人生を掛けてこの世界を楽しもう


「つまり、ここを脱出する為には、100体のサラマンダーを倒す必要がありますね……」


「……」


 先輩があんぐり口を開けて固まってらっしゃる。そんな間にも、サラマンダーは俺達に迫ってくる。

 このまま殺られるわけにはいかない、すぐに対抗手段を講じないと。



 まずはサラマンダーの特性を再確認しよう。


 基本事項はこんな感じ。

・弱点

 水属性、土属性

・耐性

 物理攻撃耐性

 火属性無効(回復)

・ドロップアイテム

 N:サラマンダーの鱗

 R:サラマンダーの革

 SR:紅玉の意思


 サラマンダーには弱点が二つあって、水属性と土属性に弱い。焚火に水や土をかけたら消える、みたいな理由だと思う。逆に物理攻撃はその硬い鱗に阻まれるので効き辛い。そして、火属性は完全に無効どころか、火属性の攻撃を当てると回復してしまう。



 次に攻撃パターンについて。サラマンダーの攻撃パターンはざっくり言うと七つある。

・火のたまの自機狙い攻撃

・火のたまのばらまき攻撃

・火の車輪を使った自機狙い攻撃

・火の車輪を全方向に転がす攻撃

・地面から溶岩の噴水を出す攻撃

・火山弾を降らせる攻撃

・体当たり+尻尾攻撃


 これらをランダムで使用してくる。第二形態(体に纏う炎が青色になる)では、火力が増加する事に加えて、「体当たりをしながら火山弾を降らせる攻撃」のように二つの魔法を組み合わせて使うようになる。



 特性を確認したところで、最後に脱出の見込みについて検討しよう。

 俺の実力では、無属性魔法のみで倒そうとすると一匹当たり6分はかかってしまうだろう。100匹をノンストップで狩る事が出来たとしても、600分、10時間となる。その間戦い続けるのは現実的とは言えないだろう。

 しかも、今回は俺自身と暁先輩が怪我を負わないように戦う必要がある。となると、一匹当たり10分以上かかってもおかしくない。下手したら30分とか掛かるかも。


 どう考えても無理です、お疲れさまでした。


 すると、突破口は一つ。俺が無属性以外の魔法を使う事だ。俺が水属性の攻撃を使えば、一匹当たり2~3分で倒す事が出来るはずだ。しかも、回復魔法を使っていいのなら多少無理できるし、暁先輩の怪我を治す事も出来る。


 問題は、暁先輩の前で無属性以外の魔法を使って良いか、なんだよなあ……。「実は暁先輩はの仲間だった!」なんて事があれば、その時点でゲームオーバーだ。現時点で、俺は不意打ちに対する対抗策を持っていないからな。

 何度も言っている事だが、この世界の元となったゲーム『フォルテの学園』はダークファンタジーだ。小学生でも楽しめる程度にマイルドな内容ではあるが、それでもBad Endはなかなかに悲惨だ。悲惨な未来を回避するためにも、他人を信用して良いかどうかは決して見誤ってはいけない。


 暁先輩なあ……。今までの雰囲気的にはたぶん大丈夫だけど100%は信用してないんだよなあ。どうにか無属性だけで攻略できない物か……。


 先輩の方を見ると、先輩も俺の方を見ていた。彼女の大きくてくりくりした目には涙が浮かんでいる。


「あのね、赤木君……。私のしたお願い事って『素敵な恋人ができますように』だったの。今までそういうのとは無縁だったから」


 俺が張っている障壁に、サラマンダーの攻撃があたる。ガツンガツンと嫌な音を立てているが、不思議と暁先輩の声ははっきりと聞こえていた。


「結局、一度も恋人が出来ずに死んじゃうのは嫌なの。だからね、赤木君さえよければ……最の数分だけでも、私の恋人になってくれないかな……?」


「っ!!」


 もう死ぬ覚悟ができた、だから最期にやり残した事を果たしたい。暁先輩はそんな顔をしていた。



 ああ……俺は馬鹿だな。



     何が「暁先輩は敵の仲間かもしれないから」だ。



 何が「Bad Endを避けなければ」だ。



     そんな事は……後回しでいいじゃないか。



 自分の未来よりも

     この世界の未来よりも



 今目の前にいる人を

     安心させてやることが先決じゃないか。




「先輩、ありがとうございます。俺の間違いに気が付かせてくれて」


 深々と頭を下げる。


「え?」


「まずは回復しましょう、『ヒール』」


 まずは先輩に回復魔法をかける。ヒールの効果は、ただ傷を治すだけではない。人に安心させ、人にやる気を与える事が出来る、と俺は思っている。精神的な物で、証明は出来ないけどな。


「え? ……回復魔法?」


「先輩、絶対生き残りますよ」


 イメージするのは宮杜さんが得意とする氷魔法。何度も何度もバフをかけ続けた魔法であり、俺にとって無属性魔法や身体強化の次になじみ深い魔法であると言える。

 宮杜さんの強大な魔力量、それをも凌駕する量の魔力を緻密に操り、同時に無数の氷の槍を生成する。それはあまりに複雑で、今までだったら絶対に出来なかったであろうわざだが、何故か驚くほどクリアに魔法を構築できる。

 これはゴールデンウィーク中に身に着いた思考加速の影響か、それとも安心させたい人がいるからか。その両方か。


「『穿うがて』」


 攻撃が二匹のサラマンダーに向かって飛翔し、奴らに突き刺さった。流石は120層のボス、これだけでは倒すに至らなかったが、重傷を負わせることに成功した。一匹は尻尾を失い、攻撃のレンジが縮まった。一匹は足の関節に傷を負って、行動に制限がかかっている。


「すごい……、綺麗……」


「黙っていてすみませんでした。そしてここでの事は見なかったことにして下さると助かります」


「あ、あの……。赤木君って……何者?」


 何者、か……。

 主人公? 最強の一角?

 いや、これはどちらも「ゲームの中の風兎」を表す言葉。

 今の俺は。



「俺は、人生を掛けてこの世界を楽しもうとしている人、ですかね」


 不幸な生い立ちの風兎主人公からは絶対に発せられないであろう言葉を俺は言ったのだった。



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