないから。紅葉さんはここにいてくれ」
「! ちょっと死ぬつもりなの?!」
紅葉さんが焦った表情をしているが問題ない。俺だって死ぬつもりはないぞ。
「ああいや、万が一のことがあっても問題ない。これがあるから」
「なにそれ?」
「『黄金羊の指輪』ってアクセサリーだ。一度だけ死に戻ることができる」
「ええ?! そんな物があるの? え、じゃあなんでさっきまでつけてなかったのよ?!」
「だってアクセサリーの個数制限的に……」
さっきまでは「雪印のブレスレット」と「
「ええ……」
紅葉さんが呆れた目で俺を見ている。だってここまでは死ぬような要素なかったし……。俺がこれを付けているのは基本的に対人用だからな。
つまりは、550層にいる魔物よりも人間のほうが恐ろしいという事。
「さて、じゃあちょっと行ってくるよ。くれぐれも気を付けてくれ」
「……分かったわ。赤木君こそ気を付けて」
◆
「行くわよ!」
紅葉さんが特大の魔法攻撃を発射。軌道上の弾幕を相殺しながらヘルステゴドラゴンに向かって飛んで行った。
「集中、集中。『並列思考開始』『飛翔』」
俺は自己暗示をかけ、意識的に思考並列を起動する。それから風魔法を使ってヘルステゴドラゴンに向かって自らを矢のように発射した。
前方右上に相殺しきれなかった弾幕がある。
相殺。
前方左側にレーザーの軌道が。
回避。
軌道修正、紅葉さんが作ってくれた道筋に戻った。
右に弾幕、左にレーザー。
右に進行方向を修正。
シールドで弾幕を相殺。
少し食らった。
かすり傷だが、念のために回復魔法をかける。
前方で新たな魔法が準備されているのを確認。
相殺するには、あそこに魔法を当てればいい。
結果、弾幕の多くを消すことができたが、一部が俺に向かって飛んできた。
シールドを張って、ごり押しする。
「これで終わってくれ!」
鎌を振るってヘルステゴドラゴンに傷をつける。即死は……発動せず。
俺の周囲に無数の魔方陣が形成される。
あっちにも弾幕。
こっちにも弾幕。
弾幕
弾幕
弾幕
弾幕
弾幕
ヘルステゴドラゴンの性質上、これらの弾幕は俺を狙っている訳ではない。ただただ、体表近くだから無数に存在しているだけで。
それでもなお、この弾幕たちが俺に殺気を向けているように感じる。
恐れるな、恐れるな。
大丈夫。
最悪一度は死んでも大丈夫なんだ。
だから恐れる必要なんてない。
冷静になれ、今すべきことは? まずは目の前の弾幕への対処だ。
弾幕が完成する前にそれを相殺する。
それを繰り返し、少し猶予ができた。
回復魔法のヒール、自己回復魔法である身体強化、継続回復魔法のリジェネ。
完全回復、なんなら少しオーバー気味に回復した俺は、改めて死神の鎌を握りしめた。
(ヘルステゴドラゴンよ、お前のHPは残り1/3しかない。それに対して俺は万全。どっちが勝者にふさわしいか、どっちが食われる側か、はっきりしてるよなあ!?)
さあもう一度、この鎌を突き立てろ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます