ただの詐欺師
光の柱に飛び込んだ俺が連れてこられたのは、551層の入り口。ここはセーフティーエリアの中だが、ここから一歩飛び出すと狂龍が闊歩する、いわば地獄の一歩手前のような場所である。
なお、入り口付近にセーフティーエリアがある理由は、この層にやってきた直後に倒されるのを防ぐためだ。セーフティーエリア内では攻撃を受けることも攻撃することもできない。
「!!」
周囲を見渡すと、木陰でフォルテメイアの制服を着た人間が倒れているのを発見した。十中八九紅葉さんだろう。
「紅葉さんか?! ……紅葉さんだな」
倒れている彼女に近づく。幸い呼吸音は聞こえるが、体力は限界に近いようで、うつろな目で俺を見上げてくる。
見ると腕と足があり得ない方向に曲がっており、頭からも出血しているように見える。もしかしなくてもかなり危ない状況だったか。
「……?」
「すぐに治す!」
魔力を代償に患者の身体を無理やりあるべき状態に修復する回復魔法、俗にいう「ヒール」をかけると同時に、患者の身体に細胞単位で生命力を補う魔法、通称「リジェネ」をかける。
ヒールだとなくなった指や四肢を修復することもできるが、飢餓状態は回復できないし、流れた血も戻ってこない。リジェネでは、身体の欠損までは戻らないが、細胞レベルで栄養状態を改善し、造血能力を上げることもできる。
「魔力も減っているな。俺の魔力を移すから、気持ち悪くなったら言ってくれ」
他人に魔力を移す行為は、本当はあまり良くない行為だ。言わば血液型の分からない相手から血液型の分からない相手へ輸血するようなもの。拒否反応はすさまじく、よほどの場合じゃない限りやってはいけない。今回のケースはそうも言ってられないほど衰弱していたから行ったんだ。
ただ、俺の場合は何色にも染まっていない魔力だから拒否反応は出ないのではないかと期待している。血液型で例えると、俺の魔力は「O型の血液」みたいなもの。誰に移しても大丈夫と俺は思っているが、実際に試したのは今回が初めてだ。万が一にも相手に有害事象が起こったらいけないからな、そうホイホイと試せるものではない。
「赤木、君? どうしてここに? ……赤木君じゃないわね、回復魔法なんて彼は使えない。という事は、これは走馬灯かしら?」
「違うぞ? 大丈夫か? 自分の名前、分かるか?」
「紅葉陽菜。……死ぬ前に見るのがあなたの夢だなんて、皮肉な物ね」
「死んじゃいないよ、だいたい意識がはっきりしてるんだから、死んでいるはずないだろう?」
紅葉さんはほけーとしたまま、自分のほっぺをつねった。
「痛い。……ねえ、これは本当に現実?」
「そうだぞ」
「……どうしてあなたがここに?」
俺は外で起きている状況を説明した。紅葉さんが帰ってこない事を知った彼女の母親が「リバイアサン=嫉妬の悪魔→光の巫女との関係性があるかも?」と思って、調査に当たっていると。
ただ、寝ている時に迷宮内でけがを負う夢を見て、そこから紅葉さんは迷宮内のトラップにかかったのではないかと考えて、ここまでやってきたと。
「そう、なのね。……どうして私なんかを助けに来たの? どうして! あれだけあなた達を拒絶していた私を助けたの! 犠牲になるのは私だけで済んだのに! なんで!!」
紅葉さんがそう叫んだ。
「落ち着けって」
「……あなたは知らないと思うけど、ここではチョーカーが使えないの! もう帰れないの!」
「なんだって?」
「さっきあなたが治療してくれたけど、その前はボロボロだったでしょ? あれは想像を絶する大きさの恐竜に殺されかけたときの怪我なの。それで、慌ててチョーカーを起動したのだけど、戻ってきたのはここ。もう地上には帰れない」
「まじか……。いやまあ、紅葉さんが戻ってこないことからも、予想はしてたけど」
おそらく、階層を変に移動したからだろうな。イメージ的には、バグ技を使用したせいで詰みセーブしてしまった、みたいな状態だ。チョーカーの「帰還場所」が書き換わったと言った方が分かりやすいか。
「予想してたの? じゃあなんでここに来たのよ! あなたって人はいつもそう、どうしてあなたは自分の犠牲を顧みずに人を救おうとして、それでいてそれを全く誇らないの?」
「いや、別に……」
「オオクチのドロップアイテムだって、もっと請求してもいいのに、なんで『俺は使わないからあげるよ』なんて言えるの?!」
「いやいや、結局多額のお金を受け取った気がするが……」
「ええ。ただでもらうなんて出来なかったから、罪滅ぼしでお金を渡したわ。それって結局、私はあなたの厚意にお金でしか答えていないって事じゃない。そんなあなたのひょうひょうとした態度に私はずっと腹立っていたのよ!」
目に涙を浮かべながらそう言い放つ紅葉さん。彼女は「はあ」と溜息を吐いてから続きを話し始めた。
「あなたのその、この世界を舐めてるような態度が気に入らなかったの。そう、私が感じていたあなたに対する敵意の正体はこれよ。そして、そのやり場のないイライラを、私はあなたに、魔物にぶつけるしかなかった。最低よね。そして、せめて私も凄いことを成し遂げたいって思って。その結果、あなたまで地獄に引きずり込んじゃって。ごめんなさい、ごめんなさい……」
そんなことを考えていたのか、この子は。初めて彼女を見たとき、俺は「前世がある俺よりもしっかりしているなあ」なんて思った。けど、実際はそんなことなかったのだと思う。彼女はまだ子供、しかも思春期真っただ中の。精神的にも不安定なのに、それを相談できる相手がいない。そんな状態だったんだ。
そんな彼女に謝ってもらう必要なんて全くない。むしろ謝るべきは俺だ。彼女の苦しみに全く気が付かず、宮杜さんや七瀬さんと仲良くなって浮かれていた。
「謝らないでくれ。悪いのは俺だよ。ごめん、そこまで追い込んでしまって。俺は紅葉さんが思っているような聖人君主じゃあないんだよ。優しい人間という仮面をかぶった、ただの詐欺師だ」
「?」
「さっき紅葉さんは見ただろ、俺が回復魔法を使ったところを。俺の能力は無属性魔法とバフなんじゃないんだ」
俺は全属性の魔法を同時に発動して見せた。
「な?!」
「俺がオオクチに挑んだのだって、自己犠牲の英雄気取りでやったんじゃあない。いざとなったら俺一人でも倒せると思っていたからなんだ。まあ、この能力を知られたくなかったから、最終的に俺はサポートに徹したけどな」
彼女に今まで隠していたことを全部言わないと。俺は紅葉さんに、前世の下りに関わる部分以外を打ち明けた。
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