うわさ、うわさ

◆ Side 紅葉


「例の一年生の話聞いた?」

「聞いた聞いた! すごいよね~」


 迷宮での特訓を終え、寮に戻っている時だった。名前も知らない先輩方が、そんなことを話しているのが聞こえた。確認するまでもなく、赤木君のことだろう。

 ここ数日、学園は赤木君の話題で大盛り上がりだった。なにせMVFAだ。言うなれば、高校生にしてノーベル賞にノミネートされたような快挙である。


「はあ……」


 彼の噂を聞くたびに、私は溜息を漏らしてしまう。なんだろう、このもやもやする感じ。なんだろう、このピリピリする感じ。非常に不愉快だ。

 嫉妬しているわけではない。確かにあの時とどめを刺したのは私だけど、オオクチ討伐の功績は間違いなく彼にある。それをどうこう思うはずがあろうか、いやない。それは宮杜さんも同じだろう。

 そう頭では理解しているのに、どういう訳か彼の噂を聞くと不愉快に感じる。そして、そんな自分に対しても嫌気がさす。


「……明日も頑張ろう」



 次の日、私はお母さまから呼び出された。お母さまは私をじっと見つめてくる。


「……」


「……」


 10秒、20秒と無言の時間が続く、が、30秒後に静寂は破られた。お母さまの魔法が私のすぐ横で炸裂して。


「……?!」


「ねえ陽菜はるな、あなた最近、注意力が足りていないんじゃない?」


 お母さまは私に冷たい目線を向ける。……お母さまには筒抜けなのね、私の事は。


「迷宮攻略でも全く集中できていないそうじゃない。100層は突破できたの?」


「いえ……」


 ポーション無しで100層ソロ攻略。これが私に課せられた課題である。

 しかし、これがなかなか達成できない。ポーションを使えない、パーティーを組めないとなると、途中で怪我をしても治せないし、相性の悪い相手だと苦戦を強いられる。

 しかし、巫女としてこのくらいは出来ないといけない。実際お母さまはこのくらいの時期にはソロ攻略を達成したらしい。


「あなた、彼のことが妬ましいの?」


 お母さまがそう聞いてくる。


「そういう訳では……ないです」


「でも、彼の噂を聞くたびに、情緒が乱れてるって聞くわよ。今だって動揺してたし」


「それは……」


「魔法杯での兼、功績は完全に向こうにあるわ」


「はい、もちろんです。私もそう思っています」


「はあ。過去のことを掘り返すのもどうかと思うけど、改めて言うわ。彼は躊躇なく元凶の男の子を助けに行ったけど、あなたはあの時逃げることしか頭になっかった。心構えからして、あなたは彼よりも劣っているのよ」


 当時のことが思い出される。あの時、私は元凶の福田の救出なんて考えもしなかった。「クラスメイトを守りながら避難」という体を取っていたけど、本心を言えば私はただただ逃げ出したかっただけだと思う。


「はい」


「それでいて、さらに嫉妬心を抱く? あなたにそんな権利があると思ってるの? 嫉妬っていうのは、拮抗している相手に抱く物なの。あなたはまだまだ、その土俵に立てていないわよ」


 お母さまからの説教のあと、私たちはアリーナにて対人戦を行った。私は巫女、お母さまは元巫女。それでも、勝ったのはお母さまだった。



「ねえねえ、あの噂知ってる~?」

「なに? MVFAの事~?」

「違うよ~! 今話題の噂と言えばそっちじゃなくてー!」

「えーなになに? 私知らないかも!」


 ショッピングモールのフードコートにて、ギャルっぽい見た目の先輩が近くに座った。夏休み中は服装の制限などが緩和されるんだっけ。だからこういう格好をする人がいてもおかしくはない。

 ほんと高校生って言うのは噂話が好きね。呆れつつも、横でしゃべっている先輩方の声が大きいため、どうしても私の耳に入ってしまう。


「白亜の森の65層で、巨大な龍が目撃されたんだって~! ちょーヤバくない?」

「龍? ドラゴンじゃなくて?」

「ドラゴンなんてサイズ感じゃないらしいよ。全長100メートルはあるんだって~!」

「何それ、本当なら伝説じゃん~! 私も見てみたい~!」

「だよね~。噂ではリバイアサンじゃないかって言われてるらしいよ!」

「リバイアサン? すごーい! それってあれでしょ? トマス・ホッブズが書いた本でしょ~」

「そうそう~! 万人の万人に対する闘争を防ぐための自然契約説だね~。ってそんな真面目な話な訳ないじゃん! 私達、ギャルだよ?」

「そうだった、ギャルだった! えーっと、ギャルっぽく言うなら……」


 私はその話に興味を持った。

 未知の魔物。それを発見すれば、お母さまにも認めてもらえるかも。

 そんな思考が頭をよぎったのかもしれない。


 こうして私は、久しぶりに61層に行くことにしたのだった。




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