ディノスクス100体討伐RTA

 夜中は迷宮への立ち入りが制限(原則禁止)されていることに気が付いたのは迷宮の入り口に着いてからだった。けど、そこにいたSPっぽい人に事情を説明したら「赤木君は紅葉様がまだこの中にいると思っているのかい?」と聞かれた。

 紅葉さんの親を含め、国防省のフォルテ部隊は「光の巫女が未知の手段で誘拐したのだろう」と思っているようで、まだ迷宮の中を彷徨っているという可能性は低く見積もっているみたいだ。念のために迷宮前に連絡係を置いてはいるが、下っ端らしい。

 少しだけ手続きをした後、俺は迷宮へと入っていった。



 65層までの4層では、出来る限り恐竜とエンカウントしない道を進むことで30分ほどで65層へたどり着くことができた。


「うわ! 知ってはいたけど、水浸しだなあ……」


 65層は全体が湖の階層で、眺める分にはきれいだけど歩く分には面倒な階層だ。ゲームにおいては、RTA勢はここを如何に早く突破するかを熱心に議論していたのを覚えている。

 だが、ゲームよりも魔法の自由度が上がった今、この地形を簡単に乗り切ることができる。俺は風魔法を使用して空中を移動し始めた。

 これは矢野さんが魔法杯で使っていた風魔法を利用した『ホバークラフト魔法』だ。空中を高速移動する魔法であり、陸上部でも追いつけない程のスピードを誇る。そんなすごい魔法だけど、実は消費魔力量はそれほどでもない。その代わりと言ってはなんだが、高度な魔力操作が必要であり、先天的にそれが身についていた矢野さん(と後天的に身に着けた俺)以外は使うことができないはずだ。


 なお、ホバークラフトの魔法は平地なら非常に良い移動手段ではあるが、凹凸の激しい場所では役に立たない。65層はほぼ水平だからよかった。



「すっご。これがリアルの『死の穴』かあ」


 中央の湖を視界に捉え、思わず感動の声を上げてしまった。緊急時にこんなことを言っている場合ではないが、それでも言わせてくれ。綺麗だ。絶景としか表現できない。魔物さえいなければ、のんびりピクニックを楽しめるのに。


「さてと。じゃあ、始めますか」


 ディノスクス100体討伐RTAを。



 初手、俺はクラスメイトの盾使いが使っていた「挑発」というスキルを使う。念のために言っておくが、煽るって意味じゃあないぞ? これは魔物の注意を自分に向けるスキルだ。

 本当はパーティーメンバーを守るためのスキルだが、今回はディノスクスを集めるために使う。膨大な魔力を投じて挑発魔法を発動した。


「これで集まってくれるといいが……。うん、集まってきたな」


 魔力感知を使うまでもなく分かる。だって水がばちゃばちゃと音を立てているから。


「ひ、ふ、み、……、十五匹くらいか」


 流石に一気に100匹集めることは出来なかった。とはいえ、このくらいずつばらばらに来てくれた方がむしろありがたいか。


「ここは宮杜さんに倣って水を凍らせて攻撃するか……。いや、待てよ。もしかしたら『こっち』の方が効果的かも?」


 水面から少し浮いている俺。水の中にいるディノスクス。この状況で俺はあの魔法を使うことにした。壊れゆく庭園の裏ボス「ぺリアス君」が使っていたあの魔法だ。


「『蓄電』……からの『放電』!」


 バチバチバチ! 湖に強い電流が走った。電気ウナギもびっくりの威力での放電。これでディノスクスがノーダメージだったら、諦めて他の魔法を使うしかないが……。


「倒すには至らなかったけど、スタン状態には出来たみたいだな」


 びくんびくんと痙攣しているディノスクスの大群。うわあ、なんというかシュールだ。早く倒してしまおう。


「『水操作』からの『千氷剣』」


 ソロ攻略している以上、別に魔法名を言う必要はないが、なんとなく俺はそうつぶやいた。気のせいだとは思うが、魔法名を口に出した方が強力になっているような気がするんだ。(←ただの中二病)


 弱点おなかに氷の剣が突き刺さり、ディノスクス15体は消滅した。ドロップアイテムは……本当は拾うべきだが今はポイ捨てを許してほしい。その内、土に還るだろう。



 さて、なかなかカッコよく決まった雷魔法だが、正直あまり魔法効率が良くない気がする。というのも、さっきの一発で俺の中の魔力がグンと減ったのを感じているんだ。この後のことを考えると、今は魔力は温存しておきたい。

 ちなみに今は、体が魔力不足を補うべく周囲の魔力を吸収しているのを感じることができる。まるで空気清浄機が煙を吸い込んでいるかのように、俺の体が魔力をごおー!っと吸い込んでいるんだ。


「魔力効率をよくするためにも、次は水魔法だけで行ってみようか。いや、あえて火魔法で?」


 ちょうど目の前にディノスクスが一体、ひょこっと現れた。まだ挑発を使っていないから、偶然現れた個体だな。

 さて、水の中に住んでいる彼らは、火に対して脆弱だ。特に口の中をあぶることができたら、かなりのダメージを与えることができる。という訳で。


 グアアアア!


 俺を丸呑みしようと口を開けるディノスクスに対し、「それを待ってた」と言って火魔法を咽頭・喉頭目掛けて発射する。


 グア? グアアアアアァァァ……!


 へなへなと力なく倒れるディノスクス。これは……倒しきれていないな。

 もう数発攻撃を繰り返し、ディノスクスを倒しきることに成功した。うーん。


「魔力効率は最高だけど、時間効率は悪い。かな?」



 最初にディノスクスを乱獲した場所からある程度離れた俺は、もう一度挑発を使用。わらわらと集まってきた獲物を相手に俺は第三の作戦を実行した。


「まずは水温を低くして……」


 水温を4℃くらいにまで冷やす。ここから一気に凍らせることで、氷の体積が増える。この膨張力を有効活用し、ディノスクスを倒すつもりなんだ。


「……あれ、ディノスクスの動きが鈍くなったような? そっか、こいつらって変温動物だから、水温が下がれば動けなくなるのか」


 思わぬ発見があった。これは今後の攻略でも役に立ちそうだ。

 とはいえ、低体温にするだけでは倒しきることは出来ない。氷魔法を発動し、とどめを刺した。



「結論はこんな感じか」


魔力効率:火魔法>低体温魔法>>雷魔法を使用

時間効率:雷魔法を使用>低体温魔法>>火魔法


「100体倒すだけなら雷魔法を連打するのが一番早いけど……。今回は低体温魔法を採用だ」



 それから一時間で、俺はディノスクスを100体倒しきった。正確には1時間12分52秒32だ。え、秒数なんて気にならない? そう言うなよ、RTAは時間を測ってなんぼだろ?

 さて。百体倒しきった瞬間、湖の中央に光の柱を幻視した。本当に見えているわけではないけど、何かがそこにあると感じる。……まさか本当に起こるとはな。

 おそらくこの光は本人にしか見えないのだろう。だから、紅葉さんの護衛をしていた二人はこれに気が付かなかった。まるで忽然と紅葉さんが消えたように見えたと考えられる。



「すー。はー。……よし、行くか!」


 俺は光の柱に向かって飛び込んだ。




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