壊れゆく庭園、通常√

 迷宮51~60層「壊れゆく庭園」はボス戦以外は非常に簡単である。「驚いても絶対に魔法を使わない」を徹底するだけでボス戦までたどり着くことができるからな。

 とはいえ、それはあくまでゲームでの話。ゲームにおけるホラー演出は、びっくりはするが恐怖とまではいかなかった。こんなことを言ってしまっては元も子もないが、あくまで画面上の出来事だからな。けれどリアルではそうも言ってられない。人食い花も血塗られた剣を振り下ろす石膏像もリアルに目の前で動いているのだ。

 こっちから攻撃しない限り、向こうは驚かすだけ。そう頭では分かっていても、やはり怖いものは怖いのだ。


 ガサガサ!


 カー


  カー


 カー


「「ひい!」」


 ザシュ!


 ギシ……ギシ……


 59層になったらこんな音が聞こえてくる。向こうで大きな口を開けた花が喰っているのはナニか想像するだけでぞっとする。バラの蔦に吊るされているのはナニなのか考えるだけで吐き気がする。

 あ、もちろん全部演出で、本当に誰かが喰われたり殺されたりしているわけじゃあない。


「「きゃあああ!」」


 アレは相当に刺激が強かったようで、七瀬さんと宮杜さんは俺の腕をヒシと握りしめ、ガクガク震えている。そういえば宮杜さんがこうやってくっついてくるのは珍しい気がするなあ。いつもは袖を握るだけだから。

 二人のおかげで恐怖心がすっかり霧散した俺は、もう一人のパーティーメンバーに声をかける。


「先輩は余裕そうですね?」


「いやあ、あははー。私も余裕ってわけじゃないよ? 内心恐怖してるけど、後輩の前でかっこ悪いところを見せられないなーって思って頑張って耐えてるだけだよー。あ、もしかして私も怖がって赤木君に抱き着くべきかな?!」


 何がとは明記しないが、三人の中では一番大きな先輩が俺の腕にしがみつく。うー……!


「……歩き辛くなるので、遠慮しておきます」


「今、すっごく悩まなかった?」


「正直、めちゃくちゃ悩みました」



 庭園を抜けてお屋敷にたどり着く頃には、七瀬さんと宮杜さんは満身創痍になっていた。「「もう二度と来たくない……」」とつぶやいているが、あと最低でも一周はするつもりだ。ごめんよ。


「全然人いませんね? もう少し並んでるかと思ったのに」


「みんな、ここは避けたがるからね。攻略するや否や次の層に行っちゃうから」


「そういうものですか。すぐにでも挑めますけど、二人のメンタルが厳しそうなので、しばらく休憩してからにしましょうか」


「そうだね。……この幽霊屋敷の中で休憩したとして二人のメンタル、回復するかな?」


「まあまあ」


 さーてと。ボス戦に直行するのではなく、お屋敷の捜索をする口実ができたことだし、例のものを探そうかな。


 お屋敷の中を散歩していると、書庫のような場所にやってきた。埃臭い匂いが漂っており、あちこち蜘蛛の巣が張っている。少なくとも休憩できそうとは言えない場所である。


「うわあー。大量の本」

「凄い量だよね」

「読んでみていいですよね?」

「大丈夫なはずだけど……あんまり良いものではないよ?」


 先輩が一冊の本を拾い上げて、窓際に持っていく月明かりに照らされて本の内容が見えるようになるも、そこに書かれていたのは『〇ね』『〇す』『呪ってやる』なんかの文字。それがどす黒い色で書かれていた。

 俺の腕にしがみつく七瀬さんが「ひ!」と小さく悲鳴を上げる。確かにこれは怖いよな。


「全部の本にこういう事が書かれているみたい。だから研究もされていないんだって」


「へー。ここにある本、全部がこういう内容なんですか……。それは研究する気もなくなりますよね」


 なんて言いながら、俺は本棚から一冊の本を取り出した。向かって左の本棚の下から三段目、右から四つ目の赤色の本だ。


「どう? それにも同じようなことが書かれているでしょ?」


「ですね……。あれ、なんだこれ?」


「? なにこれ」



“死は橋を越えて克服せよ。暗殺者は騎士をもって制せよ。呪いは薔薇で浄化せよ”



「意味深だね……。なんだろ、これ」

「他ページに何か書かれていないか調べてみましょうか」


 ページをぱらぱらとめくると、こんな文言が書かれていた。



“太陽に焼かれる星々は我らを殺さんとする。対をなす者は死をもたらす。はさみと矢は暗殺者の印なり。他は呪いの象徴なり。希望は奴らの中にいる裏切者を探すこと。裏切者は我らに道を開くだろう”



「だそうです」


「え、なにこれ……。もしかしなくても大発見なのでは……? 帰ったら先生に報告しないと!」


「まあまあ、先輩落ち着いてください。これってもしかしなくてもアレじゃないです?」


「アレ? 宝のありかとか?」


「宝じゃないですよ。ほら、前にもあったじゃないですか、この迷宮に隠されているものを」


「……? あ! もしかして裏ボス……!」


「はい、もしかしたらその手掛かりかもしれないです!」


「なるほどー! ……赤木君、ひょっとして知ってた?」


「俺、第六感がありますので。こう、ピキーンとひらめくんですよ!」


「なるほどね~! さすが赤木君!」


 ……俺が言うのもなんだが、暁先輩はもう少し人を疑ったほうがいいのでは?

 いや、俺が言っていることだから信じてくれているのかな。だとしたら少し申し訳ない。かといって今のところは俺の過去を説明するつもりはないけどさ。


「っとそろそろボス戦に行きましょうか。二人も復活しましたし」



 この後、俺達はさくっと通常ボスを倒し、地上に帰還したのだった。




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