無くなったはずの設定

 紅葉さん行方不明事件の夜。俺は部屋で事件のことを振り返っていた。

 リバイアサンは確かに嫉妬に関係する魔物だ。だけど、聞く限り光の巫女が持つ能力とは意味合いが異なっている気がするのだ。

 光の巫女は、敵の攻撃を封じる能力を持っていたと聞く。敵の能力に嫉妬し、その能力を消し去る。七つの大罪の名を関するだけあって、非常に強力で恐ろしい能力だ。

 だけど、リバイアサンの持つ能力は違う。あいつが持っている能力は「近くにいる人間を確実に見つける能力」である。


 そもそもの話、65層にいた魔物はリバイアサンではないと俺は予想している。である以上、光の巫女が関係している可能性は無視したほうがいいのでは?


「一度ゲームの設定を思い出してみよう。何か65層でイベントってあったかなあ……」


 ゲームのメインストーリーや無限迷宮に現れる基本的な魔物については覚えているが、細かいイベントについては忘れている可能性がある。なにせ、俺が最後にあのゲームをプレイしたのは8年近く前だからな。実際、降宝之巣については忘れかけてたし……。


 例えば50層の裏ボスには隠しイベントが存在する。50層裏ボスは謎解き迷路(迷路を抜けるとクリア)なのだが、そこをズルして攻略すると、強制的に負けイベントが発生する。そんな感じのものが65層にもあっただろうか? ……ないと思うけどなあ。


「そもそも、本当に不味い状況ならチョーカーを使って戻ってこれるはずだよな? ……いや、紅葉さんの心理状態的に『お母さんに怒られるから、絶対に使わない』とか思ってるかも」


 俺が知らないイベントなのか? ゲームにはなかった、あるいはゲームでも見つかっていなかったイベントなのかも。そうだとすると、いくら考えても無駄だしなあ。


……

………


 太陽の光を反射して麦色に光る草原が見える。


 サバンナ?


 巨大な何かが地面を走っている。


 恐竜?


 ぼやけて良く見えない。


 衝撃!


 空中を吹き飛ぶ自分の体。


 痛い


 逃げる?


 逃げなきゃ


………

……


 うっかり電気を点けたまま眠ってしまったようだ。時計を見ると2:15。うわあ、変な時間に起きてしまったな。

 よく分からない夢を見た。サバンナで恐竜に襲われる夢だった。恐竜の尻尾に当たって吹き飛ばされる夢だった気がする。あれはブラキオサウルスだな。しかも、この世界にいる方のブラキオサウルスだ。


 地球にいたブラキオサウルスは全長25メートルほどだったと考えられているが、この世界にいるブラキオサウルスは全長75メートルもある。ゲームにおける名称は『ジャイアントブラキオ』であり、公式がわざわざ「現実にいた恐竜ではありません」と明言していた生き物だ。


 これは551~600層『狂龍きょうりゅうの草原』にいる魔物だ。「恐竜」ではなく「狂龍」だ。現実の恐竜とは全然違うサイズ感だし、魔法攻撃も使ってくる。

 ここにいるバシロディノスクスは面白かったな。ディノスクスは65層にいる魔物で、全長30メートルほどのワニの姿をしているのだが、バシロ王のディノスクスは全長90メートルもある。「ふざけてるの?」と言いたくなるサイズ感である。


「90メートルのワニかあ。それこそリバイアサンみたいだな。……待てよ?」


 何かが引っかかる。65層にバシロディノスクスがいるはずがない、のだが……。


 そういえばバシロディノスクスに関するちょっとした裏設定があったような。

 えーっと、そうそう「バシロディノスクスはディノスクスの親で、時折65層に産卵しに来る」、だったっけ? 没になったらしいけど、当初は「ディノスクスが数を減らすと、バシロディノスクスが産卵しに来る」みたいなイベントが用意されていたとか。


 もしかしてそれが起こった?


 没になったはずの設定がこの世界で起こった?


 可能性はあるよな。そうなると、もう一つの設定も残っているかもしれない。それが、「65層の中央の湖は、ディノスクスの蠱毒のようになっていて、100匹の同族を倒したディノスクスは551層に転送される」という設定。


 まさか、紅葉さんはこの転送に巻き込まれた? ちょうど紅葉さんのすぐそばにいたディノスクスが勝者として転送され、紅葉さんもそれに巻き込まれた。

 ……いやいや、そんな訳ないか!

 だって、そもそもディノスクスは同族を襲ったりしない。魔物同士が戦うなんてことは起こらないはずだ。仮に起きたとしたら、教科書に載っているはず。でも、そんなこと書かれていなかった。



「……まさか!」


 もし仮に『ディノスクスを100体倒した存在は551層に転送される』という設定だけが残っているとしたら。その設定だけがこの世界の迷宮に引き継がれているとしたら。



 俺は寮を飛び出した。寮の前を警備していた人に「紅葉さんを探しに行きます!」とだけ言って、俺は迷宮の入り口へと走った。



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