迷宮を走り抜けると、雪国であった

 俺は迷宮を全速力で走った。体が、筋肉が悲鳴を上げているが、すぐさま身体強化が筋肉を治療する。また、毎朝のランニングの成果もあって、少しずつ素の持久力も上がっているんだ。平気なはず。


 さて、第10層の裏ボスの出現条件は以下の通りである。


 一つ、ベタベタウィードを一度も踏まない事。

 二つ、10層までに出現する魔物全6種類一体以上倒す事。

 三つ、各階層で一体以上の魔物を倒す事。

 四つ、1層から入って10層に辿り着くまで、1時間以内であること。


 この中でも、四つ目の条件が達成が難しい。というのも、ストーリー中盤で手に入る『失踪の為に疾走する質素な指輪』という言いにくい名前のアクセサリーを手に入れないと、クリアできないからだ。

 しかし、身体強化を手に入れた俺なら、指輪なしでクリアできるのではないか。そう思ったから、この時期に挑もうとしているのだ。

 なお、ストーリー中盤で戦うべき敵なので、かなり強いが、俺が本気を出せば……いや出さなくても勝てると踏んでいる。





 結局、45分で10層への転移魔方陣までたどり着いた俺は、汗を拭いながら転移した。ベントー戦なら草原の中に転移するはずだが、今回転移するのは……。



「さっむ! 長袖で来て正解だったな」


 草原は草原でも、先ほどまでの青々とした芝生が広がる階層ではない。一面が雪で覆われ、生命の息吹を感じられない階層だった。


 ズサ……


  ズサ……


 ズサ……


 雪だるまを作ったり、かまくらを作って遊びたい衝動に駆られるが、当然そんな余裕はない。


  ズサ……


 ズサ…


 ああ、見えてきた。奴がもうすぐそこまで来ている。


 真っ白でさらさらな肌は、見る者を魅了するだろう。

 その体から仄かに香る甘い香りは、人々に欲を抱かせるだろう。

 そのボディが描く曲線美は、美しい以外の言葉で言い表しようがない。


  ズサ…


 ズサ


 ……


 ズッシン!!!


 奴がひときわ大きくジャンプし、俺の目の前に着地した。



 奴の名は「雪見だいだい」、某有名大福もちの姿をした魔物である。直径4メートルほどもある、巨大な大福もち。

 (10層のボスは食べ物系なのだ)



 先に動いたのは俺だった。無属性の刃、弓矢、砲丸を投げつける。


 ポヨンポヨン!


 しかし、奴の体には傷一つつかなかった。否、少しは傷はついているはずなのだ。だが、奴はその流動的なボディを活かして傷を修復できるので、決定打になっていないだけ。


 プルプルプル!


 奴が震える。これはトリモチ攻撃!

 無数の白色の弾幕が発射される。この攻撃に当たってしまうと、ダメージを負うばかりでなく、低速の異常状態になる。

 俺はすぐさま射程から外れるように避け、同時に体の前に盾を生成した。盾は念のためだな。


 プルプル!


 立て続けに次の攻撃モーションが。次は体当たり攻撃だ。

 猛スピードで迫ってくる大福もちと言うのは、なかなかシュールだな。そんなことを考えながら、俺はダッシュで逃げる。こいつは「2秒溜めて、1秒で突撃」を繰り返すので、知っていれば安全に避ける事が出来る。


 5回目の突進の後、奴は何かに躓いたようにこけた。(こけたというか転がった)

 チャンスだ。5秒しかない硬直時間の間に、俺は奴に近付いて、無属性魔法剣で切り裂いた。すぐに修復されるも、流れた血液アイスまで元に戻る事は無い。こうやって地道にダメージを積み重ねるしかないのだ。


 ポヨンポヨン! ポヨヨン!


 硬直状態から復帰した雪見だいだいはぴょんぴょんと飛び跳ねた後、大きくジャンプした。これは氷結攻撃か。

 奴が地面に降り立つと同時に、雪の弾幕が全方位に発射された。この攻撃は地面スレスレに飛んでくるので、ジャンプで避ければ問題ない。だが、もし足に当たってしまうと、足に氷がまとわりついて一定時間移動できなくなってしまう。恐ろしい攻撃である。



 これで、雪見だいだいの攻撃を全て見たな。「トリモチ攻撃」「氷結攻撃」の二つでプレイヤーの行動を阻害し、「体当たり」で大きくダメージを与えるというのが奴の戦法だ。

 初見で倒すのはなかなか難しいが、慣れてしまえば余裕である。



 雪見だいだいは攻撃すればするほど小さくなっていく。中身が減っていくからだろうか?

 そんな訳で、奴の体力はその大きさで把握する事が出来る。今は直径2メートルほどにまで小さくなっている。


「これで、最後だ!」


 硬直状態の間に、集中攻撃を仕掛ける。おそらくこれで終わりのはずだ!



 ポヨポヨ!


  プルプルプルプル……



 こうして雪見だいだいは力尽きた。……ように見えた。



 ヒョオォォォォーー!



 しかし、喜ぶ間もなく、強烈な吹雪がその場に吹き荒れた。そうなる事を知っていた俺はシールドで体を覆い、吹雪に耐える。


 吹雪は10秒ほどで収まった。さっきまで雪見だいだいが居た方を見ると、そこには……。





 ……二段重ねになった餅が居た。その頂上てっぺんにはオレンジ色に光り輝く巨大な柑橘類が。

 死にかけた雪見だいだいは、最後の力を振り絞って進化したのだ。雪見だいだいの第二形態、「鏡餅」へと。



 ちなみにだが、鏡餅のてっぺんに載っている柑橘類は蜜柑ではなく、「だいだい」と呼ばれる柑橘類だ。

 そう、雪見だいだいの「だいだい」はこの第二形態を示唆するものだったのだ!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る