絶望

 福田をどうやって助けるか思案していたところで、不意に俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「赤木君!」


「七瀬さん? なんで……」


「元凶君、助けるんでしょ? 私が運ぶね!」


「助かる。けど、なんで逃げないんだよ! 下手したら死ぬぞ!」


「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ!」


「俺はまあ、うん。ともかく、福田とやらを回収してくれ!」


 という訳で、なんとか福田の救助には成功した。後はオオクチを片付ければ終わりだ。


 オオクチを倒すには高レベルの氷魔法が必須だ。一年生でその域に到達している人は一人もいない。

 けれど、宮杜さんと俺が協力すれば。俺のバフを最大限乗せた宮杜さんの攻撃ならオオクチに通じるはず。


「だから、今から宮杜さんの所へ行きたいんだけど……」


 グオオオオオ!


「許してくれませんよね!」


 そうだよ! 今の俺は、オオクチに狙われてるじゃん! 俺が必死に逃げても、こいつを撒くことは出来ない。やっば、どうしよう……。


 俺が属性魔法使う……? いや、それは不味いよなあ。

 確かにこの場で俺が属性魔法を使えば、オオクチを倒してみんな助かるかもしれない。けど、そんな事をしようものなら、下手したらもっとヤバい奴に目をつけられるかもしれないのだ。だから、これは最終手段。どうしようもない状態になるまでは使わない。


 なぜそこまでして複数属性使える事を隠すのか。そんなに敵はヤバいのか。

 それを知って頂くために、とあるエンディングを紹介しよう。敵の組織には洗脳魔法を持っている人がいる。現状、俺は精神攻撃に対する耐性を持っていないから、「俺の特異性がバレる → 洗脳される → 敵の傀儡として友人に危害を」なんて可能性があるのだ。

 これがゲームにおける一番最悪なバッドルートだ。他にも似たエンディングとしては「俺の特異性がバレる → 人体実験される → 死」というエンディングもあるぞ。


 絶望としか言いようがないな。



 はあ。誰かが俺に代わってこいつを足止めしてくれたら良いんだけど、そんな奴いないよなあ。

 さてと、どうするか……。おっと、このモーションは全体攻撃が来るな。ジャンプで避けないと。




◆ Side 宮杜




 皆が一目散にオオクチから逃げ出す中、私はその場から動けませんでした。怖くて足がすくんでいる訳ではないです。

 私がそこから動けなかったのは、元凶君を助けに向かった赤木君を見ていたからです。


 彼は相変わらず「どんな動体視力をしているの?」と言いたくなるような動きでオオクチを翻弄していました。けれど、ダメージを与える事は出来ていません。それもそのはず、この魔物は「倒せない」ことで有名な魔物なのです。

 昨日教科書をペラペラめくっている時に読んだ内容によると、水属性を極めたフォルテが100名がかりで倒そうとしたこともあったそうですが、ほぼノーダメージだったらしいです。それ以来、この魔物は「倒せない」「無敵」「魔物ではなく罠の一種」なんて言われるようになったそうです。


 このままでは、赤木君の体力が尽きてしまうでしょう。そうなったら彼は……。


「赤木君……」


 対人恐怖症で友人を作るのが苦手な私ですが、迷宮攻略や部活で一緒に過ごす中で、赤木君の事は大切な友人と思うようになりました。友人……。向こうはそう思ってくれてるかは分からないですけど。

 そんな彼が、死と隣り合わせで戦っているのに私は何もできない。せめて私が一人で能力を行使出来たら、彼から注意を離す事が出来るかもしれないのに。



「あなた、逃げてないの?」


 不意に後ろから声を掛けられました。振り返るとそこには15組のリーダーをやっている女の子、紅葉さんが。


「紅葉さん、ですよね。その……ごめんなさい」


 逃げていないことを怒っているのかと思い、私は謝ります。


「……凄いわね彼。私、死ぬかもしれないって思った時、逃げる事しか頭に無かったわ」


 しかし、紅葉さんから出てきた言葉は私の想像とは異なる物でした。てっきり「中途半端にそこで突っ立ってるくらいなら、早く逃げなさい! 邪魔なだけよ」とか言われると思ってました。


「で、でも。紅葉さん、クラスメイトを守るように盾を張っていて、凄かったです」


「それでも、逃げようとした事には変わりないわ。帰ったらお母様に何て言われるか……」


 紅葉さんのお母さんはそんなに厳しい方なのでしょうか? そんな家庭もあるんですね。


「このままでは……」


「ええ、そうね。いつまでも彼一人で足止めできるとは思えない。上手く交代しながらじゃないと、彼の体力が持たないわ」


「あの、先生方がどうにかしてくれるという可能性はあると思いますか?」


「……無理ね。アリーナに使われているシステムは人類では解明できていないから。無理矢理アリーナシステムを止めようものなら、それこそ全員が跡形もなく消えるかもしれない」


「!!」


 そういえば聞いたことがあります。アリーナに使われている死に戻りシステムを他の場面でも有効活用できないかと試作されたモノが大爆発を起こした、と言う恐ろしい事件。事件の起こった当時は「アリーナシステムという神の領域に踏み込んだ天罰があたった」なんて噂されたくらいです。


「じゃあ、あと30分近くは助けが来ないって事ですよね! いくら赤木君でも、30分もの間、ずっと避け続けるなんて不可能です! なんとしても交替しないと……」


「そんな人がいると思う?」


「ですよね……」


「彼が限界なら、私が補助に入ろうと思うけど……。ただ、下手に介入したら火に油を注ぐ事態になるわ……」


 とそこへ七瀬さんが走ってきました。七瀬さんも赤木君と親しいから、思う所があるのでしょうか。


「あなたは3組の……」


「七瀬アヤ。それより聞いて、大変なの! 時計が……!」


「「時計……え?」」


 七瀬さんに言われて、紅葉さんと私は首を180度回しました。そこには残り試合時間を示すタイマーが設置されているのですが……。


「タイマーが進んでいない……?」

「そんな!」


「さっきから確認してるけど、一向に進んでないの!!」


 時計が示していたのは「あと何分耐えきったら助かるかという希望」ではなく、「殺すか殺されるまで逃げられないという絶望」でした。




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