ウォーターリリー

 ウォーターリリーを発見した俺たち一行は、周囲の安全を確認した上で七瀬さんの能力練習をする事にした。


「ウォーターリリーから目を外さず、攻撃モーションに入ったら回避に専念するようにするといいぞ。目標はウォーターリリーの射程内で1分間耐える事かな」


「分かったわ、行ってくるね!」



 ウォーターリリーは最序盤の敵なので、避けるのも比較的楽だ。花がブルブルと震えたら攻撃の合図なので、避ける事に専念する。ただそれだけ。チュートリアル用の敵だな。

 とはいえ、それはゲームでの話だ。リアルとなった今、そう一筋縄ではいかないみたい。


「きゃあ!」「ぴええ!」


 七瀬さんはさっきから何度も水をかぶっている。

 惜しむらくは、この世界がシューティングゲームの世界と言うことか。この世界の制服(訓練用の服)は防水性がばっちりであり、水をかぶっても何の問題もない。つまり、スケスケイベント何て起きやしない。

 この世界でそういうお色気イベントを期待してはいけないって事だ。残念だなんて思ってないぞ? ほんとだよ。


「はあ~難しいわ……。先輩ならやっぱり余裕なんですか?」


「私? 私はそうね……。土魔法で壁を作る事なら出来るけど、走って避けるのは絶対無理かな」


「確かにそうですよね。うーん、先輩の周りに身体強化の使い手っていないんですか?」


「いるわよ。そうね、彼なら1分間避け続ける事も出来るんじゃないかなあ? でも、今の時期にあれだけ出来るのは十分凄いと思うよ! だって、私の知り合いも1年間修業し続けてやっとって感じだし!」


「そうですね。しっかり頑張ります!」


「というか、赤木君って結構スパルタなんだね! 厳しいのもいいけど、七瀬ちゃんが自信を無くしちゃったら元も子もないでしょ! もっと優しくしないと!」


「すみません、ウォーターリリーがあれほど厄介とは思ってなかったもので」


 これは素直な気持ちだ。やっぱり、ゲームとリアルは違うんだろうなあ。


「という訳で、赤木君は罰ゲームを受けてもらいましょう! 赤木君にもウォーターリリー避けをしてもらいましょう! 当然、盾を使うのは禁止で!」


「良いですね、それ。赤木君、頑張って!」

「が、頑張って下さい!」


「え、ええ。頑張りますよ。出来るかなあ……」


「可愛い二人の女の子から応援されてるんだから、出来て当然よね! もしも出来なかったら、スイーツ食べ放題を奢る事! いいわね?!」


「別にいいですけど、先輩には奢りませんよ? 七瀬さんと宮杜さんには奢ってもいいですけど」


「えー駄目なの~? ね、お願い、奢って?」


 上目遣いで俺を見上げてくる先輩。う、可愛い。ってここで流されてどうする!


「むむむ、赤木君。なかなかしぶといわね。じゃあ、赤木君が一回目の挑戦で成功したら、私が3人に奢るわ! これでどう?」


「マジっすか?! じゃあ、受けて立ちましょう!」



◆ Side 暁


 赤木君にステーキ定食を奢って金欠だった私は、スイーツ食べ放題に行く余裕がなくなっていた。


 そんな中、私に好機が巡ってきた。迷宮実習で、彼が同級生に無茶なことを言ったのだ。無茶と言うか高望みし過ぎと言うか。


「という訳で、赤木君は罰ゲームを受けてもらいましょう!」

「もしも出来なかったら、スイーツ食べ放題を奢る事! いいわね?!」


 ふふふ。これでスイーツ食べ放題にありつける。私ってば策士ね!


 もしも彼が成功させたら、私が3人に奢ることになってしまったけど、はっきり言ってそれは不可能だろう。身体強化のプロであっても、1分間避け続けるのは運次第で失敗する。ましてや無属性魔法とバフしか使えない彼が避け続けるのは絶対に不可能。


 まあ、赤木君の気持ちは分からなくもないのよ。だって、傍から見ている分には簡単に避けれそうに見えるんだもの。でも、いざ自分がするとなったら、その難しさに驚くことになる。所謂「岡目八目」ってやつね。

 ちなみに、岡目八目って言うのは、元々囲碁からきた言葉なの。ふふん、こんな難しい事を知っている私って賢いわね! (誰に自慢してるんだ?)



 赤木君はウォーターリリーの方を向いて何やら集中し始めた。気合を入れているのかな? なんだかカッコいいわね。なんて悠長に思っていると。


「「「!!!」」」


 突然、彼が凄いオーラを発し始めた……ように感じた。実際にオーラなんて見えてないけど、何か凄い力を感じる……。私はここ学園にきてまだ1年だけど、そんな私でもこれが何か分かる。これは殺気。強敵を前にしても怯まず、むしろ相手を圧倒してやろうとする雄姿。彼が放ったのはそれだ……! (本当か?)


 初めて会った時から感じていたけど、赤木君って凄い人なのね! 私には分かっていたんだよ。うんうん。 (嘘つけ、お前、名前を憶えてなかっただろ)


「じゃあ、行きます! 1分測っておいてくださいね!」


 そう言って彼は飛び出していった。



「速い!」「流石男の子、凄いです!」


 彼は凄いスピードでウォーターリリーの間合いに入った。すぐにウォーターリリーは攻撃モーションに入り水を発射するが、彼は初めからそうなると分かっていたかの様に、スッと身を引いて、くるっと体を捻って、ひゅん!と攻撃を避けた。


「すご! かっこいい!」「凄いです!」


 女の子二人から声援が飛ぶが、それで彼の集中力は切れないかった。再びウォーターリリーに急接近して次の攻撃を誘発し、攻撃モーションに入ったらひょいと避ける。


 それは舞を舞っているようだった。美しい百合の花と共に演じる、見る人を魅了する舞。私たち3人は、その美しさに引き込まれ、声も出せなくなったのだった。


◆ Side 風兎


 身体強化。それは少々特殊な能力である。

 既に説明した通り、この世界の身体強化は「潜在能力を引き出す」と言う物なので、ぱっと見では身体強化を使っているのかは分からない。これが他の能力とは大きく異なる点の一つである。

 そして、この事は俺にとって非常に都合がいい。


 それでは、赤木風兎こと「この世界の主人公」が持つ真の能力・・・・の一端を試すとしよう。



 魔力感知状態に入る。己の魔力を自身の体にまとわりつかせ、その魔力を「先ほど見た七瀬さんの能力を真似るように」操作する。

 あ~いい! 仕事終わりでへとへとになった体をお風呂で癒しているような感覚。ほんといいな、これ!


「じゃあ、行きます! 1分測っておいてくださいね!」


 自身に身体強化をかけた状態で俺はウォーターリリーの下へ向かった。


 そう。実はこの体は「魔力を操作する事で、ありとあらゆる能力を模倣する」というチート性能を有しているのだ。無属性魔法もバフも、魔力操作によって引き起こされていた現象に過ぎず、実際は大抵のことができてしまう。

 ちなみに、ゲーム内で主人公がこの能力を覚醒させるのは物語の終盤、ラスボスとの決戦の時だ。え、じゃあ今は使わないべきって? とんでもない、使えるものは使っておかないと。

 ただし、属性魔法なんかの能力を模倣するのはナシだ。俺の強力過ぎる能力が事前にバレたら、ラスボス戦で敵側に対策されるかもしれない。今は真の能力を可能な限り隠して「無属性魔法とバフが得意な、運動のできる男の子」として生活するつもりだ。



 さて、ウォーターリリーとの戦いだが、想像以上に楽にこなせそうだ。身体強化をフルにかけつつ同時に魔力感知を使って敵の弾幕を正確に把握できるという、主人公の能力。そして、ウォーターリリーが放つ弾幕の特性を(ゲーム内で)散々見てきた俺の知識。その2つがあれば、ウォーターリリーなんて余裕以外の何者でもない。


 と自慢げに言っているが、俺がここまで一方的に戦えるのは、序盤の敵だけだ。もっと深い階層だと、苦戦を強いられるだろう。

 例えば、オオクチ(脅威度Aランクの敵)を討伐したいなら、無属性魔法だけでは絶対に勝てない。オオクチの弱点属性を突いて倒す必要がある。

 また、エレメンタルパラドックス(脅威度Sランクの敵)を討伐したいなら、一人では絶対に勝てない。ゲームでも「仲間の力を借りる」的な事をしないと倒せない敵である。


 あー、早く頼りになる仲間を集めたいな。




 あれ、そういえば、戦い始めてから何秒くらい経ったんだろう?




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