イメージだけが先走って


 ボクサープテラノに対して隠密は通用しない。その理由は彼らの目に備わっている特殊効果『マッスルソナー』による。効果は「敵の筋肉量を看破する」である。そして、この効果は隠密を貫通してくるんだ。

 という訳で、ボクサープテラノとエンカウントしないためには、奴らがいる所を迂回するしかない。


「シールドを使って、空中を歩いて行けばいいんじゃない?」


「いや、空中にシールドを張れるのは、出来て数歩までなんだ。それ以上になると、操作できなくなるんだ」


 俺もそう思って試したことがあるけど、どう頑張っても10歩までしか無理だった。それ以上になるとシールドが安定しないんだ。


「けど、風魔法で一気に吹き飛ばすことならできるぞ?」


「それは……。まあ、状況によっては使いましょうか」


 ボクサープテラノとはあんまり戦いたくないし、と紅葉さんは小声で言った。その気持ち、俺も分かるぞ。ゲームならともかく、リアルであれはちょっとキツイ。



 階層をいくつか進んだところで、俺は遠くの空に何かが飛んでいるのを視認した。


「アレ見える? あのUFOみたいなやつ」


「うーん? あ、あの黒っぽい円盤?」


「そうそう」


「あれが『蒼穹のアーケロン』なのね?」


「正解だ」


「なるほど……。大きいね……」


 こちらに向かって近づいてくるアーケロンを見て、紅葉さんが嘆息を漏らす。なにせ相手は直径30メートルはある巨大なカメだ。家くらいの大きさはある。


「多分相手は俺たちに気が付いてないな。どうする、戦ってみる?」


「そうね、せっかくだし戦ってみたいわ。赤木君は?」


 隠密を発動させているから、このままやり過ごすこともできる。が、紅葉さんは未知の魔物を見て、戦ってみたいと思っているようだ。


「俺も同感。あいつは甲羅に魔法を当てても無駄、どころか魔法を反射するから注意な」


「分かったわ。つまり、首とか足を狙えばいいのよね?」


「そう。もう少しこっちに来るのを待つか」


……

………


「そろそろだな」


「ええ。3、2、1、『突貫之烈火』!」「百炎弓!」


 俺と紅葉さんは蒼穹のアーケロンに火魔法をぶつけた。



 ……!!


 アーケロンは一瞬あっけにとられたようだが、すぐに自分が攻撃されたこと、そして俺たちが敵であることを悟ったようで魔法を発動。


ひょう攻撃と弓攻撃だ! 相殺は厳しいから、防御を張るぞ!」


 雹攻撃だけなら撃ち落とすことができるけど、無数の氷の弓を全部焼き消すのは難しい。防御するのが吉だ。


「痛!」


「『ヒール』! 大丈夫か?」


「ええ、ありがと」


 アキレス腱の辺りに一発食らってしまったようだ。すぐさま回復魔法をかけて事なきを得たが、紅葉さんはとても悔しそう。


「反撃よ、食らえ!」


「待て、今は……」


 アーケロンは俺たちのほうへ急降下中だった。それをチャンスと思ったのか、紅葉さんが攻撃を発射するが……。


「え?!」


 アーケロンは落下で得た運動エネルギーを活用して紅葉さんの攻撃を回避した。魔法はアーケロンの背中に直撃し、そのまま俺たちのほうへ飛んできた。

 俺は紅葉さんに近づき、シールドを張って彼女を守った。


「あいつ、見た目は亀だが機敏なんだ。だから、攻撃は不意打ちとかぎりぎりでのカウンターを狙う必要がある」


「助かったわ。なかなか厄介ね……」


「ああ。さて、また突っ込んでくるぞ。今度はもう少し引き付けてからカウンターを狙おう」


 巨大なカメが猛スピードで迫ってくる様はかなり怖い。けど、既に何度も強大な敵と相対している俺たちが今更そんなのにビビるはずがない。


「その手、切り落としてあげる。『切断之烈火』!」

「痺れろ!『蓄電』『雷球』!」


 紅葉さんは鉤爪攻撃を躱しながら手を切断し、俺は奴に丸呑みにされる寸前のところで雷魔法を奴の口に放り込んだ。



 ……!


 !!



 アーケロンはふらふらと空中に退避しつつ、魔法を発動。俺たちの周囲の地面に氷を張った。このまま戦えば俺たちは低体温の異常状態になりかねない。ゲームの時は厄介な攻撃だったのだが、今はこんなの関係ない。


「溶かすわ!」


 紅葉さんが地面に対して火魔法を発動。すぐに凍った地面を溶かしてしまう。



 ――!?!?!



 アーケロンは「まじで?」とでも思ったようで、口をあんぐり開けていた。

 ……いや違うわ、あれは俺が口の中に入れた雷魔法の熱を逃がしてるみたいだ。




 程なくして、俺たちは蒼穹のアーケロンの討伐に成功した。ドロップしたのは……アーケロンスープだった。ノーマルドロップだ。



「改めて見るとなかなかの量ね。てっきり一人サイズと思ってたのに……」


「な。俺ももう少し小さいと思ってた……」


 その後何度か魔物と戦いつつセーフティーエリアに到着した俺たちは、アーケロンスープを前に何とも言えない表情を浮かべていた。

 アーケロンスープというドロップアイテムは直径一メートルくらいの巨大な甲羅の中に収められていた。なお、傾けてもこぼれそうにない。流石はご都合主義ゲーム世界


「まあ、せっかくだし……食べるか。そろそろ外だと朝食の時間だろうし?」


「朝食からすっぽんのお吸い物っていうのもどうかと思うけど……。ええ、いただきましょうか」


「ところで、紅葉さんってすっぽん食べたことある? なお俺はない」


「私はあるわよ。お母さまに連れられて参加したパーティーの時に」


「わーお、流石ブルジョワ。やっぱ美味いのか?」


「あなただって、そこに入ってる魔石を売ればブルジョワの仲間入りだよ? えーっと、それはともかく。すっぽんねえ。正直、普通だったわ」


「そうなの? 勝手に『すっげー美味い』ってイメージがあったわ。ほら、すっぽんって高級品だし。それに『すっぽんエキスが配合された』みたいなCMも流れてるし」


「私もそう思って期待してたのだけど……。正直『鶏肉でよくない?』って思ったわ」


「そっか。高級ってイメージだけが先走っちゃったのかな」


「そうだと思うわ」




 さてと。それじゃあ改めていただきます。


「え、なにこれ。めっちゃ美味いじゃん!!」


「そうなの? ……!! すごい、こんな濃厚なお出汁飲んだことないわ!」


「これはすっぽんが美味い……というよりもアーケロンが美味いのかな?」


「たぶんね。さすが人類未踏の地で取れる食材ね! 外で心配してくれている皆様には申し訳ないけど、ここに来てよかったって思っちゃうくらい美味しいわ。そういえば赤木君はなんて言ってここに来たの? 宮杜さんと七瀬さん、それからなんとか先輩、心配したんじゃない?」


 紅葉さんの何気ない一言に俺の思考が一瞬停止する。背中に冷や汗が流れるのを感じる。


「……。無我夢中でこっちに来たから。三人には何も言ってない……」


「え……。それ、今頃外でみんな心配してるんじゃない?」


「だろうなあ。後でおでこを地面にこすりつけて謝るよ……」


「そうしたほうがいいわね。って他人事みたいに言ってるけど、私もお母さまに怒られるわよね……」


 遠くの方を飛ぶアーケロンをぼんやりと眺めている紅葉さん。人って希望が無くなったときこんな表情をするんだな。


「アーケロンをもう一匹狩って、そのスープを献上するとか?」


「……一瞬真剣に『なるほど』って思っちゃったじゃない」


「タイミングが合えば狩るか」


「そうね」





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