5層にて

 今日は丸一日、迷宮実習である。例によって俺は宮杜さんと七瀬さん、そして暁先輩と共に攻略を開始した。

 他の生徒が5層以降に挑戦し始めている中、俺達はまだ4層で練習中である。これには理由が二つあって、一つ目が宮杜さんが魔法を使えない事、もう一つは……。


「やっぱり、赤木君的にはそろそろ5層以降にチャレンジしたい?」


「そうですね……。5層~9層は、危険度が増すだけで、難易度はそんなに変わらないですよね? パイリリーの行動パターンはウォーターリリーのそれとほとんど同じ、ボクサーチキンに至っては、パニックチキンよりも行動パターンが分かりやすくて、攻撃を当てやすいです」


 復習だが、5層以降にはこのような魔物が出現する。


・ボクサーチキン:筋肉ムキムキな鶏。激突されるとかなり痛く、最悪の場合嘴で突かれて怪我を負う可能性もある。偶に鶏肉をドロップするので、プレイヤーの間では「走る鶏肉」と呼ばれていた。

・ディスクホッパー:生きたフライングディスク。頭に当たると普通に痛いらしい。プレイヤーの間で「捨てられたフライングディスクの怨霊」とまことしやかに言われていたが真偽は不明。

・パイリリー:パイを吐くユリ。当たると暫く視界を確保できなくなる。(ゲームでは画面にパイが付いた) プレイヤーからは「罰ゲーム」なんて呼んでいた。


 4層に生息しているパニックチキンは、プレイヤーが近づくとむちゃくちゃに走り回るので、実は攻撃を当てにくい。一方、ボクサーチキンはプレイヤーが近づくとプレイヤーに向かって走ってくるので、慣れたら攻撃を当てるのは簡単だ。


「なるほど、そう言われてみれば。『危険度は上がるけど、難易度はそんなに変わらない』かあ。考えた事も無かった、そんな事!」


 先輩が感心したように俺を見て頷く。


「そういう訳で、そんなに焦る必要はないんですよ。4層でしっかり練習すれば、5層以降なんて『ボス戦までの通学路』になりますから」


「通学路! 面白い言い方ね!」


 そんな訳で、俺達は4層で特訓する事にした。

 そして、「無理に先に進まず、ここでしっかりと練習する方がいい」と言う俺の予想は正しかったようで、二人の実力はみるみる向上していった。

 七瀬さんは複数体のウォーターリリーの攻撃を躱す事が出来るようになったし、宮杜さんは(俺のバフがあれば)高い精度で攻撃を当てる事が出来るようになった。



 その日の午後、「そろそろ5層に進んでも良いと思います」という俺の進言にそって、暁先輩が先生に交渉しに行った。


「……という訳で、そろそろ5層以降に挑戦したいです」


「よく考えて行動しているようだな。素晴らしい。宮杜の件が気がかりだが……だからと言って先に進まないのもなあ。よし、認めよう。ただし、宮杜に関しては、赤木が居ない時は5層以降の攻略をしてはいけない。それでどうだ?」


「「「分かりました」」」


 俺達4人は5層へ向かうための魔方陣に飛び込んだ。



「さて、ここで登場する魔物とそのドロップアイテムについて、ちゃんと説明できるかな? 赤木君は分かってるだろうし……宮杜ちゃん、どうぞ!」


「え、えっと。確か……」


 そういえば、ドロップアイテムについては詳しく説明してなかったな。

 ドロップアイテムとは魔物を倒した時に手に入る素材である。「ボクサーチキンを倒せば鶏肉が手に入る」というように、その魔物の一部であることが多い。中には「いや、なんでこれがドロップするんだよ」とツッコみたくなる物もあるけどな。

 ドロップアイテムは基本的に3種類あり、その確率からノーマル(N)、レア(R)、激レア(SR)と区別されている。ノーマルが80%、レアは15%、そして激レアは5%だ。

 なお、確率上昇アイテムもあるので、激レアがどうしても欲しい場合はそういった物を使えばいい。


・ボクサーチキン

 N:羽(集めたら、羽毛布団とか作れるらしい)

 R:鶏肉(おいしい)

 SR:メンドリサック(鳥系統の敵にクリティカルが出る近接武器)


・パイリリー

 N:押し花(綺麗)

 R:ユリ根(おいしい)

 SR:パイだま(目つぶしに使える投擲武器)


・ディスクホッパー

 N:フライイングディスク(遊べる。以上)

 R:魔石(ゴーレム作成、マジックアイテム作成などに使える)

 SR:ホッパーチャクラム、ミニ(切断攻撃が出来る投擲武器)

※魔石は魔力を蓄える装置で、いわば電池のような物。ディスクホッパーの魔石はその容量が少なく、使い道は限られている。



 以上の内容を宮杜さんはきちんと説明出来た。しっかり予習してるんだな。感心感心。(何様だよ)



「お、さっそくパイリリーのお出ましだ!」


「どうする、やっぱり私の練習?」


「うーん。いや、まずは俺から行くよ。ウォーターリリーとほぼ一緒だけど、弾幕のスピードがパイリリーの方が遅いんだ。しっかり見ておいてくれ」


 まずは俺から。パイリリーに近付き、攻撃を誘導してから避ける。誘導してから避ける。やっぱおもしろいな、これ。まさに避けゲーって感じで俺は好きだ。


 とその時、俺の背筋に何やら寒い物が走る。なんだ、何か嫌な予感がするぞ。

 魔力感知状態のまま、周囲を見渡す。目の前にはパイリリー。今にもパイを吐き出そうとしているが、俺は既にその軌道から外れている。問題ない。

 他の3人の方に目をやる。……!


「後ろ!」


「「「え?」」」


 3人が振り返る。3人の女子の前にはボクサーチキンが、そのムキムキの筋肉をフル活用してタックルを決めようとしている。先輩が能力の準備を始めるが、間に合わない……!


「間に合え!」


 俺は半分無意識の内に無属性魔法を発動した。不可視の魔力の矢がボクサーチキンの脳天目がけて飛んでいく。

 っと危ない! パイリリーが次の攻撃の準備をしている! 避けるのは間に合わなさそうなので、とっさに盾を生成……いや倒してしまった方が早いな。魔力で剣を生成し、パイリリーの茎を真っ二つに折る。


「大丈夫でしたか?!」


 パイリリーが消滅したのを横目に俺は3人の所に戻る。宮杜さんと七瀬さんが腰を抜かしてて、暁先輩が固まっているが、怪我は無いようだ。


「う、うん。助かった。このボクサーチキン、突然何かに当たって爆発四散したけど、これって赤木君がやったんだよね?」


「はい、そうですね。俺の無属性魔法です。そっか、間に合いましたか。よかった……」


 胸をなでおろしながら、七瀬さんと宮杜さんを立ち上がらせる。


「二人も、怪我はないよな?」


「「コクコク」」


「良かった。ああいう事が起こるんだな。先に注意しておくべきだったよ、スマン」


「うんん、赤木君が謝る事じゃないよ! その、助けてくれてありがとね。やっぱり赤木君は凄いね!」

「こ、怖かったです……」


「すぐに二人もこのくらい出来るようになるよ。今更だけど、この階層では敵は俺達を積極的に襲ってくる。それが4層までとの違いだ。しっかり注意しながら進むようにしよう」


「「「はい!」」」


 暁先輩には、もう少し先輩らしくして貰いたいところですけどね……! いや、俺達の成長を願って、敢えて黙っていたのか?

 まさかな、だって暁先輩だもの。(失礼極まりない。が、事実である)





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