一時の別れ

 色々と画策する内に、時は流れ……とうとうその日がやってきた。明日は俺の能力測定の日。ここで俺の運命が決まる。

 もしフォルテなら、俺はフォルテメイアへ進学する。そして、ゲームの主人公として、True Endを目指す必要がある。そうでないなら、俺は日常生活を歩むことになるのだが……そうはならないだろうな。



「それでは、えっと……赤木風兎君とそのご家族様。こちらへ」


「はい」


 俺は家族と共に保健所へ来ている。ここで俺はフォルテかどうかを検査するのだ。

 俺達は、水晶玉のようなものが置かれた部屋へと通された。そこには、白衣を着た男性が据わっており、俺達に席に着くよう指示した。


「先に説明しておきますと、フォルテであったとしても、従軍の必要はありません。ですので、フォルテと分かっても今の生活を送る事が出来ますので、ショックを受けないように」


 ここで言う従軍は、魔物の討伐隊に入るという意味。人間対人間の戦争に巻き込まれることはない。先にこのような説明をされるのは、自分がフォルテと分かってショックを受ける人が少なからずいるからだろう。だが、俺には関係ない。


「はい。でも、大丈夫です。もしフォルテと分かれば従軍するつもりなので。両親の仇を取りたいんです」


「! それは嫌なことを思い出させてしまいました。失礼しました」


「大丈夫です。もう踏ん切りがついているので。早速、測定して下さい」


「分かりました。では、こちらの測定玉へ手を当ててください」


「はい」


 俺は透明な球体に手を置く。すると……


「「「おお!」」」


 水晶玉、ではなく測定玉がまばゆく光り始めた。想像通りだ。


「フォルテのようですね。えーと、もう従軍を決めているとの話でしたが、一応詳しく話しておきますね。……中略……。フォルテメイアのパンフレットを渡しておくので、一読ください。一か月以内に進学先を決めて、こちらまで報告ください」


 長々と説明がなされたが、要は「従軍しなくてもいいけど、出来ればしてほしいな」という内容だった。



 それから数か月が過ぎ、3月の中頃。俺はフォルテメイアへ向かう準備を整えた。今晩がこの家で過ごす最後の夜となるだろう。

 その日の夜、穂香が俺の下へとやってきた。


「ねえ、お兄ちゃん……。本当にフォルテメイアに入学するの?」


「ああ、そのつもりだ。俺は親の仇を取りたいから」


 嘘ではない。初のff(フォルティッシモ)のノーミスクリア者として、また公式から直々に投げ銭を頂いた者として、そしてあの日「特殊コンテンツを選ぶ」をクリックした者として。




 俺はこの世界でも、True Endを目指してやる。ノーミスで、な。




 この世界ゲームは全年齢向けなので、「失敗すれば見るに耐えない鬱展開に」なんてことは無いが、それでも登場人物が亡くなるシナリオもある。それは嫌だ。

 俺の愛したこの世界ゲームで、主人公の目の前で人が亡くなるなんてあってはいけない。必ずや、True Endを目指すのだ。


「そう……なのね。フォルテメイアは全寮制なんだよね?」


「そうだな。暫く、穂香とは会えなくなるな」


「……寂しいよ」


「そう言ってくれるのは凄く嬉しいし、俺も出来る事なら穂香と一緒に居たい。多分、何度も穂香に電話するんじゃないかな」


「だったらなんで……。うんん。ごめんなさい。お兄ちゃんの将来を邪魔するなんて駄目だよ……ね」


 穂香はうつむいた。彼女の目に、涙が溜まっているのが見える。うう……。良心が痛む……。

 ここまでの流れで想像がついているかもしれないが、俺は妹を甘やかしに甘やかした。精神年齢的には丁度自分の娘くらいの年齢なんだもん。そりゃあ、甘やかしちゃうよ。

 で、その結果、穂香は重度のブラコンになった。自分を慕ってくれるのは嬉しいが、まさかここまでとは……。普通、このくらいの年なら「お兄ちゃん、キモイ!」って言うんじゃないのか?


 実の話、このまま穂香とスローライフを過ごすのもアリなのではないかと何度も考えた。だけど、俺は責任があると思っている。この世界でもTrue Endをクリアする責任が。


「もし穂香が嫌じゃなければ……さ。来年、フォルテメイアへ来てよ。フォルテじゃなくても、入学する事は出来るはずだし。って、穂香の未来を決めるような発言はダメだな」


「……そうか。そうだね。私がフォルテメイアへ行けば、来年には会えるんだよね! 分かった。私、絶対フォルテメイアへ行くね。沢山勉強して、フォルテだろうがフォルテじゃなかろうが、入学して見せるわ!」


「無理しなくてもいいんだぞ? 穂香の人生は穂香の人生なのだから」


 と言いつつ、内心、穂香は来年フォルテメイアへ来ないだろうと思っている。だって、主人公に従妹がいるなんて設定、ゲームに無かったから。もっとも、俺の登場で歴史が変わっているかもしれないが……。こればっかりは、考えても無駄だな。


「無理とかそんなんじゃないわ。私は、憧れの兄を追って、フォルテメイアへ行く。ただそれだけよ」


「穂香……」


 と、穂香が俺のすぐ傍へやってきて、俺を抱きしめた。俺も彼女を抱き返す。


「ねえ。絶対に怪我しちゃだめだよ。絶対に。お願いだから……。お願いだから、次会う時まで、健康でいてね。お願い……」


 穂香……。そうだよな。フォルテメイアの実戦訓練は怪我人も出るらしい。最悪死者も出ると聞く。家族は心配だろう。母さんと父さんも心配してくれたけど、穂香はそれ以上に心配してくれているように感じる。


「大丈夫だって。心配するな。俺は死ぬはずないだろう?」


「?」


「俺は死なないさ。だって、俺は……主人公だから。この世界の」


 とは言え、全てがゲームのように進むとは限らない。むしろ、もう既に俺の行動は主人公のそれとは異なっている部分があるだろう。つまり、未来は変わり得るのだ。だから、怪我や事故には細心の注意を払う必要がある。


「……ぷ! あははは! 何言ってるのよ、お兄ちゃん! あはは! うん。でも、そうね。お兄ちゃんは主人公だよ。親の仇を取り、そして世界を救う。お兄ちゃんは主人公になれるよ! 応援してるからね!」


「ありがとう!」


 そして次の日。俺は、フォルテメイアへ向かって出発したのだった。



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