行方不明
◆ Side 風兎
“これは私の仕事。あなた達には関係ない話よ”
紅葉さんはそう言って一人で迷宮へと向かっていった。
「なんか、感じ悪い言い方だなあ。ただ、それだけでは無さそうだけど……」
「なにかわざと突き放している感じだったよね?」
「もしかしなくても、危ない目に巻き込みたくないから、でしょうか?」
「なにせリバイアサンだしね~。本当にいるなら、下手に挑めば『挑戦者の為のチョーカー』を起動する猶予もなく即死するかもしれないよね」
そう言って、七瀬さんは俺のほうを見る。
「赤木君、どう思う? リバイアサンの噂は本当かしら? 本当だとして、紅葉さんを一人にして大丈夫かな?」
「……結論から言うと、リバイアサンを模した魔物はこの迷宮内にいる。だけど、こんな浅い層で出るような魔物じゃない。それに、そもそもリバイアサンがいたとして、目撃者がいるのはおかしいからなあ」
「どういう事?」
「リバイアサンは嫉妬を司る存在で、人に見られたら即座に殺しに来る。奴の使う魔法は水の操作。そして、噂になっている65層は水浸しの階層だから、完全に奴のテリトリーと言える」
「目撃=死って訳ね。うーん、それじゃあやっぱり見間違いなのかなあ?」
「あ、裏ボスという可能性があるんじゃないでしょうか? 裏ボスが龍っぽい見た目の恐竜で、それを目撃した人が『あれはリバイアサンに違いない!』って騒いでいるとか、あり得るのではないでしょうか?」
「なるほど……。いやいや、裏ボスなら目撃場所が65層って言うのはおかしいのでは?」
「あ、確かに」
「じゃあ、あれはただの噂って事でいいのかな? だったら紅葉さんを心配しなくてもいいけど」
「心配しなくていい……と思うけど。一応、様子を伺おうか?」
「で、ですが。勝手について行って、見つかったら怒ってきそうですし……」
「そうだなあ。うん、そうだな。下手の刺激しないでおこう。仮に想定外が起こっても、紅葉さんなら対処できるだろうし」
「確かにそうだね」
「じゃあ、私たちは私達だけで行動しましょうか」
◆
その日は宮杜さんの新技『逆さ氷柱』の改良版『氷華』を試した。地面からトゲトゲを生やす魔法という点は同じだが、こちらは事前に水たまりを作る必要がない。
水の生成は彼女の目の前で行って、それを「着弾地点にて氷のトゲトゲに変化する」ように魔法を組み込んで発射するようにしたのだ。これを上手く使えば攻撃だけでなく、敵の足に纏わりつかせて足止めすることもできる。
魔法自体はうまく発動したものの、まだ戦闘時に使いこなすには至っていない。つまり、今後は「どのタイミングで使えば、敵に致命的ダメージを与えられるか」を研究していく必要がある。俺も七瀬さんも協力を惜しまないから、頑張って練習して、ぜひ魔法を使いこなせるようになって欲しい。
今日の反省点や今後の目標、あとは他愛もない話をしながら星寮に着いた、のだが星寮の前が騒がしくなっていた。軍服っぽいものを着た人たちがウロウロしている。
「な、なにがあったんでしょう? まさかまたテロ?」
宮杜さんが黄金羊の指輪を握りしめる。
「その可能性、あるかも。ほらあそこ、あれって紅葉さんのお母さんよね?」
七瀬さんが指さした先にいたのは比較的若そうな女性。彼女が紅葉さんのお母さん?
「そうなの、いつ知ったんだ?」
「前にしゃべっているのを見たから」
「へー。声、かけてみようか。あの……」
ぎろりと睨まれる。一瞬「っち、うっさいわね、この忙しい時に」みたいな顔をしたが、すぐに彼女は平静を取り繕った。
「あなたたちは水の巫女とその護衛ね」
「はい。あの、何があったんですか? まさか、またテロがあったりしたのですか?」
「いいえ。貴方たちには関係のない話よ。……と言いたいけど、そうも言ってられないのよね。簡潔に言うと、陽菜が行方不明になったの」
「え? でも、今朝『迷宮に行く』って言ってましたし、まだ帰っていないだけでは……?」
「……。はあ、陽菜には内緒にしてて欲しいのだけど、陽菜には専属の護衛が複数人就いているの。陰ながら迷宮攻略を見守って、万が一の時には助けに入れるように、ね」
「! そうだったんですか。という事は、行方不明というのは、護衛が見失ったという事ですか?」
「そう。それだけだったら、陽菜が護衛の存在に気が付いて、振り切った……とか考えられるけど、でも索敵のプロたちが完全に見失うのは明らかにおかしいわ」
「「「……」」」
「一応聞いておくわ。あなたたちは何か知っているかしら? 陽菜と話したって言ってたわよね?」
「「「はい」」」
俺たちは今朝の出来事を説明する。
~~~
“ええ、そうよ。噂なんて信用していないけど、もし仮に学生に害をなす存在だったら困るでしょう? だから念のために調査するの”
“これは私の仕事。あなた達には関係ない話よ”
~~~
「そう。陽菜はそんなことを……。私があんなふうに責めたせいで……!」
紅葉さんのお母さんから膨大な魔力があふれる。おいおい、この人の魔力量、とんでもないぞ? 巫女じゃなくなったって言ってたよな? なのになんで紅葉さんよりも膨大な魔力を持っているんだよ。
「あの……! 魔力を抑えてください! 周囲の人が固まっています!」
俺はそう声をかける。膨大な魔力にあてられて、七瀬さんと宮杜さんが俺の腕にしがみついている。周囲にいた軍服の兵士たちすら、足が震えている。
「! ごめんなさい。つい。……私、ね。陽菜のことを叱りつけたの。最近物事に集中できてないって。陽菜はあなたに嫉妬していた、と思うわ。私が陽菜に、赤木君と比べるような発言を何度もしたから。だから紅葉は、今回何かしらの成果を上げようと、探索に出たんだと思う」
なぬ。もしかしなくても、俺のせい?!
「私は……親として失格ね……。あの子につらい思いをさせてしまった。あの子を不幸にしてしまった」
「「「……」」」
急なシリアス展開に、俺たち三人は絶句する。さっきまで俺にしがみついていた二人だが、空気を呼んだのかすすすっと離れた。
しばしの静寂が流れたが、紅葉さんのお母さんが無理に笑って沈黙を破った。そして俺たちに言う。
「ごめんなさい、急にこんなことを言って」
紅葉さんのお母さんは苦笑している。その苦笑が、無理に作ったものであると、この場にいる誰もがわかっていた。……彼女になんと声をかける? いや、そもそも子育ての経験もない俺が、彼女に何か声をかける権利などあるか?
「……。僕は子育ての経験もないので、何か言う権利なんてないかもしれませんが。ただ、そんな風に自分を責めてしまうくらい、あなたは紅葉さん……陽菜さんを大切に思っていたんですよね? その思いは、絶対に彼女にも伝わっています。だから。その。親として失格なんてことないです」
「……。ありがと、そういってくれて」
◆
「ごめんなさい。話がそれてしまったわ。今から大事な話をするわ。まず、あなたたちはリバイアサンについてどのくらい知っている?」
「水や嫉妬を司る悪魔、くらいです」
「知っているのね。そう、嫉妬。早く気が付けばよかった、嫉妬と言えば光の巫女が有している能力。今回の事件、彼女が関わっているかもしれない」
「「「?!」」」
「あくまで可能性だけど。だから、十分気を付けて頂戴」
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